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残照の革命  作者: Nuhs
第6章ー不屈の継承編ー
27/49

過去とーその希望

 囲炉裏の火が、乾いた薪を小さく爆ぜさせる音を立てる。

 赤く揺れる火が、古びた庵の壁に淡い影を映し、静寂の中にだけ時間が流れていた。


 日向悠真と神崎月夜。

 彼らはイヴリンの前に並んで正座し、緊張の色を帯びた視線を彼女に向けている。

 対するイヴリンは、湯呑を静かに置くと、まるで思い出をひとつずつほどくように、言葉を紡ぎ始めた。


 「何から話すかのぅ…..」


 「……妾にもな、人間を憎まずにはいられぬ時代があった。討魔士に追われ、血まみれで森の中をさまよっていた時期がの」


 最初の言葉に、悠真が眉をひそめる。


 「それって……いつの話なんだ?」


 「おぬしらが生まれる、遥か前よ。……妾がまだ“王庭”の幹部として、暴れ回っていた頃のことじゃ」


 イヴリンは少し微笑み、遠い目をする。


 


 「命からがら逃げ延びた妾を匿ったのは、ひとりの人間だった。野武士の様な顔、それでも真っ直ぐな目をした男よ」


 


 彼女の口調が柔らかくなる。


 


 「最初は、疑った。毒を盛られるのではないかとさえ思った。だが……その男は何の見返りも求めず、妾の傷を手当てし、飯を作り、雨風をしのげる屋根を貸してくれた」


 


 イヴリンはふ、と息を吐く。


 


 「妾のことを、“人”として扱ってくれた初めての存在だった。そして……彼には、ひとりの息子がおった。まだ幼い、無邪気な目をした小僧じゃ。悠真、お主の父に良く似た真っ直ぐな瞳を持つ童じゃった。」


 月夜が目を見開く。


 


 「……まさか?」


 


 イヴリンは静かに頷く。


 


 「ああ。日向隆景。その子こそ、日向家の祖となる男。妾にとって、最も“家族”に近い存在じゃった」


 


 悠真が息を呑む。


 その血が、隆正へ、敏矢へ、そして今の自分に繋がっているのだ。


 


 「最初は、鬱陶しかった。飯の時間に膝の上に乗ってくるし、髪を引っ張るし、やたら懐いての……だが……」


 言葉を切ったイヴリンの瞳が、わずかに潤む。


 


 「ある日、あの子が言ったのじゃ。“イヴちゃん、お母さんになってよ”と……な」


 


 囲炉裏の火が揺れた。誰もが言葉を発せず、その想いに耳を澄ませていた。


 


 「やがて、その男も老い、妾と隆景が見守る中で静かに息を引き取った。妾は、そのときようやく気づいたのじゃ……己が、人を……“この家族”を、心から愛しているのだと」


 イヴリンはゆっくりと、湯呑を手にした。


 


 「初めて、他者を思って涙を流した。あの時の後悔こそが、妾を“魔徒”という存在から引き戻したのじゃ」


 


 悠真はその想いを受け止めながら、深く息を吐いた。




 そしてイヴリンは、またひとつ思い出の扉を開いた。


 「それから妾は日向の血を継ぐ者にとって、導き手の様な存在になったのじゃ。」

 


 「そして時が経ち……ある日、妾の庵に一人の青年が現れた。日向敏矢……あの子の顔を見た瞬間、妾は思わず涙をこぼしてしまった」


 


 「……どうして?」


 月夜が問いかける。


 


 「まるで、隆景が時を超えて戻ってきたかのようじゃった。姿も、声も、優しさも。……あやつは、妾にとってもう一度息子を授かったようなものよ」


 


 イヴリンの声が震える。


 


 「妾は……敏矢を、本当に愛しておった。だが……彼奴は優しすぎた。」


 彼女の眼差しには、深い慈しみが宿っていた。


 


 「敏矢はの……とても愚直で、正しい者じゃった。仲間を守り、弱きを救い、己の命を惜しまぬ者。……まさに、“日向”の名に相応しい男よ」


 


 「……父さん……」


 悠真の胸に熱いものが込み上げた。


 


 「妾は、あの子の死を悔やんでおる。そして……その子であるおぬしを、今こうして前に見ることができた。それだけで……妾の悔いのいくばくかは、救われた気がする」


 


 イヴリンは小さく笑い、月夜へと視線を向ける。


 


 「そして、おぬしもじゃ、神崎の娘よ」


 


 月夜は目を見張る。


 


 「……わたし?」


 


 「そうじゃ。おぬしの父、神崎響士郎もまた……妾にとって、かけがえのない“弟子”だったのじゃから」


 



 囲炉裏の火が、また一つ薪を呑んだ。

 イヴリンは、ふと笑みを浮かべたまま、その瞳を遠い過去へと投げる。


 


 「……バカ弟子たちよ。ほんに、手のかかる者たちだった」


 


 その口調は、どこか懐かしさと愛情に満ちていた。


 「隆正が、共に稽古をつけてくれと連れてきたのが神崎響士郎、お主の父よ。」


 「コイツは見込みがある!いつか俺と並び立つ伝説の討魔士になる!…..と戯言を抜かしておったわ。」


 「隆正は武を極めんとする猛牛の如き焔の剣、響士郎は理を貫く氷牙の如き剣。正反対に見えて、どこまでもよく似ておった。誰よりも真っ直ぐで、曲げられぬ意志を持っていた」


 


 彼らが若き日、幾度となく刃を交え、術を競い、時に喧嘩をし、時に酒を酌み交わした日々。


 


 「喧嘩をするたびに妾が止めに入ってな。あやつら、“どちらが弟子として優れているか”なんぞで毎週のように張り合っておった」


 


 月夜がふと微笑む。


 


 「……うちの父が、そんな情熱的だったなんて。ちょっと意外かも」


 


 イヴリンは頷く。


 


 「響士郎はな、口数は少なかったが……誰より仲間を想い、誰より誠実な男だった。妾が“魔徒”であることも、隆正が“暴走”に怯えていたことも、一度たりとも口にしない男だった」


 


 ふいに、表情が翳る。


 


 「そんな響士郎がのぅ、ひどく晩婚じゃったが“結婚する”と言った時じゃ……隆正は、それはもう……涙を流して喜んでのう」


 

 茶を一口呑みイヴリンは続ける


 「当初、隆正と響士郎は明確な陣営に属さぬ“中立の立場”を貫いておった。だが、その在り方に惹かれ、人々は自然と彼らのもとへ集まっていったのじゃ。やがてその流れは一派を成し、保守派にとっても無視できぬほどの存在となる。そしていつしか、彼らは望まずとも“改革”の象徴として担ぎ上げられていったのじゃ」


  「それから間もなく……まだ子が生まれたばかりの響士郎に、あろうことか無茶な任務が与えられてのぅ」


 イヴリンの声がかすかに揺れた。


 「……後からその話を聞いた隆正は、怒りを抑えきれずにおったわ。明らかに――討魔省内の派閥争いに、あやつが巻き込まれたのじゃよ」


 囲炉裏の炎が、パチ、と音を立てて跳ねる。


 「隆正が別任務で不在だったその隙に、“王庭”の幹部との戦が始まり……響士郎は、そこで命を落としたと聞いておる」


 イヴリンの瞳が細く伏せられる。

 そして、少し間をおいて語った。


 「任務へ向かう前夜、響士郎は妾のもとを訪れた。……忘れもしない。静かな目で、こう言ったのじゃ」


 


  『……師匠。俺はどうなっても構いません。けれど、アイツを――隆正を、お願いします』


 


 思い出の中の響士郎の姿が、そこにあった。

 凛と立ち、唇を噛みながら、それでも笑っていたあの男の姿が。


 イヴリンは、肩を落として小さく息を吐いた。


 「……アイツは、な……理知的に見えてほんに不器用で、考えが浅くて、すぐ一人で背負い込む癖があった。じゃが――」


 


 「妾が知る限り、あれほど“友を想う男”はおらなんだよ」


 


 炎の揺らぎが、イヴリンの瞳の奥で、まるで今もあの男の言葉を照らしているかのように揺れていた。



 月夜の肩が、微かに震えた。


 


 「……それじゃ、父が死んだ時、隆正様は……」


 


 「何も言わず、墓の前に一日中座っていた。話しかけても返事をせず、ただ……空を見ていた。妾には、彼奴の心が折れる音が聞こえた気がした」


 


 それから隆正は、響士郎の娘――月夜を、我が子のように育てようとした。

 厳しさの裏にあった、深い愛と誇り。それは、月夜にも確かに伝わっていた。


 


 月夜はそっと目元を拭った。


 


 「……知らなかった。父が……こんなにも、愛されてたなんて……」


 


 イヴリンは、そっと手を伸ばし、月夜の頭に触れた。


 


 「そうじゃとも。おぬしらは……彼らの“希望”なのじゃから」




 「さてと…..」


 

 


 その言葉と同時に――


 


 ――“ドン”という重い音が、霧の外から響いた。


 


 庵の外に満ちる殺気。

 霊子の波動が、荒々しく“死”を告げる。


 


 「来たか……“灰犬”が。かつて敏矢達を葬った、憎き連中よ….しかし」


 


 イヴリンは、薄く微笑んだ。


 


 「ここには2つの希望が輝いておる。」


 


 悠真は、拳を握り立ち上がる。


 

 


 「父さんのために。月夜の父さんのために。……そして、じいちゃんが本当に望んだ未来のために」


 


 イヴリンは彼を見つめ、そっと口元を綻ばせる。


 


 「おぬし、少しは“日向”らしくなったな……さあ、行け。“未来”を、その手で掴み取れ」


 


 扉が開かれ、濃霧の向こうへと一歩を踏み出す悠真たち。


 


 その瞳には、ただ強い決意の光が宿っていた。


 


 ――過去を継ぎ、未来を変える。そのために、戦う。


 


 夜の森に、咆哮が響く。

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