かつて視た最期の地
静岡県中部ー山々に囲まれた暗霊地
かつて討魔省《改革派》の拠点だったとされる地域──“駿河・深谷支部”跡地へ、悠真たちはイヴリンの導きで向かっていた。
倒壊しかけた施設。地下へと続く錆びた扉。
そこに残っていたのは、わずかな霊子の残滓と、消されたはずのデータ片。
玲央と直人が解析し、封印されたログから複数の“同志”たちの名が浮かび上がる。
タブレット型端末を指で指しながら月夜は言う
「よし、本省のデータと照合して現在の所属を確認よ」
──だが、その照合の最中、空間が振動する。
震える空間から暗渦が現れ、その中から白い仮面の男が現れる。
仮面の下の素顔は未だ明かされぬまま、ただその“気配”だけが悠真の本能に訴えかける。
(……これは……じいちゃん!?)
仮面の男は一言も語らぬまま、悠真たちに刃を向ける。
緊張が走る中、さらに闇からもう一つの気配が降り立つ。
──王庭幹部、《凶兆ノ座》骸斬狼。
纏めた長髪、血染めの着流しに刀の収まらない鞘のみをぶら下げ、瘴気をまといながら現れたその男は嗤う。
「ほう……面白いじゃねえか。まさかこの地で“元・討魔の紅鬼”と再会できるとはなァ!」
仮面の男に向かって、殺意を滲ませる。
「さァ殺ろうぜェ、“戦い”の匂いがして仕方ねェんだよ……!」
だが、その瞬間。
背後の空間が裂け、転移陣から──討魔省の追手が現れる。
玖堂 冥。そして、再び現れた獅村 斬久郎。
咆哮が、空気を裂いた。
仮面の男――紅鬼と呼ばれた男と。そして獅村斬久郎が、まるで磁石が引き寄せあうように互いの殺気に反応し、激突する。
「ギィィィィイィ……!!」
斬久郎の《へし切り長谷部》が、地を這うように振るわれる。その刃が空を薙ぎ払うと、霊子そのものが引きちぎられたように空間が歪んだ。
対する仮面の男は、無言のまま《一振りの古太刀》を引き抜く。
一瞬で、互いの武器がぶつかる。
音が──消えた。
霊子の圧が強すぎて、鼓膜が音を認識できない。
玲央たちは咄嗟に距離を取るが、それでも遠くから肉体を圧し潰すような殺気が吹きつけてくる。
仮面の男の太刀が弧を描き、斬久郎の腕を浅く裂いた。
しかしその直後、斬久郎の斬撃が反撃として跳ね上がる。
「ギャァアアアアアァ!!」
仮面の男の肩口が斜めに裂け、黒い霊子が噴き上がる。だが彼は叫ばず、一歩も退かず、むしろそこから踏み込み、斬久郎の胸へと膝を叩き込んだ。
獣と化した紅鬼に、同等の“修羅”が喰らい付く。
そして、それを楽しげに見ていた骸斬狼が、地面を蹴った。
「ウオオオオオアア!! 来い、骨喰藤四郎ォオオオオ!!!」
骸斬狼が漆黒の長刀を振りかぶり、斬久郎の背後へと突撃する。だがその目前、横から無数の呪符が風車のように飛来した。
「下がれ、下衆が。貴様に割って入る資格はない」
呪符と共に現れたのは、黒衣を纏う特級討魔士――玖堂 冥。
骸斬狼は笑う。「おうおう、良いじゃねぇか……ッ! “犬っコロ”よォ、テメェも斬らせろやアア!!」
二人が交錯した瞬間、戦場が“完全な地獄”に変わる。
骸斬狼の長刀が地を割り、爆ぜ肉塊のような霊子が吹き上がる。玖堂冥は重力式捕縛術式を展開し、骸斬狼を地に縫い止めるが、骸斬狼はそのまま自らの骨を折ってでも飛び上がる。
一方、仮面の男と斬久郎の戦いは次第に高度化し、もはや「剣の理」ではなく「殺意の本能」で競う世界へと達していた。
玲央が呻く。「……なんだよこれ、何がどうなってるんだ……!!」
骸斬狼の咆哮。獅村 斬久郎の斬気。
白い仮面の男の暴威。そして、玖堂 冥の殺陣術。
もはや戦場は、誰にも制御できない地獄と化していた。
その只中――イヴリンが、膝をつきながら指を組む。
「……今じゃ、ここは一旦引く……!」
その声に、月夜が振り返る。
「イヴリン!? 何を……!」
「全員を、《巨式散転術式》で“散らす”。……場所の指定は、できぬ。だが、おぬしらが“行くべき地”へ、我が霊子が導こう」
それは、魂の波長を読み取り“その者に縁深い霊地”へ強制転移させる古の術式。
代償は莫大な霊子消費、そして自身の存在の希薄化――術者の寿命すら削る禁術。
「無茶よイヴリン! それは儀式用術式、単独でやったら貴女の身体が――!」
「……構わぬ。妾の時代はもう終わっておる」
イヴリンが片目を閉じ、魔徒としての力を全開放。
紅と漆黒の霊子が空に広がり、術陣が天空に浮かぶ巨大な星陣へと変貌する。
「――《霊環転送・六芒連環送の陣》!」
光が炸裂する瞬間――
「悠真、行けッ!!」
イヴリンの絶叫が響き、悠真たちは一瞬にして光に包まれる。
だが、その刹那。
玖堂冥が、懐から特殊術符を取り出し、即座に組み合わせて空間干渉の介入を行った。
「……逃がさん。“革命”だけは、私自ら断つ」
《術式転写・同調飛翔》――他者の転送座標に“追尾”することで、転送の流れに強制同行する追跡術式。
冥の身体が、悠真の霊子に引き寄せられ、共に光の中へ消える。
⸻
転送先――影ノ丘。
かつて父・敏矢と母・英香が最期を迎えた地。
無数の霊子の残滓と、霊子の風がよどみ、空間が死んでいるかのような異様な静寂が支配する地。
そこに、悠然と玖堂冥が姿を現した。
「奇しくもこの地とは…..父母の亡霊に導かれたか。しかし革命を掲げるには、お前は甘い、日向 悠真」
悠真は《千子村正》を抜き、静かに構える。
「甘いかどうかは、……やってみなきゃわからねぇだろ」
――戦端が開かれる。
悠真の初撃は、霊子強化による踏み込みからの袈裟斬り。
剣閃が大気を裂き、赤と青の霊子が融合する。
「はあああああッ!!」
だが、玖堂冥は指を弾くだけで、足元の呪式を起動させる。
「まずは断ち切る…….《重鎮・断連・断霊》」
術式が起動した瞬間、足場が悠真の霊子と切断されたような感覚に陥る。
「なっ……!? 体が重……!」
「その剣は“能力”ありき。ならば、術式で“能力の土台”を断てば、ただの棒に等しい」
剣がぶつかるが、術式障壁によって霊子が吸われ、剣の鋭さが失われる。
その隙に、玖堂の術符が飛ぶ。悠真は紙一重でかわすが、背中を焼かれる。
(ぐはっ、強い……だがっ!)
だが悠真は立ち止まらない。
《変革》の空間干渉を、瞬間的に局所起動。
足場の地面をずらし、強引に体勢を崩した冥の懐へ飛び込む。
「まだ……終わってねぇッ!!」
炸裂する紫光の突きが、玖堂の肩口にヒットし、血が飛び散る。
だが冥は微動だにせず、血を拭うと冷たく嗤った。
「……まさか、一撃でも届くとは。侮っていたな」
そして――次の瞬間。
「だが、それも終わりだ。滞留せよ《層結・絶式・根断》」
地面が不気味な光を放ち、悠真の周囲に三重の術式構造が浮かび上がる。
(……っ! な、に……これ……)
その術式は、悠真自身の“霊子循環”に干渉する構造。
空間から、肉体から、精神から、すべての能力を徐々に封じていく“罠陣”だった。
「《革命》の芽など、私は何度でも摘み取ってきた。その手順も熟知している」
そこからは、一方的だった。
悠真は必死に剣を振るうが、術式の干渉により霊子が拡散滞留してしまい、威力は半減。
次第に筋肉の動きすら制限されていく。
それでも、なお悠真は一太刀を放つ。
(負けたら……誰が、討魔省を変えるんだよ……!)
(……父さんも、母さんも、じいちゃんも……っ!)
怒りと悔しさを込めた一撃が、玖堂の脇腹に掠った。
「粘るな。だが――理想は、幻想にすぎん。世界を変えるのは夢想ではない。血と現実を知る者だけが、変革の扉を開ける」
玖堂冥の手が、悠真の胸元に添えられた。
「――爆ぜろ《心縛・命断・静寂ノ刻》」
爆音。
術式の起爆とともに、悠真の身体が地面に叩きつけられ、口から血を吐く。
千子村正が地面を転がり、霊子の炎もかき消える。
双剣を抜き取り玖堂冥が、悠真の上に立つ。
「終わりだ。“日向の血”よ」
歯を食いしばり、立ち上がろうと冥の足を手で掴もうとした
その瞬間だった。
周囲の霊子圧が、一気に変わった。
「――終わりじゃない」
氷が走る音。
闇が咆哮する音。
両方が、同時に現れーー空気が、“凍った”。
「遅くなって、ごめん。悠真」
玖堂 冥が咄嗟に後退する。
氷室 蓮――その姿が、悠真の前に立っていた。
ただ冷たいのではない。青黒い霊子が物理法則すら侵食する、“異常”な冷気。
玖堂冥が眉を潜め、即座に後退する。
氷室蓮の右背には、氷の霊子と黒き魔徒の霊子が交差した、片翼のような残光が舞っていた。
「何だ……この霊子反応は……」
次の瞬間、地面を貫いた氷柱が、玖堂 冥の足元を狙うように次々と突き上がる。
片手には、氷で形成された長剣。
もう一方の手には、闇色の霊子が巻き付く《魔徒因子の顕現体》――制御された狂気。
玖堂冥は薄く嗤う。
「……ほう。廃棄されずにいたとは驚きだな、氷室 蓮。かつて“利用”され、因子を埋められた子犬が、ここまで吠えるとは」
蓮の瞳が鋭くなる。
「何と言われようが構わない。だが――仲間を傷つける奴を、俺は絶対許さない!」
玖堂冥が一歩進み、術式を展開する。
「ほざけ。私の行いにより守られる秩序と、お前達が謳う夢想など……どちらが“現実”に寄り添っているか、その身を持って教えてやろう」
氷が爆ぜ、闇が唸る。
その交錯が、影ノ丘の空を引き裂くように始まった。
氷室蓮は想いを馳せる
暴走する真琴を、命がけで止めてくれたあの日。
そして、後に聞いた「仲間だ」と言ってくれていた、あの言葉。
(……あれから、俺は変わったんだ)
討魔省を抜け、堂島剛志教官の下に身を寄せ、氷と闇の霊子を完全に制御するまで──
血を吐きながら、死の淵まで….無数の夜を越えた。
「だから、ここで……悠真を失わせはしないッ!!」
玖堂冥が掌を振り上げ、上空に十重の呪式陣を展開する。
「貴様の能力も同じ事っ――堕ちろ《万縛・極殺・墜罰陣》」
数百の呪符が天から降り注ぎ、地脈すら制圧する完全封殺術式。
だが、蓮はその中心で、片翼を更に大きく広げた。
「……氷よ、絶対の静寂を。闇よ、暴食の牙を」
「《氷魔式・氷境界》――ッ!」
片翼の霊子が咆哮し、青い氷結霊子と黒い霊子が周囲の霊子を蝕んでいく。
玖堂 冥の展開した術式の霊子を喰らい尽くす。
――――パキン、パリン、パキン………
玖堂冥の多重術式が、一枚、また一枚と崩れていく。
「なに……!? 霊子同士が……“食い合って”いるだと……!?」
その一瞬の隙。
蓮の氷剣が冥の脇腹をえぐる。
血と霊子が、飛び散る。
「ぐっ………!!」
だが、それでも玖堂 冥は倒れない。
「……だが、まずはお前を葬る………貫け《冥牙双撃》」
悠真の影に漆黒の術式陣が浮かび上がり牙状の霊子が突き上がる
その時、小さな影が現れる
「優しいお兄ちゃんをいじめないで!」
その、見覚えのある小さな瞳は氷室 真琴、蓮の妹だ
(こわい……でも、悠真兄ちゃんが、守ってくれた。だから今度は、私が……)
氷室真琴が、小さな手を掲げる。
「――ばりあーっ!!」
――――カキッン
悠真の死角からの攻撃を氷の盾が阻む
氷室 真琴の左背にも蓮と同じく氷の霊子と黒き魔徒の霊子が交差した、小さな片翼のような残光が舞う。
蓮が優しい眼差しで言った。
「上手にできたね、ありがとう真琴。これから悪者を退治するから、守りは任せたよ。」
嬉しそうに満面の笑みで頷く真琴
「うん!真琴も悠真兄ちゃんの為に戦うの」
青黒く立ち上る翼のような霊子を背に、玖堂の前に立ちはだかる二人の姿を目に悠真は
「俺も、まだ終わっちゃいない………まだ戦える。」
震える足を踏みしめ再び立ち上がろうとしていた。




