月が還る場所
ーーー神崎月夜ーーー
霊子の濃い山岳地帯にて、各々が“その先”を求め、修行に臨む討魔士たち。
その一角。月明かりが差し込む静謐な谷で、神崎月夜は、静かに佇んでいた。
彼女の前に立つのは、かつて「軍神」と称された老戦士、山本平八郎。
「……お前の《吸収》という能力。帰蝶の力。すなわち“受け入れ”の極み」
彼は重々しく言う。
「だが、“受け入れたもの”をどうするか……それを定めねば、いずれその器は壊れる」
月夜は俯きながら呟く。
「……私には、わかりません。何のためにこの力を使うべきなのか。私は……イヴリンを隆正様を守れなかった。誰かの痛みを背負うだけでは……ただ、自分が壊れていく気がして」
平八郎は一つ頷き、山の祠の奥を指した。
「……ならば“心の底”まで潜れ。お前が何を背負い、何を見てきたのか、すべてと向き合え。
その先で、かつてのお前の“原点”に、きっと出会うだろう」
──霊子深層領域・月心の回廊
そこは、霊子によって具現化された精神世界。白銀の草原、揺れる水面の空。
不思議な景色の中で、月夜は歩く。自分の過去を踏みしめるように。
そのとき、柔らかな風が吹き、前方に──ひとりの男が現れた。
凍てつくような霊子を纏いながらも、どこか温かい気配を持つその姿。
「……父さん……?」
男は、ゆっくりと振り返った。
かつて《蒼鬼》と呼ばれた男──神崎響士郎。討魔省の“氷剣”の象徴。
月夜の父であり、命を賭して仲間を守った男。
「……よぉ、月夜。随分、大きくなったな」
その声は幻であり、記憶であり、霊子の共鳴が生んだ“残響”だった。
「……どうして……父さん……私……どうしたらいいの?」
涙声で問う月夜に、響士郎はゆっくりと近づき、優しく頭を撫でた。
「お前は、ずっと“代わりになろう”としてきたな」
「……?」
「仲間の代わりに傷つき、支えようとして、誰かの痛みを受け止めることが“正しさ”だと信じてた……でも、それだけじゃ救えないんだ」
月夜は俯きながら、拳を握る。
「……そう、思う。でも、じゃあ私は……どうしたらいいの?」
響士郎は、月夜の背中に手を添えながら、月を仰いだ。
「月夜、お前が“受け止めてきたもの”は全部、無駄じゃない。ただ……それを、“抱えたまま”にしとくな。
吸収した痛みを、優しさに変えろ。怒りを、光に変えろ。
お前には、その力がある」
月夜は、はっと目を見開く。
父が言うそれは、まさに《吸収》の“先”にあるもの。
「……私は、痛みを受け止めるために戦うんじゃない……」
「そうだ。お前は“癒す者”だ。戦うためじゃなく、“笑顔を取り戻す”ために立て。
それが、神崎月夜の戦いだ」
その言葉が、彼女の核に届いた瞬間。霊子が輝き、力が“変質”を始める。
──月夜の背に、蝶の光翼が生まれる。
吸収された痛みは、浄化され、癒しの波動となって周囲を包み込んだ。
新たな能力、それは──
《還光》
あらゆる負の霊子を吸収し、光へと転じる浄化の力。
敵の呪いを無効化し、味方の傷を癒し、さらに攻撃として転用することすら可能な“聖域”の力。
響士郎は、満足そうに微笑む。
「……もう大丈夫だな。月夜……あと、師匠から俺の剣は見たな?お前なら俺よりも鋭い氷剣を振るえる、必ずだ!」
月夜が涙をこぼす。
「……うん。ありがとう、父さん……ずっと、会いたかった」
「….そこに居てやれなくてすまない….けど、いつでも俺はお前の中にある。……それは忘れないでくれ。」
彼の姿は、やがて光となって空へ還っていった。
月夜が目を覚ますと、焚火の前に立つ平八郎が、目を細めて言った。
「……見つけたようだな。お前自身の“答え”を」
月夜の手には霊子で形成された氷刀が握られていた
「父さん、私この力と刃できっと仲間を救ってみせる。」
そして月は、まるで彼女を祝福するように、満ちていた。




