昏き氷塊
冷たい風が吹き抜ける、薄暗い地下施設の一角。
ここは討魔高校とは別に存在する、旧防衛施設跡地――現在は討魔省の特別監視収容所、その外観は正に監獄そのものである。
ここでは能力の違法行使や、その能力の危険度などから様々な理由で監視対象となった者たちが収監されている。
その中心部では、数人の職員が監視モニターをモニタリングしている。
「B-エリアの気温の低下が著しいな、………んっ!?、氷結反応……いや、これは……霊子の結晶化……!?」
一人ががモニターを食い入るように見つめ、呻く。
次の瞬間、映像が完全に凍り付き、ブラックアウトした。
「異常発生、コード0045!B-エリア職員は直ちに対処せよ!!」
赤黒い光と共にけたたましくサイレンが響き渡る。
もう一人の職員が手元の通信モニターを見て叫ぶ。
「対処班の生体反応オールレッド!向かった部隊との通信………途絶えました!」
「制圧班全滅……!? まさか、そんな……!」
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《討魔高校・演習場 第六フィールド》
悠真たちは、週末を利用しての自主訓練の最中だった。
「行くぞ、悠真っ!」
「応っ!」
戦闘訓練モードで広がる擬似都市型フィールド。その中を駆ける直人と悠真。
直人の鳳眼・戦場布陣が展開され、空間上に戦術指標が浮かぶ。
「左高所、接近中!」
「《不屈》――!」
悠真の拳が霊子を纏い、振るわれる。模擬魔徒が一撃で吹き飛ぶ。
「ふぅ…だいぶいい感じじゃね?悠真。」
演習場の上方、監視ブースから訓練を見ていた紫苑は小さく呟いた。
(いいわね……そろそろ熟れ始めたかしら………)
――――――――――
《警戒指令:ランクB 旧地下防衛区画・B03区画》
夕刻、校内警報が響き渡る。
「急報! 未確認の霊子干渉体が地下B区画に出現。構成情報より、敵性“半魔徒”との類似反応を確認!」
「三級訓練生、日向悠真、高峰直人、音無瀬名、黒木玲央、4名は直ちに偵察任務にあたれ。」
「また……あの時の奴かしら。」
瀬奈が端末を睨む。
玲央が即座に腰の装備を確認し、直人が戦術端末を起動する。
「またまた急な任務……行くしかねぇのか……。」
そして。
悠真の胸が、何かを感じてざわついていた。
(……この感じ、氷室?……)
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《特別監視収容所 B03区画》
霜が覆い尽くした監獄の中。
白い靄が漂い、空気すら凍てつくような寒気が支配していた。
そこに、一人。何かを探すように。ブルーのパジャマにキャラ物のサンダル、とてもその場には似つかわしくない服装で小さな女の子が立尽くしていた。
その瞳は蒼く輝き。白い髪に、淡い霊子の冷気を纏った幼女。
――氷室 真琴。
「……お兄ちゃん、どこ?………」
その声は冷たく、どこか悲しげな雰囲気をまとう。
駆けつけた悠真たちが見たのは、氷塊に閉じ込められた討魔省の調査員たちの姿。その近くに佇む女の子。
「この子は……!?この冷気、氷室の……!」
悠真が前へ出る。だが、真琴は素早く首を振った。
「いやっ!こないで。……お兄ちゃん……探すの!」
両手を前に突き出すと。凝縮された冷気の塊が氷塊となって悠真たちに降り注ぐ。
「玲央っ!、頼む!」
「任せろ!!」
玲央は前列に飛び出すとシールドを展開した。
「お兄ちゃんを……いじめないで………」
真琴は今にも泣き出しそうな表情でその両手をさらに強く突き出す。
それを見て悠真は何かを理解した様に頷く。
「氷室の…..妹か?」
玲央の展開するシールドに僅かに亀裂が入る。
「ぐぅううっ!すまん、あまり持ちそうにないぞ。」
「もう少し耐えてくれ、玲央!」
そう叫ぶと悠真は凍てつく冷気の中心部へ駆け寄る。
目の前に突然悠真が現れ驚く真琴。
「悪い人、こないでっ!」
玲央達に降る氷塊を止めると、悠真に向け冷気の渦が集まる。
ーーーーーパキパキッバキン
足元から凍り始める悠真。だか、優しく真琴を包み込む様に抱きしめると。
「大丈夫、お兄ちゃんは俺の友達なんだ。何も心配しなくていいよ。」
悠真の体から《不屈》の力が赤い霊子となり立ち上がると、それは優しく、真琴の氷を解かすように暖かく二人を包み込んだ。
「ほんと?」
真琴は悠真の顔を見上げると、今にも泣きそうな表情で悠真を見つめている。
「大丈夫、お兄ちゃんにも会いに行こう。」
悠真は優しく微笑むと真琴の頭を撫でる。
「う…………ん…………。」
緊張の糸が切れたかのように、真琴は意識を失い。悠真に身を委ね眠ってしまった。
同時に周囲を覆っていた冷気と氷も何事もなかったかのように、霧散した。
そして、全てが静まり返る
――眠る真琴の顔には、どこか救われたような、安堵の表情があった。
「氷室君の……妹?……」
瀬名は彼女の身体を悠真から抱え受けながら、静かに呟いた。
「彼女……。前の半魔徒と同じ反応よ、どうするの……?」
拳を静かに握りしめる悠真の瞳には、決意の灯がともっていた。
「必ず救う、仲間も彼女も。」
―――――――
その戦いの記録は、討魔省に提出され、処遇について話し合われたが
氷室真琴の体内からは負の魔徒因子が確認され、彼女が元々患っていた病を補完するかのように体内で均衡をたもっていた。
この非常に稀なケースと悠真たちの請願書により月詠の被験体として一時的に処分保留の決定が下された。
――数時間後。
討魔高校・医療管理区画。その奥にある、特別観察室。
霊子のバリアに包まれた安定ベッドに、静かに横たわる幼女の姿があった。
氷室真琴。年齢はおそらく10歳前後。過去の住民データベースに照合したところ、氷室真琴という名の少女は確かに存在した。
だが、その存在は生まれてからほぼ全ての時間を病院で過ごしていた様で、対外的な記録は何も無かった。
「……あの子の中に、“それ”があるのか?」
月詠奏司は霊子スキャンの結果を確認しながら、誰にともなく呟いた。
映し出された波形は異常だった。体内に共存する二種の霊子因子――
一つは“通常の人間の霊子”。もう一つは“魔徒因子”。
――いや、もっと正確に言えば、「魔徒化しかけた人間」だった。
「生来、身体が弱かった彼女にとって、霊子因子の侵食はむしろ“均衡”をもたらしていた……皮肉な話だ」
そう告げる医療責任者に、月詠は小さく頷いた。
「それで? 処遇は?」
「現在は保留。異能者としても、監視対象としても未確定の状態。……ただし」
医療官は少し言葉を濁して続けた。
「彼女をここに引き寄せた“何者か”がいるのは確実です。“お兄ちゃんを探して”という言葉も気になる。氷室真琴は、単なる暴走体じゃない」
「……外部の誘導か」
月詠はその言葉を噛みしめるように反芻した。
そして、ふとモニターの端に表示された一文に目を止めた。
《教官 紫苑・現在連絡不能》
「……やはり、そう来たか」
静かに目を細めると、月詠は背後に控えていた監視官に命じた。
「紫苑教官の部屋、そして端末の完全スキャンを。痕跡が残っていれば、必ず拾えるはずだ」
「はっ!」
――紫苑。
彼女の足取りは、まるで予兆もなく、霧のように消えていた。
部屋には私物の一切が残されていなかった。
勤続記録も、活動の一部が改竄されていた形跡がある。
“何者かの手引き”があった可能性を討魔省上層部も否定しなかった。
(まさかとは思っていた……けれど)
月詠は苦い顔を浮かべる。
そして、紫苑が最後に残した訓練記録、監視映像、すべてに目を通しながら、確信に至る。
「紫苑……お前、“あちら側”にいたのか……いや、最初からずっと、だな」
映像の中で、かつて教官として振る舞っていた紫苑の笑顔が、どこか嘘めいて見えた。
そしてそのすべてが“ある時期”を境に、切り替わったような痕跡がある。
《痣》――禍憑ノ王庭に属する者に共通する兆候。
直接の映像は残されていない。しかし、“映らない”という不自然さが、逆に確証を裏付けていた。
「ここからは……戦いではなく、覚悟の時間になるだろうな」
ーーーーー
悠真の部屋・夜
制服の上着を脱ぎ、疲労と共にソファへ崩れ落ちる。
だが、悠真の眼は冴えていた。
氷室蓮の最後の言葉。
「……….すまない。」
氷室真琴は、蓮の“妹”
――その存在を利用され、危うく兄妹共々使い捨てにされる所だった。
そして、禍憑ノ王庭によって“半魔徒”として目覚めさせられた――。
(蓮を、真琴を……俺は、救いたい)
心に芽生えた決意を、悠真は拳に込めるように握りしめた。
――同じ頃。
どこか遠く、深い闇の中。
その姿を闇布に包み、仮面をかぶった女が、一人、鏡越しに悠真の姿を見ていた。
鏡の中には悠真の部屋がモニターされていた。
「……やっぱり、あなたは面白い子ね、悠真くん」
後ろ姿に、かすかに見えた肩口の痣。
そこには、黒い痣が“花”のように広がっていた。
彼女の名は、紫苑。
――禍憑ノ王庭の、“庭師”と呼ばれる幹部。
彼女の声は、静かに冷たく、柔らかに囁いた。
「遊びは、まだまだこれから。あなたたちが、“芽吹く”のを……ちゃんと見届けなきゃね」
仮面がわずかに笑みを浮かべたように、歪んだ。
そして、闇に融けるようにその姿は消えた――。
(種は蒔いたわ……後はそう、どんな華が咲くのかしら)
紫苑の口元は弧を描き歪んでいく。




