告げられし真実
夕暮れの光が討魔高校の訓練区を柔らかく染めていた。
悠真は、影ノ丘での任務を終えてから一月、ようやく日常に戻りつつある日々を過ごしていた。
だが、その日常を破るように、一通の霊子通達が届く。
――《至急、旧資料室に来て。神崎月夜》
それだけが記された簡潔な通信だった。
資料室。討魔高校の地下階層にある、封印された旧施設の一室。
そこで悠真、玲央、瀬奈、直人の4人は、月夜と再会する。
彼女の表情は、今までで見たことがないほど重いものだった。
「見つけたわ…..ここに、全てが残っていたの」
「特級機密情報として、本省内データの深部にこの端末の場所が記されていたわ。」
月夜が指し示したのは、古びた霊子保管装置。そこには、十数年前の討魔省内記録が収められていた。
映し出される文字――《影ノ丘事件》《改革派粛清作戦》《討魔省第九実験区画:抹消》。
「……改革派?」
瀬奈が声を漏らす。
「かつて、討魔省には“改革派”と呼ばれる若き討魔士たちがいたの。旧体制の腐敗と倫理なき研究に抗い、真に人を守る組織に変えようとした人たち……」
月夜の手が震えている。
「その中核にいたのが――日向敏矢と英香。悠真、あなたのご両親よ」
全員が息を呑む中、悠真だけがただ静かに目を閉じた。
――映像が変わる。
封印区画E-17、通称・影ノ丘。
「本省の名を騙った“救援要請”で、改革派の幹部たちは影ノ丘に誘導された。そして、予め仕組まれていた魔徒因子の暴走によって、彼らは次々に魔徒化した」
「その混乱に乗じて、討魔省の特殊殲滅部隊が投入され……全員、処分された」
玲央が低く呟く。
「……つまり、粛清か」
「あなたの父と母も、負傷し、魔徒因子を浴びて魔徒化しかけていた。けれど……最後の理性を保って、日向隆正――あなたの祖父に、我が子を託して……自ら斬られるよう頼んだの」
涙を堪えるように、月夜は語る。
「討魔省は、これを『不慮の事故』と記録し、事件そのものを封印した……。真実を知る者は、本省上層と、ごくわずか……」
悠真はただ、拳を強く握り締めた。
月夜は、もうひとつの映像記録を取り出す。
「もう一人、この事件に深く関わった人物がいる……彼もまた、討魔省という組織に裏切られた」
映し出されたのは、まだ若き影山零の姿だった。
悠真も、その面影に見覚えがある。――ヴァイド。
「彼は、日向敏矢を深く尊敬していた。正義を信じ、討魔省に希望を抱いていた討魔高校の秀才。そして……私や紫苑と同じクラスで、日向隆正の教え子だった」
その声には、かすかな懐かしさと、痛みが滲んでいた。
「影ノ丘事件当日、彼は別の任務で現地に不在だった。到着したときには、全てが終わっていた」
――焼け焦げた施設。魔徒と化した仲間の亡骸。
そして、生きたまま“実験体”にされかけていた紫苑。
「彼は、本省に真相を問い質した。でも、返ってきたのは、“必要な犠牲”という一言だった……」
画面の中の影山零は、口を開かない。
だがその目は、すべてを拒絶するような光を宿していた。
「そして、彼は去った。誰にも告げず、静かに――自ら、闇に身を沈めたの」
「……自らの意志で?」
悠真が訊くと、月夜は深く頷いた。
「ええ。彼は、“正しさ”を捨ててでも、“壊す”道を選んだの。あの時の怒りと絶望だけを力にして」
悠真は、何も言わなかった。
ただ、胸の奥に燃え上がる感情を確かめていた。
それは、父と母の遺志。
祖父の苦悩。
そして、影山零という男の、深く濁った想い――
月夜は最後に、小さな声で呟いた。
「紫苑は……影山に助けられた後、彼と共に生きる道を選んだの。自らの意志かは、分からないけど……」
やがて、彼女は悠真に頭を下げる。
「私は……あなたを巻き込んでしまった。けど、あなたがいたからこそ、ここまで来られたの」
悠真は、ゆっくりと千子村正を見下ろした。
そして静かに、言った。
「俺は、父さんと母さんのことを何も知らなかった。でも、今は違う。――知ったからには、俺がやる。全部、受け継いで、前に進む」
月夜の目に、安堵の色が浮かぶ。
「ありがとう、悠真……私は、内部から変えてみせる。今度こそ、紫苑のような犠牲を出さないために」
誰もが、ひとつの決意を胸にその場を後にした。
――その頃。
王庭ー空虚の間
その中央に座する男ーヴァイドは
影ノ丘、旧研究施設内各所に埋伏させていた隠密型の魔徒からの報告を受け、ほくそ笑む。
「…あの方の所へ葬って差し上げれなかったのは残念だが、真実を知り….どう出るか….楽しみだ。」
「まだ!絶望は終わらない!」
その口角が弧を描く。
そして、その背後――
静かに足音を響かせて、黒き装束の男が現れる。
赤黒い霊子を纏い、顔には無表情な《白い仮面》。
仮面には目も口もなく、ただ無機質な滑らかさだけがそこにあった。
その姿に、どこか既視感がある。
立ち姿。霊子の揺らぎ。そして、背負う気配に宿る“威圧”――。
紫苑が仮面の男に一瞬だけ視線を向ける。
だが彼は何も言わず、ただ主――ヴァイドの背後に控えていた。
ヴァイドは、微笑すら浮かべずに呟く。
「正しき者が、最も深い闇へ堕ちた時……その意志は誰の手に託されるのか」
仮面の男は無言のまま、霊子の影へと沈むように姿を消す。
その場に残ったのは、霧のような霊子の痕跡と、誰にも拭えぬ不安だけだった。




