襲撃ーその後
――“ドンッ!”
庵の壁が吹き飛ぶと同時に、鋭く唸る鎖が襲来する。
「そこだ!」
悠真がとっさに飛び退く。鎖鎌が地面を抉り、霊子の火花を散らす。
そこに立っていたのは、一人の異形の男。鎧の上に黒ずんだ戦装束をまとい、片目を布で隠した隻眼の武人。
その名は――赫鬼。
「討魔省“灰犬”部隊副隊長、赫鬼。元・対魔徒戦術特化の処刑人だ」
鎖鎌の刃が風を裂きながら踊る。
「お前が……父さんを殺した部隊の……!」
怒りが爆ぜ、悠真の霊子が紅と蒼に閃く。
赫鬼は鎖鎌の鎌刃を地に突き立て、足場を固定しながら鎖を空中で円軌道に操る。
その動きはまるで“風車”のように滑らかで、死角がない。
悠真が《千子村正》で切り込むが、鎖が蛇のように絡みつき、腕ごと刀を巻き取っていく。
「……!?」
「その剣、俺たちが潰してきた“希望”の残滓にすぎん。所詮は子供の理想だ」
赫鬼が鎌を振る。悠真が寸前で霊子を爆発させ、自ら後方へ吹き飛んで脱出する。
「なら……その鎖ごと!」
悠真が地を蹴り、霊子を燃やす。《不屈》の暴圧が赫鬼を押し潰すように襲いかかる。
赫鬼は鎖で地面を打ち、爆風を逆利用して空中へ回避。その滞空中――
「空中からなら、あらゆる角度を殺せる!」
鎌刃が四連撃で斬りかかる。が――
「弍ノ型《浮木》!」
悠真が鎖の軌道をそのまま剣に乗せ斬撃と共に返すと、紫光が閃き空中の赫鬼の横腹に叩き込む。
赫鬼は地面に叩きつけられ、鎧が割れる。
「ぐっ……ここまでとは、戦力を修正……冥様に報告せねば……!」
一方その頃、月夜は数名の灰犬隊員と乱戦になっていた。
森の霧を切り裂くように、数体の影が滑るように走る。
「神崎月夜、確認。能力《吸収(帰蝶)》。初手で術式封じを仕掛けろ」
霊子遮断装備をまとった灰犬の機動小隊が、三方向から月夜を包囲するように動く。
――ズンッ!
足元に重い術符が撃ち込まれ、瞬時に【術式封陣】が展開された。
「足元から封じ込める気……!」
月夜は冷静に見極め、一瞬の跳躍でその場を離れる。と同時に、背後から霊子銃の掃射。
「……後ろ!」
反射的に左手をかざす。光る蝶の紋様が浮かび上がり、霊子弾が吸い込まれるようにして消えた。
吸収――そして即座に右手から“反転放出”。
「返すわよ……」
淡く黒い光が集中し、放たれると同時に雷撃が弧を描いて一人の兵士を貫く。彼は短く呻き声を上げ、倒れた。
しかし次の瞬間、別の灰犬兵が月夜の背後に迫っていた。
「もらった!」
電撃のバトンから連携して繋がるかのように、突進する男の手には“霊子捕縛の鎖”。
「……させない!」
月夜は体を捻り、鎖を空中で受け止めると、自らの霊子で包み込んで吸収する。
鎖の形そのものが、霧の中で霊子の羽のように形を変えた。
「蝶よ……絡めて」
月夜が指先を動かすと、吸収した鎖霊子が逆再生するように空中で再構成され、敵兵の背後に絡みつく!
「なっ……が、ぐっ――!」
自らの鎖で拘束された男は、木の幹に叩きつけられて昏倒する。
その瞬間、月夜の右脇に強烈な霊子斬撃が迫る。
「ッ!」
咄嗟に跳び退くと、斬撃は木々を切り裂き、火花を散らす。
「近接班か……!」
前衛に立つ二人の兵が、瞬歩術を駆使して一気に間合いを詰める。
片方は【風の圧力】を纏った斧術士。もう一人は【鋼の硬化術】をまとった拳士。
「囲み切れ!」
連携された動き。斧が月夜の足元を刈り上げ、拳が上段から襲いかかる。
月夜はそれを見切り、斧の刃に霊子を滑らせてタイミングを計る――
「……そこ」
滑るように地を転がり抜け、拳士の脇腹へ掌打を当てた。
「“奪う”!」
拳士の霊子強化が一瞬で解除され、硬化した肉体が元に戻る。
直後に、吸収した力を上乗せして返すように霊子波動を反射――拳士が宙を舞い、数メートル先の岩に激突した。
残る斧術士が雄叫びを上げて突撃してくる。
「化け物めェ!」
だが、月夜はその動きを既に読んでいた。
吸収した“風圧”をそのまま斧術士の背後へ放ち、足元のバランスを崩す。
「貴方の力、ちょっと借りるわね」
逆風が背から吹きつけ、斧術士は自分の勢いに押されて体勢を崩した。
そこに、月夜が踏み込む。
「……おやすみなさい」
吸収した衝撃波を掌に集中し、接触寸前で解放――静かな一撃が、彼の意識を刈り取った。
息を整える間もなく、最後の一人が立ち上がり、霊子銃を月夜に向ける。
だが、彼の手は震えていた。
月夜の眼差しが、冷ややかに射抜く。
「それ、引かないの?」
銃が震え、男の肩から力が抜ける。銃口が下がった。
「……勝てるはずがない……」
男が膝をついたその瞬間、周囲にイヴリンの幻霧が広がり、戦闘領域全体が沈静化していく。
月夜は静かに立ち尽くし、傷ついた兵たちを見渡す。
その顔には、勝利の誇りと同時に、どこか切ない哀しみがあった。
「……こんな戦い、誰も望んでないのに……」
この戦いの最中、月夜の脳裏には幼き頃に父・響士郎から受けた、教えがふと蘇る。
「力を持つ者は、怒りより“理”で動け。感情に溺れた時こそ、相手の“痛み”を忘れるな」
その言葉に導かれるように、彼女は敵を“無力化”しても“殺さず”戦いを終えた。
周囲の残存する敵達に対しイヴリンは舞を舞うかの様にひらりと身をかわす。
「《夢喰の帳》、第二陣……見せてやろう。これが“人”を守る“魔徒”の力じゃ!」
イヴリンの霊子が森の霧と溶け合い、敵兵たちは幻影に囚われ始める。
ある者は家族の姿を、またある者は殺した仲間の亡霊を見て錯乱する。
指揮系統が崩壊。赫鬼が咳をしながら立ち上がる。
「……撤退指令だ。対象は“予測を超えた”。これ以上は無駄死にだ……!」
灰犬部隊が、退却を開始する。
⸻
場面は変わり、討魔省・地下《第零特務区画》。
緊急通信装置からの伝令を聞き、玖堂冥が無言で立つ。
「赫鬼が敗れたか。あの規模の部隊では……奴はもう抑えられぬということか」
彼の周囲には、暗部所属の処刑班。
「対象は日向悠真、神崎月夜。次は我が動く」
静かに霊子刃を抜き、冥が目を閉じる。
「“理想”がどれだけ美しかろうと……命令があればその理想をも、ただ斬るのみだ」
⸻
戦いの夜が明け、森の小さな高台に悠真たちはいた。
イヴリンが静かに語りかける。
「悠真……おぬし、今こそ己の内側と向き合うべき時じゃ」
「内側……?」
イヴリンは小さく頷き、術式を発動する。
「おぬし、片方の異能との対話は終わっておる様じゃが。もう片方の猛き焔との対話はまだじゃろう?」
悠真は自身の中の坂本龍馬との対話を思い出し頷く。
「はい、今迄は暴走するんじゃないかって。あまりの熱量に意識が持たなかった…..けど”変革”の力を手に入れた今ならっ!」
「《心界干渉術》。妾の力で、おぬしの精神を深層へと誘う。そこでもう一つの異能と対話を行い認められて来るが良い。」
「さすれば、お主の望む全てを守る力を得られるじゃろうて。」
月夜が心配そうに見守る中、悠真の意識は、やがて深く深く沈んでいった。
⸻
【心象世界】――
気づけば悠真は、赤黒い荒野の中心に立っていた。
目の前にいたのは――烈火のごとく燃える鎧の男。髪は逆立ち、瞳は燃える獣の如し。
その姿を見た瞬間、悠真の心に響く声があった。
「……来たか」
男は、真田幸村。
悠真の中に在る、“もう一人の偉人能力”。
怒り、激情、そして“誇り”そのものの存在が、悠真を見下ろしていた。
「貴様に問う……『不屈』とは何だ? “戦う”とは何を意味する?」
その問いかけは、悠真の魂に直接、突き刺さるように響いた。




