初任務
――静寂。
目を開けた時、視界には白い天井が映っていた。
鼻腔をくすぐるのは、微かに薬品の匂い。硬めのベッドの感触と、機械音のような微かな電子音。
(……医務室、か……?)
ゆっくりと身を起こそうとしたその時、ガタン、と隣の椅子が音を立てた。
「……! 悠真!? 起きたのか、よかったぁ……!」
顔を覗き込んできたのは、高峯直人だった。
その後ろから、瀬奈、玲央も顔を見せる。
「しばらく目を覚まさなかったから……心配したわよ」
「大丈夫、俺は信じてたぞ。」
そう言いながらも、どこか安堵したような表情が三人の顔に浮かんでいた。
「……ごめん。心配かけた」
小さく頭を下げる悠真に、直人は満面の笑みを返す。
「何言ってんだよ! むしろ、マジですげぇもん見せてもらったぜ! ……あの一撃、マジで空間裂けてたからな!? あれ、映像保存されてたら、絶対バズるやつ!」
「バズらせるな。即国家機密よ」
冷静に瀬奈がツッコミを入れ、玲央が肩を竦める。
「にしても、お前……。あんな斬撃、並じゃねぇよ。あれ、訓練用シミュレーターでやっちゃダメなやつだろ」
「……俺にも、わからない。気づいたら、刀を握ってた」
悠真の呟きに、三人は一瞬だけ沈黙したが、すぐに表情を緩めた。
「ま、いいじゃねぇか。強ぇことはいいことだ」
「……でも、これから先は、自分の力をちゃんと制御しないと。次、壊れるのが施設じゃなくて、自分や貴方の大切な誰かかもしれないわよ」
その言葉に、悠真は黙って頷いた。
――力の重みを、少しだけ実感した気がした。
* * *
一方その頃、討魔高校・指導教官棟、ブリーフィングルーム。
月詠奏司は、ログと映像を再生しながら、周囲の上級教官たちへ報告を行っていた。
「以上――これが、『不屈』能力の現保有者ー日向悠真の能力測定結果です。結論から言うと……『測定不能』」
大型スクリーンに映る映像。
霊子反応値のグラフは天井を突き抜けるような曲線を描き、表示された文字列には――
《ERROR》
《霊子波形:未知》
《精神干渉レベル:高位》
《記録不能:第二種干渉波》
《実体化傾向:物理次元超干渉》
「この“第二種干渉波”って……まさか、もう一つの……?」
月詠は小さく頷いた。
「はい。おそらく、何らかの“空間干渉”因子が、未覚醒ながら混在しています」
その瞬間、部屋にいた一人の教官が顔をしかめた。
「二重継承自体が前例のないケースだ。それがさらに二つ目の能力の覚醒を伴うなんて……危険すぎる。扱いを討魔省本部に上申すべきだろう」
議場がざわつくー
「いずれにせよ、上手くいけば……将来的に彼の力は、“人類戦力”として計算に入れられる可能性が大いにある、という事かね。」
「日向 隆正様。……のようにか…………」
腕を組み眉間に皺を寄せながら、堂島剛志は言う
紫苑は少し怪訝な表情をして、組んでいた足を組みなおす。
「……(バカね)」
もう一人が呟く。
「あの方の話は、もうよい。終わった事だ、それより……」
「問題は、その力を我々が御することができるかどうかだ……」
「……うむ。」
その言葉に、月詠は目を細めた。
(……いいや、あの力は我々がどうこう出来るモノではない……下手をすれば全てを破滅に導く可能性すら………)
—————-バンッ
机を叩き堂島は声を荒げる
「バカな事を!あの隆正様でさえ完全に制すことができず。一部封印なされたあの能力を、覚醒したてのましてや幼い少年に!制御できる訳ないだろうっ!」
往年の隆正を知る、堂島は続ける。
「ましてやもう一つの因子だとっ?そんな不安定な状態で………..!……できる訳が無い!」
その時、紫苑がポツリと呟く。
「……もう一つの因子ねぇ…..。」
中央に座する老齢の教官が口を挟む。
「もうよいっ!どの道覚醒したのなら、その使い道を考えねばならぬじゃろうて。」
「日向悠真を第一級監視対象者へと移行する。能力の暴走、及び当局が危険だと判断した場合は……処分する事とする!心してかかれぃ。」
会議は紛糾したが、監視対象としての設定。その制御をするという事で話は纏まった。
—————翌日
討魔高校 訓練生待機区画
朝の訓練が終わったばかりの時間。体力回復用の回復ドリンクを片手に、悠真たちは談笑していた。
「はぁー……明日こそは筋肉痛なく過ごしたい……」
直人がソファに体を預けて伸びをする。玲央は無言で自前のプロテインを飲んでいた。
そのとき、室内に設置された壁面モニターに赤い表示が浮かび上がる。
《注意:監視区域D-32にて、霊子異常反応検知。臨時小隊を現地に派遣中――》
瀬奈がピクリと眉を動かした。
「……何か、妙な揺らぎを感じる。数じゃない。質が違う……」
「ん、何だよ瀬奈。何か見えたのか?」
「《千鳥の瞳》を使って、少し周囲を観ていたの。……この波形、普通の霊子の乱れじゃないわ」
その言葉に、悠真も身体を起こした。
やがてドアが開き、一人の女性が姿を現す。黒のスーツに身を包み、鋭い眼差しを持つ職員だった。
「三級訓練生・日向悠真、高峯直人、音無瀬奈、黒木玲央の四名。任務だ。――現地での監視任務に同行すること」
「……いきなり実戦ですか?」
瀬奈が問うと、職員は頷く。
「警戒レベルは《A-軽度》。任務内容は、監視区域Dにおける霊子異常の調査および、必要であれば初動対応。上位戦闘員は近接配置中だが、訓練生としての実地経験を積ませるには最適だと判断された」
「はは、急に実戦とはなぁ。早すぎね?」
直人が肩をすくめる。玲央は一言「了解」とだけ返し、すでに支度を始めている。
その姿を、蛇の様な眼差しで紫苑が見つめていた。
地下通路 第D警戒区画・入口
討魔高校から伸びる地下通路の奥、地上への連絡口を抜けると、外郭の《監視区域D》が姿を現す。
そこは、朽ちかけた倉庫群と廃棄されたビルが点在する、半封鎖区域だった。
「……こんな場所あったんだな。」
直人が心配そうに辺りを見回す。
瀬奈が膝をつき、ゆっくりと手を地面に当てる。
「《千鳥の瞳》、展開」
術式光が静かに広がり、空気の粒子を読むように散っていく。
「……っ、いた」
瀬奈がすぐに立ち上がる。瞳が真っ直ぐ一点を射抜いていた。
「この先の倉庫の影。魔徒、2体確認。……でも、それだけじゃない。――妙な“違和感”がある。……何か、違う」
廃倉庫前
四人は倉庫を前にして、警戒を強める。
「玲央、前頼む。悠真、サポートを。瀬奈は後方感知、敵の動きが変わったらすぐに知らせてくれ」
直人が冷静に指示を飛ばすと、全員がそれぞれの持ち場に立った。
その瞬間――
「ギギャアアアアッ!」
魔徒が姿を現した。人型とは言い難い、獣のような姿をした個体。刃のような尾を振りかざし、玲央に突進してくる。
「来いっ!」
玲央が盾を展開し、霊子の膜を身に纏って真正面から受け止める。鈍い衝撃音。だが、その足は一歩も退かない。
「右側、もう一体っ! 高速度で接近――!」
瀬奈の警告と同時に、直人が印を結ぶ。
「術式《鳳眼・側面演算》!」
戦術マップが空間に展開され、直人の指示で悠真が動く。
「……右、後方!」
悠真が足を踏み出し、《不屈》の霊子がほとばしる。
炎のように燃える力が身体を駆け巡り、彼は獣型魔徒の頭に拳を叩き込む。衝撃が魔徒の体内で爆ぜ、壁に激突したそれは呻き声を上げて消滅していく。
「もう一体、左後方から……違う、これ、魔徒じゃないっ!?」
瀬奈が顔を上げたその先、空気が歪む。
現れたのは、仮面を被り黒衣を纏った“人型”の存在――人間のようだが、その瞳には虚無が宿っていた。
「お前ら……討魔省の犬か」
「……魔徒じゃない。人間だ。だが、霊子反応が異常よ……!」
瀬名が叫んだとき、男の右手が虚空を裂いた。
「まぁ良い、今回の目的は果たした。貴様らに、我らの“変革”を止められると思うなよ……」
――直後、霧のようにその姿が掻き消えた。
「……消えた?」
「いや、撤退したんだ。それより….変革….って。」
悠真が霊子を抑えながらつぶやく。
そして瀬奈が再度、感知を展開して小さく頷いた。
「霊子反応、消失。……完全に、離脱したわ」
任務は完了。だが彼らの中に残ったのは、“勝利”ではなく、確かな“不穏”だった。
討魔高校への帰路。
「……あの仮面の奴、“変革”って言ったよな」
直人が何気なく漏らしたその言葉に、悠真は心が何故かわずかにざわつくのを感じた。




