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残照の革命  作者: Nuhs
第7章ー討魔の崩壊編ー
33/49

焔と幻影

転送術式の眩い光が空間を裂いた瞬間、三つの影が重力を失い、放り出されるように地を蹴った。


 ――月夜、イヴリン、そして白い仮面の男。


 彼らが転送された先は、ひとつの古びた社と、風に晒された墓標が並ぶ静かな丘だった。

 朽ちかけた木々が立ち並び、白い灯籠に名残の香が漂う。


「……ここは……」


 月夜が呻くように呟いたその先に、見慣れた名が彫られていた。


 『神崎 響士郎 之墓』


 彼女の父。数多の討魔士を救い、そして討ち果てた英雄――だが、月夜にとっては、幼くして失ったただの「優しい父」だった。


「お父……さん……」


 その場に膝を落とす月夜に、イヴリンは一歩進み、静かに立つ。


 「変わり果てたのぅ、隆正」


 しかし、空気がすぐに変わる。

 背後から放たれる、異様な霊子の殺気。


 白い仮面の男――日向隆正。


 すでに戦闘態勢に移った彼の気配は、かつて最強の一角と呼ばれた戦士のそれでありながら、どこか“空洞”だった。


 感情がない。意志がない。ただ「命令」に従って動く兵器のような存在。


「……革命。排除……」


 機械的な声と共に、隆正の霊子が空を歪ませる。


「月夜よ、下がれ。ここからは……妾がやる」


「イヴリン……?」


 イヴリンが静かに手をかざす。


 紫黒の霊子が渦を巻き、やがて一振りの氷剣が彼女の手に宿る。


「お主に教えてはおらぬが……お主の父、響士郎――“蒼鬼”と呼ばれたあやつに、剣を教えたのは妾であるぞ」


「え……?」


「今から見せる技は、お主がまだ見ぬ父の姿。……それを、“その目”に焼き付けておけ」


 イヴリンの瞳が燃える。


「――師として、愚かな弟子を止める。それが“けじめ”じゃ」



 白い仮面の男が飛び出す。


 一瞬で間合いを詰める異常な加速。

 だが、イヴリンはその殺意を――止めた。


 氷の剣を横に払い、隆正の剣を逸らす。


「……!」


 隆正が目を見開いた。無感情な仮面の奥で、ほんの僅かに揺れる焦り。


 イヴリンの構えが変わる。


 それは、かつての弟子――神崎響士郎が振るった、彼にしかできなかった“氷の型”。


 剣先が地に触れるほど低く、片膝が地面に擦れるかのような独特の前傾姿勢。


 月夜の心がざわつく。


(……なに、この感覚……)


 剣が振るわれる。


「――《氷牙連閃・蒼刃廻天》!」


 その瞬間、地から湧き上がるように、無数の氷刃が螺旋を描いて隆正に襲いかかる。


 氷の刃は全て“冷静”かつ“静謐”でありながら、狂気的な鋭さを持っていた。


 そしてその戦いの姿が、幼い頃の記憶に影を落とす。


 月夜の目に、戦う父の幻影が重なる。


(……お父さん……?)


 幼い彼女には見せられなかった、英雄の姿。

 その“在りし日”を、イヴリンが今、目の前で演じていた。


 隆正は氷刃をすべて粉砕し、再度、殺意を滾らせる。


 だがイヴリンはすでに次の構えに移っていた。


「……思い出せ、隆正」


「お主は……人のために剣を振るう男だった。響士郎と共に、魔徒に怯える人間を、何度も助けてきたじゃないか」


「妾の弟子として、”お主ら”は誇らしかった。……なのに、なぜ、こんな風に……!」


 涙など見せない。

 けれどその声には、確かな哀しみと怒りが滲んでいた。


 イヴリンが最後の力を込めて構える。


「貴様を、止める。師として、命を懸けてな」


 ――《幻焔葬界げんえんそうかい》。


 氷と炎の霊子が混ざり合い、現実と幻影の境界を焼き払う超術式。


 隆正の霊子が空間ごと飲み込まれ、動きが鈍る。


 今しかない。


「《零天・蒼牙閃》!!」


 かつて響士郎が振るった、たった一合の“真なる剣閃”。


 氷が天を裂き、彼女の剣が――確かに隆正の仮面へと届いた。


 しかし――


 致命には至らなかった。


 返す刃が、イヴリンの霊子核を抉る。


「が……っ……!」


 それでも、彼女は微笑んでいた。


「……最後に、教え子の姿を見られてよかったわ……。お主ら二人とも、本当に、手のかかる馬鹿弟子じゃった……」


 霊子が溶けていく。


「せめて、これだけは教えておく……“愛”という物はな、簡単に消えぬものよ」


 風が吹く。

 イヴリンの姿が、霧のように消えていった。



 隆正の動きが止まる。


 霊子が逆流し、仮面の奥から苦悶の呻き声が漏れる。


「……あ、ああ……っ……これは………?」


 視界に走る断片。

•自分を抱えて笑うイヴリンの姿

•共に剣を学ぶ響士郎との鍛錬

•幼き日の悠真を膝に乗せ、頭を撫でていたあの夜


「やめろ……やめてくれ……!」


 暴走と記憶の衝突。

 自我が軋み、仮面にひびが走る。


 月夜は、イヴリンの落とした髪飾りを胸に抱きながら、ただ見ていた。


 やがて隆正は、転移術式を発動。

 闇の裂け目に沈み、姿を消す。



 静寂が戻った。


 神崎響士郎の墓前に、一輪の氷の花が揺れる。


 月夜は、イヴリンの髪飾りをそっと抱きしめる。


「イヴリン……ありがとう……。お父さんの剣、私……ちゃんと見たよ……」


 その目に、涙はあれど、強さが宿っていた。


 空には朝日が差し込む。


 そして、彼女は誓うように立ち上がる。


「――私は、もう迷わない。“革命”の隣に立つって決めたから」

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