怒りー赤の襲来
霊子核兵器の座標端末を確認していると、警報音が鳴り響く。
ーーー異常霊圧感知、異常霊圧感知、異常…….ーーー
警戒音が鳴り響く中、悠真と直人の背後で、雷鳴学舎跡地の空が不穏に歪む。
「……これは、何か来る!」
直人が霊子を感知した瞬間、上空から深紅と漆黒の螺旋が疾風のように落下する。
地を穿つ激震の中、現れたのは──紅黒の鎧を纏う女性の騎士。
紅蓮の怒気の霧を纏い、全身に灼熱の亀裂を走らせたその姿は、見る者の本能を震わせる。
「ようやく……“お前たち”の顔を見られたわ」
「我が名は――《アマルシア》。原初ノ魔徒、“怒り”の化身。」
遥か昔、討魔の英雄に敗れ、永き封印の中で復讐の念を燃やし続けた存在。
「不屈の因子……そして“希望”の徒たち……。なるほど、悪くない面構えね」
悠真はすぐに抜刀、緊張感を高める。
だが、アマルシアは悠然と彼を見下ろし、挑発するように笑った。
「戦う気?まだ、貴方達じゃ早いわね。
……でも代わりに、“私の獣たち”が、お前たちの力を見極めてくれるわよ」
彼女が指を鳴らすと、瓦礫の陰から黒衣に包まれた無数の兵が姿を現す。
それは、王庭直属の実働部隊――《猟兵》。
生粋の魔徒と、堕ちた継承者たちで編成された精鋭の狂戦士部隊。
「目的は二つ。“霊子核”と、その守り人……白瀬綾、行け!」
「……っ、来るぞ直人!」
猟兵たちが一斉に襲いかかる。
「こいつら……一人一人が、つ……強い……!」
直人が奥歯を噛み締め、空間に陣を展開する。だが、次々と破られていく。
「綾さん、コレを――!」
綾は一瞬だけ振り返り、表情を硬くしたまま端末をもう一度受け取る。
「これだけは、絶対に渡さない……先輩が命懸けで守ったものだから!」
その叫びに、悠真の瞳が力強く燃え上がる。
《不屈》と《変革》を交錯させ、空間を切り裂いて前線に飛び込む。
猟兵の一人が、重力を操る魔徒因子を発動し、悠真の動きを封じるが――
「止まるかよ……!」
一閃。刀が蒼焔を纏い、敵を撃破する。
しかし、戦局は圧倒的不利。
猟兵たちは“陣形”を組み、戦術的に交戦する。
戦場の中心、紅の魔徒は、まるで観劇でもしているかのように腕を組み、悠真たちの奮闘を見下ろしていた。
彼女の周りには霊子装備を備えた、屈強そうな兵士達が立ち並ぶ。
そして、その一人――銀髪の指揮官級らしき男が跪く。
「アマルシア様……あと少しで霊子核は確保……しばしお待ち下さい……」
彼の装備――淡い水色の霊子装甲が光を反射する。
その瞬間、アマルシアの表情が歪んだ。
「……あら?」
彼女はゆっくりと首を傾げ、その男に視線を向ける。
瞳が細まり、深紅の光を帯びる。
「貴方の“色”、気に入らないわね」
「……えっ?」
男が言葉を発する間もなく、アマルシアの掌が軽く振られる。
空間が赤黒く捻れ、次の瞬間、男の存在は熱量すら残さず霧散した。
まるで燃え尽きた紙切れのように。
静寂。
猟兵たちが凍りついたように息を潜める中、アマルシアは軽やかに肩を竦める。
「ルイナの色を纏うなんて、反吐が出る。
あの青白い顔だけは、本当に気に食わないのよ……あの涙色の女……」
その名が吐かれると同時に、周囲の空間が再び熱を帯び始めた。
――《怒り》が揺れる。
猟兵達が次々と燃え尽きてゆくーー
悠真は、恐怖とも違う戦慄を覚える。
この女は本質的に、何も信じていない。誰も信用しない。感情で世界を焼き尽くす“業火”そのものだ。
だが次の瞬間、アマルシアはふっと肩の力を抜いた。
「……あぁ、興が削がれたわ。」
その声には、どこか“強者”の余裕が滲んでいた。
「少しはマシな火種を見つけたし……せいぜい燃え広がるか見物させてもらうわ。不屈の継承者。」
そう言い残すと、アマルシアの周囲に業火の螺旋が巻き起こり、空間ごと彼女の姿を呑み込む。
最後に響いたのは、熱に染まった、女の高笑い。
「アァハハハハ……! もっと怒って、もっと壊れて、もっと焦がしてよ……!!」
アマルシアは焦げた空気と”熱”だけを残し消え去った。
悠真と直人は言葉を失いながら、腰を落とす綾のもとへ駆け寄った。
アマルシアが消え去った後も、地には深紅の余熱が残っていた。
空は晴れ渡っているのに、まるで夕焼けのような色が大地に差し込む。
綾は呆然と、震える手に端末を持ち
地面を見つめていた。
焼け焦げた跡には、かつて存在していた一人の猟兵の痕跡すら残されていない。
「……仲間を、あんな……気まぐれで……」
その震えが恐怖によるものか、怒りによるものか、綾自身にも分からなかった。
だがその肩に、そっと何かが触れる。
悠真だった。
彼は傷つきながらも、綾の目の前に立ち、真っ直ぐに言った。
「俺は……母さんの残した遺志を奴らには絶対渡しません。」
綾は静かに目を伏せると、小さく微笑んだ。
その瞳には、どこか英香に似た、柔らかな光が宿っていた。
「……あの人に、似てきたわね。本当に」
彼女はゆっくりと、手にしていた小型端末を悠真に差し出す。
「霊子核兵器の封印座標と、最終制御キー。……あの人が、命懸けで守ったものよ。任せたわ、“彼女の息子さん”」
悠真はそれを両手で受け取ると、静かに頷いた。
「守ります。母の遺したものも……あなたの想いも」
直人が後方から歩み寄る。
瓦礫の中から魔徒の残骸を調べ、猟兵の装備と意図された霊子核兵器奪取作戦の痕跡を探していた。
「急ごう。奴らは“再び来る”。次はきっと、本気で――」
その言葉に、悠真と綾は互いに頷き合い、すでに封印施設を離れかけていた。
遠く、上空の雲の向こう――
異形の“光の柱”がゆらりと立ち上がる。
それは、世界の“封印”が、また一つ解かれようとしている兆しだった。
――こうして、“雷鳴学舎”は守られた。
だが、アマルシアの襲来は予兆に過ぎなかった。
彼女は“王”の意志に従い、七原初の封印解放を進める尖兵。
次なる標的は、まだ誰も知らない――




