紅い誇りと蒼の決意
討魔高校地下・昇級試験待機エリア。
金属の床に靴音が響く。
その場には、十数名の訓練生が静かに立っていた。
皆、三級から二級へ昇級するための試験に臨む者たち。
その中には、日向悠真、高峰直人、音無瀬奈、黒木玲央の姿もある。
「いよいよか……」
玲央が拳を握りしめる。
「気を抜くなよ。上がれば、それだけ目も厳しくなる」
直人の言葉に、瀬奈も頷いた。
「昇級すれば……より“前線”に近づく。魔徒との本当の戦いはそこからよ」
悠真は黙って前を見据える。
その視線の先に――禍憑ノ王庭の姿を重ねていた。
(紫苑、ヴァイド、そして……まだ見えない“敵”の本体……)
悠真の目に、迷いはなかった。
――そして、試験が始まる。
⸻
昇級試験の形式は、実戦形式による模擬戦。
ペア形式で与えられる特殊任務をこなすことで、その能力と対応力を審査される。
悠真と組んだのは玲央。
一方、直人と瀬奈は同じくペアとなっていた。
「制限区域・第二市街区画にて模擬的霊子災害を想定したミッション遂行。目標は“制御不能な霊子源”の鎮静および周辺住民の避難誘導」
通信により任務内容が告げられ、各ペアはそれぞれのルートへと展開する。
「行くぞ、玲央」
「了解だ、悠真。”あれ”の制御はどうなった?」
玲央が鋭く言う。
「……まだ。でも、あと少しなんだ――」
悠真の声が少しだけ揺れる。
それを察した玲央は、一歩前に出て言う。
「抑えられなくなったら、止めてやる。それが俺の役目だ」
悠真は、小さく笑った。
「頼むよ、相棒」
⸻
現場に到着した悠真と玲央の前に現れたのは、試験用に設けられた模擬魔徒(人型)――
……のはずだった。
だが、現場の空気は、異常だった。
「……この霊子密度、演習用じゃない」
玲央が険しい顔になる。
悠真の視界に、一瞬、紫苑の仮面が浮かんだ気がした。
(これは、誰かが……仕掛けてきてる!)
霊子が暴走し、フィールド全体が赤黒く染まる。
その刹那、空間が歪曲し、”裂け目”が現れる。
「ここで、あってっかぁ?」
裂け目の中から異質な声が聞こえる。
水面の様にグニャりと裂け目から姿を現したのは、上裸に黒い着流し、長髪を後ろで一紡ぎにした、隻眼の偉丈夫だった。
「ビンゴー♪、流石、俺様!」
しかしその体表は明らかに人間のそれとは違い、異質な色味を帯び、腰には鞘のみがぶらりと垂れ下がっている。
ケラケラと嗤いながら悠真を指差す。
「お前みてぇにヒョロっちいガキが、今世の千子村正の使用者だと?まじウケるぜ♪」
「前に会った奴は、もちっとマシだったんだがなー」
悠真は全身の毛穴からブワッと汗が吹き出すのを感じる
(…..コイツ、今まであったどの敵よりも危険だ!)
男が片腕を前に突き出し虚空に何かを握る素振りを見せる。
「…….来いよ、《骨喰藤四郎(ほねばみ•とうしろう)》!」
次の瞬間、黒い霊子が渦を巻いて手に纏わりつく。さながら小さな竜巻の様な、それは徐々にその姿を現す。
黒よりも黒い漆黒の様な刀身、柄は付いておらず、妖しい輝きを放つ。
「コイツは、ちょっと痛てーぜ?」
男は刀を無造作に振り下ろすと、そこから黒い半月状の斬撃が飛翔する。
「っ、悠真っ!」
咄嗟に悠真の前に飛び出し、重装甲とシールドを同時に発動する玲央。
だが、その斬撃は、軌道こそ少しズレたが。
そこに障害物など何も存在しなかったかの様にシールドと装甲を容易く破壊した。
ーーーパリンッ
「ぐはっ…….!」
玲央の肩口から血が舞う。
「玲央っ!」
「あらら、まぁまぁ硬ぇなテメェ。なら、おかわりだ。それ♪」
「くそっ、また来るのか……!」
玲央が叫ぶが、もう止められなかった。悠真が玲央を庇い後方へ吹き飛ぶ。
(ダメだ!このままじゃ、2人ともやられる….ならっ…….やるしかないのか……”アレ”を…….)
悠真の足元にメラメラと赤き術式陣が広がる。
轟、と地鳴りのような音と共に、六文銭の紋章が浮かび上がり――
噴き上がる炎のような赤い霊子が、悠真の背を包み込むーー
「いいぜイイぜ、コレだよこれ!早く来いよ!来いって♪」
興奮し男の口元が歪む。
徐々に悠真の体が、熱を帯び始める
「…..うっ….!…..また無理…..なのか……..!?…くっ!」
悠真の中で、《不屈》が暴走を始める。
紅蓮の霊子が噴き上がり、彼の全身を覆う。
余りにも大きな霊子の奔流に悠真の意識は、次第に飲み込まれていく。
《千子村正・顕現》
燃え盛る赤黒い刀身。血のような紅が迸り、剣の精霊の如き気配が顕現する。
「悠真っ!! やめろ!!」
玲央の叫びも届かない。
その刹那――
悠真の意識は、暗い深淵に呑まれていった。
⸻——-
気づけば、悠真の足元には、波打つ水面が広がっていた。
蒼く、どこまでも深く、底が見えない。
――風が吹く。潮の匂い。
(……海? これは……どこだ?)
視界が開けたその先に見えたのは、一艘の小舟。
そして、その上に――男の影。
白い着流しに蒼の羽織。片手には刀、もう一方には古びた銃。
風を纏うように現れた男が、朗らかに、されど真っ直ぐに笑う。
「やっと会えたのう。おまんが……今の“わし”の器っちゅうわけじゃ!」
「……誰、なんだ……あんたは」
「わしの名か? 坂本じゃ──坂本龍馬。
けんど、名なんぞどうでもええ。今は、“志”の話をしようや」
そう語る声は優しさを帯びつつ、胸を叩くような重みがある。
「おまんの中には、二つの炎があるがじゃ。一つは“折れぬ刃”……烈火の如き真田幸村の“誇り”。
もう一つは──“世界そのものを変える意志”。それが、わしの“変革”よ」
龍馬は目を細めながら続ける。
「ええか、日向悠真。
この世は、もともと理不尽なもんじゃ。力がある奴が笑い、力のねぇ者が踏みにじられる。
けんどのう、それを黙って見ちょってええがか?」
「おまんが、ほんまに守りたいモンがあるなら――
世界ごとぶっ壊してでも、手ぇ伸ばさにゃならん時が来るき!」
「それが、今じゃき?」
悠真の視界が歪む。赤と青の霊子が激しく交錯する。
「俺は、変えたい……この世界を……!」
その叫びに、龍馬はまっすぐ頷く。
「よう言うた! そりゃあ“革命”の種じゃ!
炎に呑まれちまう前に、おまんが“灯火”になっちゃれ!」
霊子が爆ぜるように弾け、悠真の中で確かな“意思”が燃え上がる。
「覚えちょけよ。
“変革”は始まりじゃ、“革命”はその果て。
自分の道を信じて、一歩でも、前へ踏み出せ――そしたら世界は、必ず動くがぜよ!」
その声が遠ざかると同時に、心象世界がゆっくりと収束していった――
⸻
紅い霊子が、静かに収束していく。
「悠真っ!」
男は残念そうに首を振る。
「やれやれ、ここまでやって無理なら。殺したって良い?いいかな?イイよなぁ♪?」
悠真は玲央を片手で制止すると、静かにうなずいた。
その瞳は……迷いが晴れていた。
「……ああ、大丈夫だ。見えたんだ。俺が、どう生きるべきか」
そう言って、悠真は瞳を閉じる。
その霊子は、かつての《不屈》とは違う。
蒼と紅の霊子が、渦を巻くように共鳴し――新たな“光”を生み出していた。
悠真が、微かに目を見開く。
「こいっ!《千子村正(せんじ•むらまさ)》……」
その手には冷たい波の様な蒼の刃紋と、揺らめく烈火の如き紅い刀身が眩い赤紫色の光を放っていた。




