焔と幻影
転送術式の眩い光が空間を裂いた瞬間、三つの影が重力を失い、放り出されるように地を蹴った。
――月夜、イヴリン、そして白い仮面の男。
彼らが転送された先は、ひとつの古びた社と、風に晒された墓標が並ぶ静かな丘だった。
朽ちかけた木々が立ち並び、白い灯籠に名残の香が漂う。
「……ここは……」
月夜が呻くように呟いたその先に、見慣れた名が彫られていた。
『神崎 響士郎 之墓』
彼女の父。数多の討魔士を救い、そして討ち果てた英雄――だが、月夜にとっては、幼くして失ったただの「優しい父」だった。
「お父……さん……」
その場に膝を落とす月夜に、イヴリンは一歩進み、静かに立つ。
「変わり果てたのぅ、隆正」
しかし、空気がすぐに変わる。
背後から放たれる、異様な霊子の殺気。
白い仮面の男――日向隆正。
すでに戦闘態勢に移った彼の気配は、かつて最強の一角と呼ばれた戦士のそれでありながら、どこか“空洞”だった。
感情がない。意志がない。ただ「命令」に従って動く兵器のような存在。
「……革命。排除……」
機械的な声と共に、隆正の霊子が空を歪ませる。
「月夜よ、下がれ。ここからは……妾がやる」
「イヴリン……?」
イヴリンが静かに手をかざす。
紫黒の霊子が渦を巻き、やがて一振りの氷剣が彼女の手に宿る。
「お主に教えてはおらぬが……お主の父、響士郎――“蒼鬼”と呼ばれたあやつに、剣を教えたのは妾であるぞ」
「え……?」
「今から見せる技は、お主がまだ見ぬ父の姿。……それを、“その目”に焼き付けておけ」
イヴリンの瞳が燃える。
「――師として、愚かな弟子を止める。それが“けじめ”じゃ」
白い仮面の男が飛び出す。
一瞬で間合いを詰める異常な加速。
だが、イヴリンはその殺意を――止めた。
氷の剣を横に払い、隆正の剣を逸らす。
「……!」
隆正が目を見開いた。無感情な仮面の奥で、ほんの僅かに揺れる焦り。
イヴリンの構えが変わる。
それは、かつての弟子――神崎響士郎が振るった、彼にしかできなかった“氷の型”。
剣先が地に触れるほど低く、片膝が地面に擦れるかのような独特の前傾姿勢。
月夜の心がざわつく。
(……なに、この感覚……)
剣が振るわれる。
「――《氷牙連閃・蒼刃廻天》!」
その瞬間、地から湧き上がるように、無数の氷刃が螺旋を描いて隆正に襲いかかる。
氷の刃は全て“冷静”かつ“静謐”でありながら、狂気的な鋭さを持っていた。
そしてその戦いの姿が、幼い頃の記憶に影を落とす。
月夜の目に、戦う父の幻影が重なる。
(……お父さん……?)
幼い彼女には見せられなかった、英雄の姿。
その“在りし日”を、イヴリンが今、目の前で演じていた。
隆正は氷刃をすべて粉砕し、再度、殺意を滾らせる。
だがイヴリンはすでに次の構えに移っていた。
「……思い出せ、隆正」
「お主は……人のために剣を振るう男だった。響士郎と共に、魔徒に怯える人間を、何度も助けてきたじゃないか」
「妾の弟子として、”お主ら”は誇らしかった。……なのに、なぜ、こんな風に……!」
涙など見せない。
けれどその声には、確かな哀しみと怒りが滲んでいた。
イヴリンが最後の力を込めて構える。
「貴様を、止める。師として、命を懸けてな」
――《幻焔葬界》。
氷と炎の霊子が混ざり合い、現実と幻影の境界を焼き払う超術式。
隆正の霊子が空間ごと飲み込まれ、動きが鈍る。
今しかない。
「《零天・蒼牙閃》!!」
かつて響士郎が振るった、たった一合の“真なる剣閃”。
氷が天を裂き、彼女の剣が――確かに隆正の仮面へと届いた。
しかし――
致命には至らなかった。
返す刃が、イヴリンの霊子核を抉る。
「が……っ……!」
それでも、彼女は微笑んでいた。
「……最後に、教え子の姿を見られてよかったわ……。お主ら二人とも、本当に、手のかかる馬鹿弟子じゃった……」
霊子が溶けていく。
「せめて、これだけは教えておく……“愛”という物はな、簡単に消えぬものよ」
風が吹く。
イヴリンの姿が、霧のように消えていった。
隆正の動きが止まる。
霊子が逆流し、仮面の奥から苦悶の呻き声が漏れる。
「……あ、ああ……っ……これは………?」
視界に走る断片。
•自分を抱えて笑うイヴリンの姿
•共に剣を学ぶ響士郎との鍛錬
•幼き日の悠真を膝に乗せ、頭を撫でていたあの夜
「やめろ……やめてくれ……!」
暴走と記憶の衝突。
自我が軋み、仮面にひびが走る。
月夜は、イヴリンの落とした髪飾りを胸に抱きながら、ただ見ていた。
やがて隆正は、転移術式を発動。
闇の裂け目に沈み、姿を消す。
静寂が戻った。
神崎響士郎の墓前に、一輪の氷の花が揺れる。
月夜は、イヴリンの髪飾りをそっと抱きしめる。
「イヴリン……ありがとう……。お父さんの剣、私……ちゃんと見たよ……」
その目に、涙はあれど、強さが宿っていた。
空には朝日が差し込む。
そして、彼女は誓うように立ち上がる。
「――私は、もう迷わない。“革命”の隣に立つって決めたから」




