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残照の革命  作者: Nuhs
第6章ー不屈の継承編ー
29/49

革命の光

 静かに、けれども確実に、意識が深く沈んでいく。


 イヴリンの術によって導かれた悠真の精神は、内なる世界へと降り立った。そこは現実とも夢ともつかぬ、不気味なほどに静かな空間。目の前には、焔に包まれた戦場が広がっていた。


 吹き上がる紅蓮の炎。砕けた鎧。折れた槍。

 血に染まった大地を、ひとりの男が悠然と歩んでくる。


 ――真田幸村。


 赤備えの鎧に、鬼火のごとき霊子の槍を担ぎ、その目はまっすぐに悠真を射抜いていた。




 「今一度問う……『不屈』とは何だ? “戦う”とは何を意味する?」



 


 その声は、静かにして重く、言葉そのものに重圧が宿っていた。


 悠真は息を呑み、思わず背筋を伸ばす。


 


 「大切な者を……守り抜く力、折れない意思!」


 


 「ふん……ならば、まずは見るがいい。我ら”が”不屈の業を。そして、その不屈の意思に感化されし者どもの生き様を。

 ――“不屈”とは何か。口先では語れん。貴様に……その悲しみを、地獄を味わわせる」


 


 幸村の言葉と共に、空間が歪む。


 視界が白く染まり、次の瞬間――悠真の意識は、時を越えて“彼らの記憶”の中へと沈んでいった。




 まず現れたのは、戦火に揺れる甲斐の国。


 武田家滅亡後、流浪する父・昌幸と共に命を繋ぐ日々。

 強者に媚びず、信念を貫くことを選び、徳川に抗う道を選んだ少年時代の幸村の姿が、まるで幻のように浮かび上がる。


 


 「父よ、なぜ戦う? 勝ち目などない……」


 


 「それでもだ。誇り無き生に、何の価値がある」


 


 やがて、関ヶ原の戦い。


 西軍に与するも、戦局を決したのは――裏切り。


 


 「……小早川、貴様……!」


 


 高台から味方を攻撃する裏切りの軍勢。西軍は一気に瓦解し、敗北は決定づけられた。


 仲間が、信義が、理想が、血の海へと沈んでいく。


 


 「ぐあああああッ!!」


 


 その場に立ち尽くす幸村の胸中に、灼熱の後悔と怒りが渦巻いていた。


 


 (こんなはずでは……! 貫いた“義”が、なぜ裏切りに屈する……!?)


 


 戦に敗れた後の沈黙と憎しみ。


 この時こそ、彼の中に“燃えるような”信念が生まれた。


 


 ――裏切られても、敗れても、折れてはならぬ。

 誇りを抱いて死ねるならば、それで良い。


 


 「ならば……次は、決して負けぬ“命”を賭けてみせようぞ!!」




 世界が再び歪み、視界が砕けて、今度は別の時代、別の記憶が流れ込んできた。


 悠真は見知らぬ誰かの“眼”を通して、討魔士としての人生を体験する。




 飢えと疫病が蔓延した集落。魔徒に襲われ、家族を失っても、最後まで村を守り抜いた女性討魔士。


 


 「私が死ねば、子どもたちは誰が守るの……? 立つのよ、まだ終わってない!」


 


 彼女の最後の力で放った術が、村を魔徒の群れから救った。




 最愛の兄を殺された青年は、復讐のために戦うも、敗北寸前に立ち上がる。


 


 「兄ちゃん……兄ちゃんの言葉が、背中を押してくれてる。だから――俺は倒れねぇ!!」


 


 不屈の力により、死の淵から再び立ち上がった彼は、魔徒と相打ちとなった。



 そしてまた、時代の風景が切り替わる。


 古い討魔省の訓練場、そして、そこに並んで立つ若き二人の姿。


 ひとりは炎のような闘志を湛えた青年――日向隆正。

 もうひとりは氷のごとく静かな眼差しの青年――神崎響士郎。


 二人は、己が信じる道を語り合いながらも、拳を交え、剣を競い、時に笑い合っていた。


 


 「なあ、響士郎……お前、もし魔徒が討魔省の中にいたらどうする?」


 


 訓練後の夕暮れ、傷を拭いながら、隆正がふと問う。


 


 「……処す。ただし、闇雲には動かない。証を掴み、筋を通す」


 


 「……真面目だな、やっぱりお前は」


 


 「お前が乱暴すぎるだけだ」


 


 二人のやり取りに、どこか兄弟のような温もりがあった。


 


 「でもよ、響士郎。俺たちがいつか上に立てたら……変えられるよな。この腐った制度も、魔徒の因子研究も。人を人として扱える場所にできる」


 


 「変えられる。……いや、俺たちが変えねばならない。生きる者のために。死んだ者の分まで」


 


 そう言って静かに頷く響士郎の眼差しに、強い信念が宿っていた。


 やがて時は流れ、彼らの名は討魔省内でも知られる存在となっていった。



 ある夜。

 任務を前に、響士郎がイヴリンの庵を訪れた記憶が流れる。


 その姿は、どこか覚悟を決めたように静かで、凛としていた。


 


 「……師匠。ひとつ、お願いがあります」


 


 「どうした。……おぬしのそんな顔、久しぶりに見たのう」


 


 「俺にもし、何かあった時は……どうか、隆正を……」


 


 イヴリンは目を細めた。


 


 「ほう、おぬしが他人の心配をするとは。――死にに行くのか?」


 


 「……そうかもしれません」


 


 「それが、“命を賭けるほどの大義”なのか?」


 


 「……ええ。俺の命ひとつで守れる未来があるのなら、それでいい。

 でも……彼だけは、道を外れぬようにいてほしいんです。俺にとって、アイツは……兄弟のような存在だから」


 


 その言葉は、霧に包まれるようにして消えた。



 灰色の霧が立ち込める深林。

 腐食した空気に満ちた、異常霊域《昏炎窟こんえんくつ》。


 そこに、ひとりの男が立っていた。


 神崎響士郎。

 討魔省特級討魔士にして、冷徹な剣士――しかしその眼差しは静かで温かい。


 


 「……来たか」


 


 霧の向こうから現れたのは、《王庭》所属の大魔徒――“獄爪ごくそうのガラン”。


 元は討魔省の戦闘部隊長だったが、組織の闇に絶望し自ら魔徒化した男。

 全身を禍々しい鎧で覆い、手には黒鋼の爪のごとき刃を携えている。


 


 「ふん……たった一人で、来るとは。

 貴様も、見捨てられたか、神崎響士郎」


 


 「構わん。俺は“守る者”のためにしか、剣を振らん。

 ――それだけで十分だ」


 


 響士郎は、腰の刀にそっと手をかける。


 《氷牙・白嶺びゃくれい

 霊子を極限まで圧縮し、氷結を纏わせた特別な刀。


 


 その刃が抜かれた瞬間、空気が凍り付いた。


 


 ガランが襲いかかる。

 その一撃一撃は、討魔士を何十人と屠ってきた強靭な破壊力。


 


 ――だが。


 


 「……遅い」


 


 響士郎の剣は、無駄がなく、無音で、すでにそこにあった。


 斬撃。

 冷気。

 血飛沫。


 


 ガランの肩口が切り裂かれ、黒き血が霧に混ざる。


 


 「貴様……! やはり、“蒼鬼”の名は伊達ではないな……!」


 


 「お前のような者に褒められても、嬉しくはない」


 


 二人の激突が続く。


 氷と黒い剛撃。静と動。


 だが、響士郎の体には、最初から“限界”があった。


 それは、討魔省が意図的に渡した“枷”。

 彼の装備に仕込まれた、霊子循環の妨害工作。


 戦えば戦うほど、霊子が軋み、体の芯が冷えていく。


 


 (くっ……なるほど。最初から、俺は戻れぬつもりだったというわけか)


 


 「チッ、身体が……!」


 


 ガランの次なる一撃が、響士郎の脇腹を抉った。


 


 「――ぐッ……!」


 


 膝が落ちかける。だが、剣は落とさない。


 


 「もう終いか……? “改革派の象徴”よ」


 


 「……俺は……終わらせん。誰が何と言おうと」


 


 響士郎の眼差しに、一瞬だけ“ある顔”が浮かぶ。


 日向隆正。

 かつて、幾度も拳を交え、語り合い、信じた男。


 


 (お前は、生きろ。……頼む。俺の分まで、前を見てくれ)


 


 「――この命が尽きようと、志は……消えない!!」


 


 残された全霊子を、一閃に込める。氷の霊子が集積していく…..だがまだ足りない。


 「不足分は、我が命の灯火で賄おう!」


 響士郎の体から眩い蒼光が湧き出す、その霊子が龍の如く立ち昇りガランに牙を剥く。


 《神裂・氷牙断界しんれつ・ひょうがだんかい》――!



 その技は、響士郎の命を賭した神の如き一撃であった。


 氷の龍が空間を裂き、ガランの体を真っ直ぐに貫く。


 同時に、響士郎の身体も、崩れ落ちる。


 


 「……やった、か」


 全身から霊子と共に生命力が昇華され失われていく


ーーーードサッ



 背を大地に寝かせ、ゆっくりと空を見上げる。


 見えないはずの星空が、心の中にだけ浮かんだ。


 


 ――妻の笑顔。幼き月夜の寝顔。そして、かつての仲間たちの声。


 


 「……これで、良かった。後は……頼んだぞ」


 


 最期の言葉とともに、神崎響士郎の瞳が、そっと閉じられた。

 


 その報せが届いた時、隆正は別任務の最中だった。


 帰還したその足で、隆正は墓所へ向かい、

 無言のまま、ひとり墓前に座り込んだ。


 


 「…………ッ」


 


 声も出さず、ただ空を見上げていた。

 隣に立ったイヴリンが声をかけても、彼は何も返さなかった。


 日が昇っては沈み、夜が明けても、彼はその場を離れなかった。


 


 やがて、かすれた声が漏れる。


 


 「……何が、不屈だ。何が正義だ……。

 仲間ひとり……救えもしなかった、この俺が……」


 


 拳を地に叩きつけ、血を流しながら、隆正は崩れ落ちた。


 


 「すまない、響士郎……俺が……俺が、もっと早く気づいていれば……!」


 


 嗚咽。


 炎のように強く、厳しくあった男が、その夜、少年のように泣き続けた。



 その後、隆正は響士郎の娘――月夜を、あたかも自分の娘のように接するようになる。


 厳しく、しかしどこまでも優しく、時に過保護とも言えるほどの態度で接した理由は――


 


 (あの男の“意志”は……この子に、生きている)


 


 その一点だけだった。



 この記憶を、悠真は確かに見届けた。


 隆正の弱さと悔恨。

 そしてその奥にある、“立ち上がる理由”。


 


 「……じいちゃん……」


 


 その名を、静かに口にした時。


 視界が再び灼熱の色に染まる。


 


 悠真の精神は、再び“試練”の中心へと引き戻される。


 真紅の荒野に、風が吹いた。


 大地は焼け焦げ、空は深紅に染まり、無数の炎が吹き上がる――

 ここは、悠真の心象世界にして、《不屈》の原点。


 そこに立つ男は、一振りの槍を肩に担い、炎の衣を纏った“戦の化身”。


 真田 幸村。

 戦国最後の名将にして、《不屈》の本体。


 


 「……どうだ、“不屈”の意思とそれに感化されし者どもの想い….軽くなかろう。」


 声が、地の底から響くように重く、熱い。


 


 「たかが一戦や二戦、たかが喪失一つで“痛み”を語るな。

 ――“不屈”とは、地獄を何度も踏み抜いた果てに、なお立ち上がる“誓い”だ」


 


 幸村が静かに槍を構える。


 その瞬間、地が砕け、赤い火柱が巻き上がる。


 


 「……来い、継承者よ。《本物》の“烈火”が、貴様を試す!」


 


 ――次の瞬間、地を割るような一閃。

 紅蓮の槍が風と火を纏い、悠真に迫る。


 


 「ッ……くそっ!」


 悠真は《千子村正》を抜刀し、渾身の霊子で受け止めた。


 


 ガキィィンッ!!


 


 火花が舞い、荒野に音が弾ける。


 重い。剣が、骨ごと押し潰されそうな圧だ。


 


 「この程度か……立て。“不屈”を語るには、まだ足りんぞ!!」




 幸村が叫び、突きを繰り出す。三連撃――それは“間”すら見せぬ怒涛の槍筋。


 悠真は一歩、また一歩と後退しながらも食らいつく。


 


 「俺は……倒れねぇ!! もう……誰の死も、無駄にしたくないから!!」


 


 《変革》の力を左手に宿し、霊子を爆ぜさせて距離を取る。


 だが幸村はその隙さえ許さない。


 


 「ならば見せよ! 《不屈》の炎が、貴様の内にあるというなら――ッ!」


 


 再び槍を地に突き、火焔を爆裂させて跳躍。


 その槍が天から落ちる隕石のように、悠真を貫こうと迫る――!


 


 「ぐああああああッ!!」


 


 衝撃。剣で弾いた瞬間、膝が砕けるように痛む。


 ――けれど、倒れない。


 


 「……違う、俺は……!」


 


 悠真の身体が再び立ち上がる。


 膝は震えている。両手も血を流している。

 それでも、剣を手放さない。


 


 「《不屈》ってのは……勝つための力なんかじゃない!

 “誰かの想いを、背負って立ち続ける覚悟”だろうがよォ……!」


 


 霊子が変質する。

 紅と蒼の光が混ざり合い、《変革》が《不屈》と共鳴を始める。


 


 ――赤と青が交わり、紫の光となる。


 


 幸村の目が一瞬、細められた。


 


 「……ならば見せよ、貴様の“覚悟”。

 ――この《真田幸村》を討ち、我が名を継ぐに値するかを!」


 


 双方が同時に踏み出す。


 


 幸村――炎の大千鳥十文字槍、怒りと後悔を背負った、戦国の闘魂。


 悠真――二つの力を受け継ぎ、《革命》へと至ろうとする“継承者”。


 


 交錯する一撃。


 火と雷と蒼の軌跡が重なり、心象世界が激しく震えた――!



 衝撃の中心で、悠真の剣が、幸村の槍を押し返していた。


 ただ一歩、ほんの僅かでも――前に、踏み込んでいたのは、悠真の方だった。


 


 「ぐがぁぁぁぁぁッ……!」


 


 幸村が、口元に小さく笑みを浮かべる。


 


 「……見事だ」


 


 その姿が、炎の中に溶けていく。


 


 「ならば、お前に託そう。“不屈”の名を。そして、“烈火”の魂を――」


 


 悠真の胸に、紅蓮の紋が刻まれた。


 焼けつくような熱さ。だがその熱は、痛みではなく、鼓動のようだった。



 そして――悠真は、目を覚ます。


 現実の世界。霧に包まれた森の庵の中。


 


 イヴリンの目が、そっと開かれる。


 


 「……どうやら、認められたようじゃな。“真田幸村”に」


 


 悠真は息を吐いた。


 


 「“不屈”は……怒りや憎しみの力じゃなかった。

 誰かの想いを守るための、絶対に折れない意志だった」


 


 その瞳は、確かに“継承者”のものになっていた。

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