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残照の革命  作者: Nuhs
第8章ー新生討魔省編ー
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悲しき癒しの街

 

  闇に閉ざされた石の回廊。その奥、何千年も陽の光を浴びぬ場所に、“それ”はあった。


 《慟哭ノ棺(どうこくの棺)》――人の深層に眠る感情が染み込んだ、七つの“棺”。


 その内の五つが並べられ、一つが赤黒く脈動し開いている。


 「……アマルシア、帰還か。」


 呟くのは、《空虚ノ座》ヴァイド。

 その傍らに立つのは、白き仮面の男、現《凶兆ノ座》日向隆正――《白面》。


 そして――その背後、闇の中で、何かが呟く。


 「解放の準備は整っております……次は?」


 足音ひとつ立てず現れたのは、《紫苑》。恭しく傅く。


 「次は、そうだな“悲しみ”を満たすとしよう。」


 彼の指先が、五つの棺のうち、一つ――

 蒼い輝きを放つ、“涙を流す少女の彫刻”に触れた。


 その瞬間――

 


 深海のような冷たい気配が、空間を満たす。


  ヴァイドがささやくように言う


 「……いよいよ目覚めるか、悲しみの原初」

 

 棺が音を立て、内側から開く。


 「……ぁ……ここは……?」


 静かな声が、響いた。


 全身を水晶のような涙で包んだ少女が、その場に立っていた。


 《原初魔徒・悲しみ(Sadness)》――ルイナ・セレナ。



 その姿は、透き通るような肌に、蒼い衣。

 足元には常に涙の雫が滴り、彼女の気配だけで空間の温度が数度下がった。


 《ルイナ・セレナ》。

 七原初魔徒の一体、“悲しみ”の具現。


 「……また、呼ばれてしまったのね」


 掠れるような声。

 その背中から伸びる霊子の羽が、まるで濡れた羽根のように沈黙を纏う。


 紫苑が一歩前に進み、跪く。


「お帰りなさいませ、愛しき涙の王女クライング・ローズ様。世界はまた、貴女の涙を求めています。」


 「そう……哀しいわね。私はただ、忘れられたかったのに」


 ぽたり、と地に涙が落ちるたびに、空間の生命が一つ、失われていくかの様に凍てつく。


 白面が無言で歩み去る中、ヴァイドは最後に問いかけた。


「悲しみは静かに、だが確実に人の心を蝕む。……その涙で、どこまで世界を染められるか、見せてみろ」


 そして、彼女がただ一言、呟く。


「……悲しみは、止まらない」

 その瞳は憂いに沈み、まるで永劫の孤独をそのまま形にしたような佇まいだった。



――――――第二班




  霧深き北陸の山中。封印されたような静寂が支配するその谷間に、人工的な構造物が口を開けていた。


 第二班──神崎月夜、氷室蓮、氷室真琴の三人は、慎重に足を踏み入れる。


「……これが、例の療養施設?」


 月夜が眉を寄せながら周囲を警戒する。


 施設の入り口は半ば自然に隠れるように設計されており、外部からの視認はほぼ不可能だった。だが中は──まるで小さな街のように整備されていた。


 庭園、集会所、住居棟、医療棟……そのすべてが、一つの都市として機能していた。


 しかし、彼らが中に入った瞬間──


「侵入者確認。迎撃開始」


 低く、冷たい声が響く。


 同時に、周囲の木々の影から無数の黒衣の者たちが出現した。


「っ……これは!」


 “癒しの拠点”を守る治癒術師の直属部隊、魔徒のような者たちだった。


 瞬間、戦闘が始まる。


 月夜が即座に身構え、《帰蝶》の術式を展開するも、敵の霊子干渉は極めて高度。相手も交戦経験に長けた猛者揃いだった。


 蓮と真琴が前線に立ち、敵の動きを封じる。


「誤解だ!私たちは討魔省の追手じゃない!」


 月夜が叫ぶが、聞き入れられない。


 だが──


 氷室真琴が、小さな手を掲げる。




 「――ばりあーっ!!」


 氷室 真琴の左背に氷の霊子と黒き魔徒の霊子が交差した、小さな片翼のような残光が舞う。


 その波動を感じた瞬間、周囲の敵たちの動きが止まった。


「……その波長、まさか……制御に成功している?」


 一人の戦士が呟き、周囲の空気が一変する。


 沈黙の中、足音が響いた。


 現れたのは、一人の女──《天月 翔子》。


 美しく、そして圧倒的な存在感を放つその姿。修道服に似た戦闘着の下、グラマラスな肉体を包み、腰には拳用の手甲を携え、口元には煙草を咥えている。


「そこまでよ。あんたたち……その力、魔徒因子ね」


 翔子は月夜たちをじっと見つめる。


「私の子供たちを狙って来たのなら、……心臓を潰すわ」


 その声は柔らかくも、凍てつくような殺気を孕んでいた。


 月夜が前に出て、一礼する。


「誤解を解きたくて来ました。私たちは《癒しの拠点》の保護と、協力を求めに来た者です。あなたと、あなたが守る者たちの意思を尊重したい」


 翔子の眉がわずかに動く。


 蓮と真琴の波長──魔徒因子を自ら制御した“実例”。

 それを見て、翔子は少し口元を緩めた。


「へぇ……討魔省にも、変わり者が残ってたってわけね」


 彼女は視線を逸らし、施設の奥へと歩み出す。


「付いてきなさい。見せてあげる、私たちの“地獄の先”を」


 午後の光が差し込む、療養施設の中庭。


 神崎月夜は、一本の細い木の根元に座る“子供”と対面していた。


 少年──だが、その額には角があり、肌は光の具合で青白く透け、背中には未発達の翼のような膜がある。


 「こんにちは、話してもいい?」


 月夜の問いかけに、少年は首を横に振るでもなく、肯定するでもなく、ただ無言で小さなスケッチブックに鉛筆を走らせていた。


 「何描いてるの?」


 答えの代わりに、少年は描いた絵を月夜に見せる。


 そこには、空を飛ぶ家族のような異形たちの姿。そして、その中央には女性らしき人物が微笑んでいた。


 「……もしかして、それって……」


 「……おかあさん」


 小さな声が漏れた。


 月夜はその一言に、胸の奥が締め付けられるのを感じた。


 一方、蓮と真琴も、それぞれ異形の子供たちと接していた。


 蓮は片腕が機械のような義肢と融合している少年に対して、自らの魔徒因子の絡みつく腕を見せる。


 「似てるな、俺のも昔は動かなかった。でも、今は動く。自分で動かせる。痛いか?」


 少年は小さく首を振る。目は怯えている、けれど少しだけ蓮の顔を見ていた。


 真琴は、同い年位の翼の生えた少女の手を握っていた。


 「……おにいちゃん、いがい、ともだちいないの……いっしょにあそぼ」


 少女の表情から、笑顔が溢れる。


 その様子を、翔子は遠くから見つめていた。


 彼女の背後には、かつて彼女に救われた二人の側近──無口な剣士の青年と、包帯を巻いた少女──が控えていた。


 「……やっぱり、あの子たちは普通の討魔士じゃないね。まだ希望を信じてる」


 翔子はそう言いながら、ポケットの煙草に手を伸ばす。


 「二人を、私の診察室へ………」


 二人の側近は何も言わず、姿を消した。

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