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残照の革命  作者: Nuhs
第8章ー新生討魔省編ー
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悲しみー水色の襲来

 夜。療養棟の奥にある診察室。


 薬品の匂いと微かに甘い香りが漂うその部屋で、翔子は煙草を唇に咥えたまま、静かに天井を見上げていた。

 その対面にいるのは、神崎月夜と氷室蓮。


 診察の名目で案内されたが、翔子の語り口は、どこか回想に浸るような静けさを帯びていた。


 「……あたしはね、かつて“討魔省”の殲滅部隊にいたのよ。

 “戦場の聖女”──なんて呼ばれてた時代もあった。笑えるでしょう?」


 翔子は火をつける前の煙草を軽く転がしながら、苦笑する。


 「戦場で仲間を癒すために、ひたすら霊子を回してた。自分にもね。

 治癒の力を肉体に注ぎ込めば、動き続けられる。骨が砕けてても、腱が裂けても……“闘える治療師”ってやつよ」


 月夜が目を細め、呟いた。


 「不死身。……ですね。」


 翔子は少しだけ目を細め、微笑を浮かべた。


 「でも、そんなあたしもある時……“戦えなく”なった」


 静かに、彼女は目を伏せる。


 「“影ノ丘殲滅戦”。討魔省の内部施設で、魔徒因子に侵された被験体たちを一斉処分する任務だった。

 あたしも最前線にいたわ」


 部屋の空気が僅かに重くなる。


 「その施設の奥で、あたしは異形の子供たちを見たの。まだ歩けるかどうかも怪しい子たちも居たわ。

 親から引き離されて、感情を取り上げられて……ただ静かに、肩を寄せ合い…冷たい床に座ってた」


 彼女は煙草を唇から外し、フィルターを見つめる。


 「その中のひとりが……あたしに言ったの。



 『……コロシテ、おねぇちゃん』って」


 蓮が無言で目を伏せ、拳を握る。


 「その瞳には、まったく光がなかったわ。

 生まれてきた意味も、生きる理由も、誰からも与えられずに……ただ、実験し“廃棄される”ために育てられたのよ」


 翔子の声には、怒りでも悲しみでもない、強い意志がこもっていた。


 「……だから、あたしは命令に背いた。子供たちを連れて逃げた。

 親たちも、被験体の中にまだ人としての意志を残していた者たちも……全部連れて、ここまで来た」


 彼女は診察机の上に置かれた、子供が描いた絵を指差した。

 虹と、山と、笑っている子供たち。拙いけれど、そこには確かに“希望”があった。


 「この場所はね、“隠れる為”にあるんじゃない。

 “生きてていいんだ”って、子供たちが思えるようになるまで……あたしが“癒し続ける”場所なの」


 月夜が、静かに言葉を重ねた。


 「……だから、あの子たちは……生きてるんですね。人間として」


 翔子は煙草を軽く指で挟んで、再び唇に戻した。

 だが、火はつけない。


 「子供の前じゃ吸わないのよ。ルールなの。……聖女様らしくね」


 どこか照れ臭そうに笑うその表情に、月夜たちは沈黙で応えた。


 窓の外。山の夜風がそっと鳴っている。

 しかしその風の中に、微かに──不穏な“何か”が混じり始めていた。




―――――翌朝




山に朝日が差し、癒しの拠点の一角にある段々畑に、三人の姿があった。


 氷室蓮が黙々と鍬を振るい、妹の真琴は作物の手入れをしている。神崎月夜は慣れないながらも必死に畑仕事に励んでいた。


「な、なんか新鮮……こういう任務って、初めてかも……」


 額に汗をにじませながら月夜が笑うと、近くにいた異形の子供たちがクスクスと笑った。

 小さな角や尾を持つ彼らは、どこかあどけない瞳で月夜たちを見つめていた。


 「お姉ちゃん、すごいー!土に埋まってたー!」


 「うわっ、ズッキーニだった!あたしにもできた……!」


 真琴は笑いながら、友達とズッキーニを掲げた。


 その時――


 空気が、突如として重く変わった。


 空が鈍く陰る。


 その中心――畑のすぐ上の崖の上に、ぽつりと少女が立っていた。


 全身を水晶のような涙で包み、蒼く透き通る衣が風に揺れる。


 《原初魔徒・悲しみ》――ルイナ・セレナ。


 その足元からは、絶え間なく淡い光の“涙”が滴り、地面に触れた瞬間、周囲の温度が一気に数度下がった。


 「……また、呼ばれてしまったのね

私は、原初魔徒ールイナ•セレナ。悲しみの化身…..」


 か細い、掠れるような声。

 だがそれは空気を震わせ、拠点全体に染み渡るように響いた。


 氷室蓮と真琴は即座に子供たちを背後へと庇う。


 「……っ、やばい、あの気配……尋常じゃない」


 蓮の額に冷たい汗がにじむ。


 セレナの霊子の羽がゆるりと揺れ、まるで濡れた白鳥のように沈黙を纏う。


 「哀しいわ……この場所も、希望を持とうと足掻いて、

  それでも“悲しみ”から逃れられないのね」


 彼女の視線は、恐れと戸惑いの入り混じる異形の子供たちに向けられていた。


 「あなたたち……悲しそうな目をしているわ。

  生きているだけで苦しいのなら……もう、眠っていいのよ」


 霧のような涙が舞い、辺りに柔らかな蒼の光が広がる。


 「止めろ……っ!」


 蓮が叫び、前に出ようとしたその時――


 子供達の目が絶望の色に染まり、ガタガタと震え出し当時の記憶が鮮明に巻き戻される。



 「お願い、“殺して”……お姉ちゃん……」


 ――それは、かつて天月翔子が聞いた、あの言葉と同じだった。


 翔子が駆けつけ、叫ぶ。


 「子供に……哀しい記憶を思い出させるんじゃないよ、この畜生がッ!!」


 《聖女》の名でかつて名を馳せたその姿は、激しい怒気を発していた。


 拳に癒しの霊子を纏わせ、子供達の前に立ち塞がるように前に出る。


 「この子たちは、今を生きてる!希望を取り戻そうと足掻いてるんだ!」


 セレナはその言葉に、ほんの少しだけ微笑んだ。


 「……だから、哀しいのよ。

  夢を見て、それでも現実は彼らを苦しめる。

  だったら、私が……その“夢”ごと、終わらせてあげるわ」


 その瞬間、彼女の足元から放たれた“涙”が地を這い、周囲の植物が一斉に凍りつく。


 蓮が剣を構え、真琴が防御結界を展開。


 翔子が一歩踏み出し、癒しの力を全身に巡らせる。


 「絶対に、守る……!絶対に、あの子たちに“生きてていい”って、思わせる!」


 セレナの静かな囁きが、空に溶ける。


 「……あなたの声も、きっと、届かないわ」


 その悲哀に満ちた気配が、世界を塗り替えようと、畑を覆っていく。


 その一滴一滴が地を濡らし、触れた草は一瞬で氷晶へと姿を変える。

 そして――悲しみの霊子に染まった空気に触れた“命”は、音もなく砕け、白い霜へと散っていった。


 「っ、これ……生きてるものに触れたら……!」


 蓮の叫びとともに、小動物がその場で“砕けて”消える。

 魂の欠片のような霜だけが、風に乗って儚く舞っていた。


 セレナの瞳は悲しみに沈み、囁く。


 「私の涙に触れたものは、皆……私と同じ、哀しみの欠片になるの」


 その瞬間――《天月翔子》の周囲に円陣が浮かび上がる。



 「“星彩治癒ステラ・ヒール”。」


 癒しの霊子を周囲に展開させ、悲しみの霊子を中和していく


 そして、地面を勢いよく蹴りセレナに向かい直進する


 「……言ったろ。あの子たちのためなら、命でも何でも懸けてやるよ!」


 その体は、すでに霊子の光に包まれていた。

 拳に癒しのエネルギーを極限まで込めて振りかぶる



 ―――――ギャン、バチッ、バチバチッ



 一瞬の閃光の後、稲妻が炸裂するような衝撃が拳に宿った。



 「天墜聖拳ヘヴンズ・フォール・インパクト!」


 ブーストされた翔子の拳が、空を裂くようにセレナへと迫る――!


 

 ――――――ドガンッ、ガガガガガッ


 セレナを取巻く水晶のような障壁が破砕され、拳が叩き込まれる


 「殴られたのなんて数百年振り……ワタシ、悲しいわ………」


 セレナは掌で防御すると、一旦距離をとる様に後方へ跳躍すると障壁は修復される


 そして今度は、両手を合わせ拝むような姿を見せ涙を流す


 「………悲しい………」


 その動きと共に、空間の温度が一気に数十度下がった。


 翔子の周囲に“涙”が降る。

 一滴が、彼女の頬に触れた瞬間――


 「……っ、これは……っ!」


 全身に“悲しみ”が染み込んでくる。

 脳裏に浮かぶのは、影ノ丘で出会った子供たちの瞳。

 「コロシテ……おねぇちゃん……」という、絶望に濡れた声。


 その幻が、今の翔子の“記憶”と重なり、精神を凍らせていく。


 セレナが囁く。


 「あなたの魂、泣いてるわ。ずっとあの時から、止まってるの」


 翔子の動きが鈍る。


 だが――


 「うるせぇ……うるさいんだよ、アンタ!」


 彼女は足元を踏み叩くと、纏う光の霊子が逆流するように爆ぜた。


 「あの子達に、絶望を与える奴は!アタシがぶっ殺す!」


 その瞬間、彼女の拳が涙の霧を“浄化”しながら突き進む。

 癒しの力で“凍死の霊子”を中和しつつ、拳がセレナの胸元へと迫る。


 セレナの表情が、ほんの一瞬だけ揺れた。


 ―――――ゴッ!バキッバキン


 再び拳がセレナの涙状の障壁を砕き、顔面に届く、しかしその寸前で――

 セレナが悲しみの霊子を反発させ弾き飛ぶ。


 「そう………無駄なの………」


 さらに、彼女の背から伸びた霊子の羽が大きく展開される。


 その羽ばたきとともに、空間を裂くような“衝撃波”が周囲に解き放たれた。

 波動は色を持たず、先ほどの涙のような“悲しみ”だけが侵蝕されていく――



 「っ……このままじゃ……皆が……っ!」


 叫んだその瞬間――!


 「ぜぇんりょく、ばりあぁー!!」


 真琴が、必死の表情で両腕を広げ、巨大な結界を張る。


 同時に、蓮が背後から飛び出す。


 凍結結界《終極氷界コキュートス》。


 発動と同時に、凍てつく蒼の盾と結界が重なり、悲しみの波動の温度を相殺していく。


 さらに――


 「蝶舞幻陣ちょうぶげんじん――!」


 月夜の掌から放たれた“吸収の蝶”たちが、空間を漂う霊子の一部を取り込んでいく。


 その三人の“想い”が融合し、わずかに――ほんのわずかに、子供たちのいる空間を守ることに成功する。


 「こっちに! 急いで!」


 翔子の側近の一人が叫び、異形の子供たちがバリアの隙間を縫って退避していく。


 その中に、小さな声があった。


 「……おねぇちゃん、がんばって……」


 翔子は、微笑んだ。


 「任せときな――アンタらには指一本、触れさせないよッ!」


子供たちが退避したのを確認した翔子は、深く息を吸った。


 「守る…..絶対に….聖女光臨:絶壊の福音オーバーブレイク!」


 自らの体内に、癒しの霊子を極限まで圧縮し、筋肉と神経に流し込む。


 先程、拳にのせた霊圧が全身に漲る


 「よし、3分で終わらせる……行くよッ!!」


 拳に集まる霊子が、飽和し赤紫の火花を纏って暴発する。


 飛び出した翔子の拳が、空間を震わせながらセレナへと向かう。


 セレナは、何も言わずに涙を溢す――


 「……その力で、何を癒すの……?」


 まるで問いかけるように、セレナの周囲に“悲しみの霧”が再展開される。


 翔子の拳が霧に触れた瞬間、その表皮が凍り付き、””霊子ごと剥がれ落ちるが、同時に再生される”のを繰り返す。


 「ッ……何度でも、何度だって……!アタシはあの子達を守るんだぁーーーっ!」


 セレナは静かに言う。


 「何の為に苦しみ続けるの……

  悲しみの果てに安らぎがあるのに……」


 幾度もの殴打、踏み込み、蹴撃が空を裂き、地を揺らす。


 激しい肉弾戦と霊子の波動がぶつかり合う中で、二人は決着をつけぬまま――睨み合った。


 ……その時だった。



 「時間的に、マズイわね…….さらに増援!?」


 背後の山間から、重装備の猟兵達が、滑空するように着地した。


 「遅くなり、申し訳ございません。すぐに加勢致します。」


 しかしーーー


ーーーその全身を覆う霊子装甲は――深紅。


 セレナの視線が、ピタリとその兵士達に向く。


 彼女の目が、かすかに震えた。


 「…………その色」


 呟いたその刹那。


 パチン――と、手が鳴らされた。


 「ッ――?」


 猟兵が、言葉を発する間もなく、全身が内側から砕けた。


 爆発ではない。燃焼でもない。“涙の共鳴”による悲しみの崩壊。


 ズガァンッ!!!


 霊子装甲が“感情の圧”で内部から軋み、霧散していく。


 残されたのは、魂の欠片のような淡い霜だけ。


 セレナは何も言わずに、ひとことだけ。


 「……その色、私の“嫌いな人”と同じだったから」


 その表情は、哀しみか怒りかすらもわからないほど、空虚だった。


 「はぁ………嫌な顔…….思い出しちゃった…….」


 「もう、帰ろっと……」


 羽を大きく広げると目の前に移送陣が展開され

涙と共に静かにその姿は消えていく。


その場に残されたのは、氷の花のように儚い“霜”と、彼女の存在を確かに記憶した者たちだけだった。

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