それぞれの異能
「じゃ、最初は……きみ。高峯直人くんねー」
月詠教官が無造作に指を差すと、直人はげんなりとした顔で椅子に突っ伏していた。
「えぇー……俺? ……いや、まだ体バッキバキなんだけど……ってか、オレ最後でい〜っすよ……ね?」
「いいから、早く来い。今がきみの運命の瞬間だよ~」
「テンションおかしくないっすか先生!? くっそぉ……まぁしゃあねぇか……」
ブツブツ文句を言いながらも、結局立ち上がって装置へ向かう直人。その背中にはやる気のなさが漂っているが、目の奥だけは妙に落ち着いていた。
「はいはい、やりゃいいんでしょ、やりゃ」
肩を回しながら仮想ー異能覚醒フィールドの中心に立つと、直人は掌をひらひらと振った。
霧が彼の周囲を包み込み、やがて視界が転換される。
――そこは、乱戦の戦場だった。
ホログラムの魔徒たちが次々と現れると同時に味方であろう兵士の様なホログラムも展開される。
魔徒達が咆哮を上げながら突撃してくる。
「うわっ、いきなり来るなよ……」
その直後、直人の脳内に知らない記憶とその力の行使方法が流れ込んで来る。
「……はいはい、そういう感じね。」
直人は腰のホルスターから小型の巻物状デバイスを取り出すと、ひと息ついて展開。
「術式《鳳眼・戦場布陣》、っと」
――次の瞬間、彼の背後に浮かび上がるのは、無数の立体的な戦術マップ。敵の進行ルートや死角、味方の行動予測がホログラムで浮かび上がり、彼の目に一瞬で情報が流れ込む。
「はい、そこのお前、次の一手バレてんぞーっと」
直人はわざとらしくあくびをかみ殺しながら、最小限の指示で仲間に敵の死角を突かせ。ホログラムの魔徒を撃退していく。
「……戦場観測型か。予測演算と判断介入が特化してるな。軍師タイプ……だが、やる気が残念だね」
「これが、あのバカの本気……?」
瀬奈も目を見開く。
月詠は嬉しそうにカタカタと端末を叩く。
「能力そのものはまだ未覚醒だけど……この戦術感覚は面白いね。あー、いいサンプルだなあ。もっと試したい……」
「ひぃっ、サンプルとかやめてくれっ……! マジでそういうの嫌な予感しかしねぇっ!」
直人は悲鳴混じりに逃げ戻り、悠真の後ろに隠れるように腰を下ろした。
「お前、さっきのテンションどこいったんだよ……」
玲央が呆れ顔でぼそりと吐き捨てると、
「なーに言ってんだ。俺は“陰の努力型”なんだよ。要は、なるべく楽して勝ちたいだけ!」
と直人はニカッと笑い、全力で開き直った。
「次。音無瀬奈くん、お願いします」
月詠教官に呼ばれ、眼鏡を軽く押し上げながら立ち上がる瀬奈。
「……はい。準備できています」
緊張感を漂わせながら、瀬奈がフィールドへ入る。空間が変わり、夜の森に覆われたようなステージが出現した。
――視界は暗く、敵の気配だけが密かに近づいてくる。
先程の直人と同じく、瀬奈の中に偉人の力の行使方法が流れ込んで来る。
「理解した……」
几帳面に眼鏡を少し押し上げると、手を地面にゆっくり押し当てる。
「術式・展開……索敵《千鳥の瞳》」
瀬奈の真下、片膝で立つその周囲から霊子光が広がり、それが小鳥の様な形状に変化すると同時に森の中に散らばって行く。その情報を読み取り、瀬奈は一歩も動かず敵の位置を把握。
「位置把握、攻撃開始。……風、よし。軌道修正――三度、補正」
瀬奈の眼前の空間から弓が現れる
ゆっくりと手にしたホログラムの弓を引き絞る。術式が矢に重なり、静かに、正確に、敵の頭部を貫いていく。
「ふむ。これは完全に“遠隔精密支援型”だね。視力強化と空間認識能力が高い。弓の扱いは……まずまずかな。」
「よっ、さすが瀬奈ちゃーん。スゲーだろ、あいつ俺の班なんだぜ〜」と直人が隣で見ていた学生に何故か自慢する、瀬奈が振り向いて睨んだ。
その瞬間、瀬奈の死角から一体の魔徒が飛び出した
「っ……一体外した……!?」
「あれっ……? 計算は合ってたはず……再計測……っ」
次々とホログラムの魔徒が出現していく。
その焦りが、詠唱に滲む。もう一度、彼女は矢を構築して放つが――今度はほんの僅かに高すぎた。
その様子を眺めながら月詠は声をかける。
「うーん……惜しいんだけどねえ。演算結果に縛られてるなぁ。もっと“直感”に委ねてみたら?」
「いえ、これは私の失策です。想定誤差を許容範囲に収められなかっただけで……次は必ず――」
瀬奈の額にはうっすらと汗が浮かび、目は焦点を定めきれていない。
「……ちょっと落ち着けよ、ガリ勉」
フィールドの外から直人が呟いた。
「お前さ、頭ん中で計算しすぎなんだって。矢ってのは、理屈も大事だけど……最後は“撃つ意思”だろ?」
瀬奈はハッとする。
(……そう、私は“当てるため”に撃ってた。けどこれは、“討つため”の矢)
深く息を吸い、静かに弓を絞り直す。
今度の矢は、彼女の意志と“何か”が、確かに宿っていた。
放たれた光の一矢は、一直線に――ホログラムの心臓部を貫いた。
ビィン……と低く鳴って、ターゲットが消滅する。
「……ふふっ、やればできるじゃん」
直人がニヤニヤと笑う。
「さっきのが“計算された矢”で、今のが“想いの矢”ってことか。やっぱ、頭使うよりも心使った方が当たるんじゃね?」
「う、うるさいわね……!」
少し頬を染めながら戻ってくる瀬奈に、月詠はメモを取って呟く。
「反応値は優秀、能力制御の精度も高い。ただし、本人の精神干渉値が低すぎる。……これ、由来が不明なタイプだな。矢の方向性からして、弓術家系か……?」
瀬奈のデータが端末に記録されていく。
彼女の能力は、まだ真名も由来も見えない。けれど、射た矢の先に確かに“道”は繋がっていた。
「次、黒木玲央くん。準備できたらフィールドへど〜ぞ〜」
月詠の間延びした声に応じて、玲央が立ち上がる。
その動作は重く、静か。だが、歩くたびに床がわずかに震えるような“圧”がある。
(でけぇな……)
(筋肉の塊……!)
周囲の生徒たちがぼそりと呟く中、玲央は一人呟きそのままフィールドの中心へ。
「……いくぞ」
筋肉質な体躯をゆっくりとフィールドに踏み入れると、地形がごつごつとした峡谷のような場所へと変化した。
目の前には、巨大なホログラムの魔徒――他のどの生徒にも出現しなかった、異様に高密度の敵個体。
先程の二人と同じく偉人の記憶と能力が流れ込む。
「重装か……面白い」
玲央は構えをとり、その体に仮想の甲冑が展開する。甲冑は重厚そうで、その重みは見るからに敵を圧倒する。手には三叉の槍と無骨な盾が握られ、彼の甲冑全体に“防壁の気配”が宿る。
「ココは….通さんっ!。俺は――仲間を守るために、前に立つ!」
魔徒の攻撃が降り注ぐが、玲央は一歩も引かずに受け止めた。甲冑そのものに宿る防御術式と肉体の合一。自身が盾であることを証明するように、仲間の幻影を背後に庇いながら、敵の猛攻に耐え続ける。
「……これは“前衛守護型”。潜在耐久と結界適応値が異常に高い。肉体派の鑑だね」
月詠の目が珍しく細められた。
構えも取らず、ただ真っ直ぐに立っているだけなのに、“壁”のような存在感を放っていた。
月詠が数値を確認しながら、片眉を上げる。
次の瞬間、魔徒のホログラムが3体出現。うち2体が後方の“味方役”生徒に向けて攻撃態勢を取る。
玲央の目が鋭く光った。
「来るぞ、下がってろ」
前方に立ち塞がると、全身から淡い霊子の膜が発現し。すぐさまハニカム構造のシールドが展開される。
「……霊子の変質。いや、違うな……これは……興味深い。」
月詠が驚きの声を漏らす。
斬撃、突撃、矢の衝撃――次々に襲いかかる攻撃の数々。
だが、玲央は微動だにしなかった。
全ての一撃を、真正面から受け止め、喰らい、踏みとどまり続ける。
「来い……もっとだ!」
彼の足元に展開された術式陣から、“吸引”のような重力干渉が起こる。
敵の視線が全て彼に集中し、攻撃もまた自然と彼へ集まるようになっていく。
「こいつ……無意識に、敵意を誘導してやがる。魔徒が“優先して叩くべき敵”だと認識してる……!」
直人が目を見張り、瀬奈が唾を飲む。
やがて、ホログラムの攻撃が激しさを増し。土煙が上がる。
「見えねぇ、……玲央のやつ大丈夫か?」
巻き上がる土煙が降りてくる最中、玲央の姿が見えた。
左手で盾を全面に押し出し、肩越しに三叉の槍を構えている。その姿は歌舞伎の見栄の様にも見えた。
「ぬうぅん!」
次の瞬間、玲央はその槍を突き投げた。凄まじい轟音を響かせ、槍は敵を貫きその先にある物全てを破壊した。
直後、霊子解析用の端末が一斉に警告を発し、月詠が目を見開いた。
「バ、バカな……仮想空間用の結界ごと壊すって……」
玲央は、ふぅっと小さく息を吐きながら、黙ってフィールドを後にした。
その背中を見つめながら、月詠が呟く。
「防御系能力者の中でも、異常な耐性と精神集中力……“壁になる”ことに特化しすぎてる。
真名も由来も未判明……だけど、間違いなく“誰かを護り抜いた存在”の継承者だ」
その言葉に、玲央は振り返らず、ただひと言だけ呟いた。
「仲間が無事なら、それでいい」
それはまるで、“誰か”の生き様を、そのままなぞるような言葉だった。




