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残照の革命  作者: Nuhs
第8章ー新生討魔省編ー
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信念の残火

 先発した悠真たち第一班からの緊急伝達により原初魔徒の存在が明らかになった頃


 ──黒木玲央と音無瀬奈──は内容について詳細な説明を受ける。


 現在進行中の王庭の脅威、それに対抗するための“新たな戦力”の模索の一環として、ある人物を“招聘”する任務を言い渡されていた。


 その名は──


 山本やまもと 平八郎へいはちろう

 かつて「軍神」と恐れられた、討魔省の元・主席軍事参謀総長。


 指令を告げたのは、副長官・月詠奏司だった。


 「君たちには、彼のもとへ赴いてもらう。“情報”が必要だ。報告にあった原初の魔徒達………

 それらを知りえるもの……そして、“戦いの記録”を知る者は、現存する中で彼だけだ」


 堂島が眉をひそめる。


 「しかし……あの方は、完全に隠棲してしまっている。何度も接触を断ってきたと……」


 資料をペラペラとめくり月詠が話す


 「それでも行く価値はある。……あの山本平八郎は、“悠真の父”──日向敏矢の師だった人物だ」


 そして静かに目を伏せた。


 「……愛弟子を死なせた事で、隠居したという話だが。あの方しか知らない“何か”がある」


 「とにかく、両名には何としても山本様に再度復帰して頂くよう、説得を頼んだぞ。」


 「――――はいっ!!」


 


 二人が向かうのは、北関東の山間部。かつて“亡者の幽谷”と呼ばれた山林地帯。


 その山奥に、山本平八郎は隠居しているという。

 人を寄せつけぬ崖道。迷霊の群れる森。幾重にも張られた“認識遮断結界”一般の人間は辿り着くことははないだろう。


 道中、瀬奈が呟く。


 「ここ……現実じゃないみたい。目に見えるほど自然界の霊子が、漂ってる」


 玲央が冷静に返す。


 「こんな所に一人で住んでるのか……本当に、隠棲されているようだな。」


 やがて、山の中腹に現れたのは、一つの古びた庵。

 そこに、焚火を囲むひとりの老いた男がいた。



 男は、白い髭を蓄え、片目に傷を持つ武骨な姿。

 片腕が義肢であるにも関わらず、その存在感は圧倒的だった。


 ――かつて戦場で「軍神ぐんしん」の異名で恐れられた男。


 山本平八郎は、二人の姿を見るなり、冷たく言い放つ。


 「帰れ。討魔省など、もう信じてはおらん」


 玲央が前に出る。


 「お願いします、“あなたの知識”が必要なんです。……魔徒との戦いについて。お力をお貸しください。」


 玲央は旧討魔省の壊滅、そして現在の状況を説明した。


 沈黙の後、平八郎は口を開いた。



 「……何も変わらんよ………本質的に、強者は弱者を淘汰する。それが“自然の摂理”というものだ」


 その言葉には、重く深い諦念と、それ以上に深い痛みが滲んでいた。


 「お前たちは若い。理想を語れば世界が変わるとでも思っているのだろう。……だがな、俺は違う。

 理想では、誰も救えなかった。“力”こそが全てだと、戦場は教えてくれた」


 立ち上がるでもなく、椅子に深く腰を沈めたまま、視線すら二人には向けない。まるで、自分の殻に閉じこもるように。


 「……討魔省も、王庭も、変わらん。どこまで行っても、力を持つ者が、弱き者を踏みにじる世界だ。

 だから俺は、”抗う事”を捨てた。……もう戻る気はない」


 その声には、かつて“軍神”と呼ばれた男の影はなかった。ただ、一人の敗れた老兵の静かな絶望だけがあった。


 瀬奈が一歩前に出た。


 「……それでも、私たちは山本様のお力が必要なんです」


 「何度も言わせるな。必要とされる価値など、もう俺にはない」


 「……日向悠真さんは、生きています」


 その名を聞いた瞬間、平八郎の眼がわずかに揺れた。


 「……なんだと?」


 瀬奈は続けた。


 「日向敏矢さんの息子です。彼は今、“不屈”と“変革”の能力と、父母の遺志を継承しているんです。

 あなたの弟子が残した唯一の血脈です。そんな、彼が今戦っているんです。世界の在り方を変えるために」


 沈黙が落ちる。平八郎は、深く目を閉じた。


 「……そんな子供が、なぜ戦場に立っている。誰も……止めてやらんかったのか……?」


 瀬奈は声を震わせて言った。


 「それでも彼は、止まらない。……父のように、誰かを救うために戦っています。

 “誰も死なせたくない”と、何度も口にして……それでも傷付きながら、前に進んでる」


 「……父親の背中を、追っているのか」


 「いいえ。背中を越えようとしてるんです。あなたが、敏矢さんに託した想いを──

 全部背負って、羽ばたこうとしているんです。」


 平八郎は、少し目を細めた。

 

 焚火が静かに燃える。

 その炎を見つめながら、山本平八郎は、静かに語り出した。


 「……敏矢はな……」


 呟くように言った。


 「戦場に立っていた頃も、最後の最後まで“信じていた”んだ。保守派にも、話の通じる相手がいる、と。

 俺は何度も否定した。そんな甘い考えでは、命を失うぞと。……だが、あやつは諦めなかった。……本当に“全てを護り信じる者”だった」


 玲央が言った。


 「……だからこそ、日向悠真が今、その遺志を継ぎ戦っているのではないでしょうか」


 その瞬間だった。


 どこからともなく、庵の前に――やわらかな風が吹いた。

 森を抜け、草を撫で、焚火の火を揺らすほどにもならない、静かで優しい風だった。


 平八郎はふと、視線を空へ向けた。


 まるで“何か”を探すように。誰にも見えない“誰か”を感じ取るように。


 そして、その風の中に――

 確かに、彼は“かつての教え子”の声を聞いた気がした。


 


 『──先生! 俺、信じてますから。きっと……誰も争わなくて済む平和な世界が来るって』


 


 それは、かつて戦場で聞いたあの声だった。


 疲れ切った平八郎を振り返り、笑いながら手を振っていた敏矢の姿。

 無謀だと罵られながら、それでも傷ついた仲間を庇い、救おうと奔走していた、あの優しすぎる背中。


 彼が一人、死地へ向かう前夜、酒も飲まず、ただ火を見つめながら言った言葉も、鮮明によみがえる。


 


 『誰かが信じなきゃ、きっとこの世界、壊れたままです。

 だから俺は信じたい。保守派の人も、理解してくれるって……信じることを、諦めたくないんです』


 


 平八郎の喉が、かすかに鳴った。


 何も言わず、ただ瞳を伏せ、義手の拳を震わせる。

 その拳には、教え子の遺志と、自らの悔いが深く刻まれていた。


 玲央と瀬奈には、その声は聞こえなかった。


 だが、老兵の目に光が戻るのを、彼らは確かに見た。


 風が止む。


 静寂の中、平八郎が口を開いた。


 「…………あやつは、まだ……俺の中に生きておるらしいな」


 焚火が、ぱちり、と音を立てた。


 「……いいだろう。道理も勝算もクソもない。だが、弟子の声が、今の俺を動かすのなら……」


 ゆっくりと立ち上がったその背に、かつて“軍神”と呼ばれた威風が再び宿る。


 「もう一度だけ、戦場に立とう。弟子が信じた未来を……今度こそ俺が、信じてみせる」



 風が止む。


 燃え残った焚火の赤が、老兵の背に影を落とす。

 それはかつて戦場を駆けた“軍神”の残像。

 だがその目には、もう過去への悔いはなかった。


 弟子が灯し、信じた火は、決して間違っていなかった。

 ならば今度は自分の番だ。

 燃え尽きることを恐れずに、ただ未来を──

 誰かの“信念”を、繋ぐために。


 「……信念の残火」は、再び戦場を照らす。


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