学生としての生活
適正試験が終わり、悠真は全身に鈍い痛みを残したまま、月夜とともに寮棟へと向かっていた。
地下都市の構造物とは思えないほど整備された寮の廊下。高く広い天井には照明灯が並び、柔らかな光が道を照らしている。
「ここが、男子寮・西棟よ。あなたの部屋は203号室。鍵は電子式カードになっていて、個人認証登録もされてるから安心して」
「あと、紫苑から連絡があったんだけど。悠真くんはまず、三級学生に登録されたようね。」
月夜は慣れた手つきで端末を操作し、部屋のドアを開けながら説明する。
この学校では三級、二級、一級と組分けされていて悠真はその中で1番下の三級からのスタートになる。
中は意外なほど整っていた。簡素ながらも清潔なベッド、書き物用の机、ロッカー、生活するには十分すぎる設備が整っていた。
「どう? 想像よりマシだった?」
「……はい、初めて見る物ばかりですけど……住めそうです。」
月夜はクスッと笑った。
「ここは“戦力”を育てる場所であると同時に、“人”としての大切な事を学ぶ場所でもあるの。それだけは、忘れないでね」
悠真はその言葉に、どこか救われた気がした。
ベッドに腰を下ろし、ふと月夜に問いかける。
「……あの、月夜さんもこの施設に?」
「いいえ、私はもう現場任務がメインだから、今は省本部の施設よ。今日は臨時で君の案内役を任されたの」
彼女は立ち上がると、黒衣の袖を軽く払う。
「そろそろ戻らなきゃ。本部から、次の派遣指令が出てるの。北東部の“収束帯”で異常反応があって」
「……そうですか。案内ありがとうございます」
「どういたしまして。それと、ひとつだけ忠告」
月夜の瞳が、ほんの一瞬、厳しく光った。
「――この場所は、“力がすべて”だと思ってる人間も多い。けど本当は、“何のために力を使うか”が問われてるの。絶対に、そこを見失わないで」
「……わかりました」
ふと柔らかく微笑んでから、彼女は背を向けた。
「じゃあ、またね。次に会う時、ちゃんと“成長した悠真くん”に会えること、期待してるから」
そう言い残して、月夜は静かに扉を閉じ、去っていった。
残された部屋で、室内灯の明かりが少し揺れていた。
悠真はしばらく、彼女の言葉を反芻するように天井を見つめていたが、やがて小さく息をついた。
(……こっからが本番か)
そのとき――
ドンッ!
隣の部屋の壁から、爆音のような衝撃が響いた。
「うわっヤバっ! また術式失敗しちまった!」
「バカっ! 風圧の制御の計算合ってないって――って、うわ、結界破れたわよっ!?」
悠真は苦笑いを浮かべた。
(……にぎやかだな)
翌朝。
悠真は体の重さに耐えながら制服に袖を通し、昨日教えてもらった寮の食堂へと足を運んでいた。
広々とした空間には、カウンターの前に同世代の若者たちがトレーを手に列を作り、調理場の奥からはパンの焼ける匂いや蒸気が立ち上っている。
壁のスクリーンには天候情報と訓練予定が表示されており、ざわつく会話と食器の音が交錯する。
(……知らない人間ばかりだ)
悠真はトレーを手に戸惑っていたが、その背中に不意に声がかかった。
「おーい、新入りー! お前、昨日入寮した203号室の奴だろ?」
振り返ると、茶色いくせ毛の少年がニヤッと笑っていた。
「俺は高峯直人。202号室、隣の部屋の住人! 昨日はわりーな、ちょっと新開発の術式いじってたらよー。ボンって笑」
見るからにお調子者の少年が悠真に気さくに話しかける。
「……日向悠真です、俺の方こそ挨拶に行かなくてすみませんでした。」
深くお辞儀すると、直人は少し固まったあと、すぐさま先程の調子を取り戻し
「はははっ、かてーな、もっと気楽にいこーぜ 笑」
直人は陽気に笑い、悠真の肩を軽く叩く。
「ま、細けぇことは気にすんな! こっち席空いてるぞ、来い来い!」
連れて行かれたテーブルには、すでに二人の生徒が座っていた。
ひとりは、銀縁眼鏡に理知的な雰囲気を纏った少女。制服の袖には小型の術式端末が巻かれており、計測データのようなものを黙々と眺めながら食事をしている。
もうひとりは、浅黒い肌、筋肉質で肩幅の広い男子生徒。山盛りの肉を豪快ににかきこんでいる。
「紹介するぜ。こっちが音無瀬奈。ガリ勉で、頭は固いけど真面目で優秀」
「うるさいわね、バカ直人。そんなんだから昨日みたいな失敗するのよ。」
付き合いが長いのか瀬奈と直人の掛け合いは息がぴったり合っている
「初めまして、音無瀬奈です。わからない事があったら何でも聞いてね」
瀬奈の背後でバレない様に変顔をする直人、悠真と目が合う
少し笑ってしまう悠真。
「そしてこっちが黒木玲央。見ての通り、肉と筋肉がすべてのゴリラだ」
「……おい、誰がゴリラだコラ」
ーガタンっ
左手で肉を鷲掴みにしたまま立ち上がり、無造作に口元と手の汚れを制服の端で拭き取り、右手を差し出した。
「黒木玲央だ、よろしくな。」
「……初めまして、日向悠真だ。昨日からここに来た」
悠真も右手を差し出し固く握手を交わす。
ーギュゥ
凄い握力で悠真の手を握る、しかし山で木の伐採を繰り返した悠真の掌はそれを簡単に握り返した。
悠真の手から力強さが返るのを感じ、玲央の眉がわずかに動く。
「….うむっ、男の手だな。 よろしく頼む。」
挨拶が終わると、玲央はまた座り直し肉を食らい始める。
呆れたそぶりで直人が
「ほんっとに、うちの班は曲者ばっかで困っちゃうねー」
瀬奈と玲央が声を合わせて怒鳴る
《お前が言うなっ!》
まるでピエロの様な直人のそぶりに思わず悠真に笑みが溢れる。
そのとき――
突然、食堂内にスピーカーの音が響いた。
《3級学生各位に告ぐ。9時より、基礎訓練を開始する。担当教官は、戦術教導部所属・堂島剛志 教官。訓練服に着替え、第3訓練区画へ集合せよ。遅刻厳禁》
「マジかっ!?」
直人は残念そうに首を振りながら
「……よりによって、初日から“鉄拳の堂島”?悠真、お前マジついてないわー」
同じく瀬奈も気分がすぐれない素振りで
「最悪……私もあの人の訓練大嫌い……」
「だって、生徒を“物理で”鍛えるとか言って、腕立て1万回やらせたって噂……聞いたわよ。」
ただ一人玲央だけは何事もないかの様に食事を続けている。
ざわつく空気のなか、直人が苦笑いしながら悠真の肩を叩いた。
「……ご愁傷様。ま、俺らも一緒だけどな」
瀬奈も、苦々しい顔で呟いた。
「あと…..噂が本当なら、あの人、魔徒と徒手空拳で戦える化け物よ……」
壁に掛かられた時計を指差しながら直人が焦り始める
「おいっ、あと十五分で訓練開始だってよ……急がねーと!」
直人の言葉にせかされながら、悠真たちは食事を済ませ食堂を飛び出した。
廊下を走る一団の制服の背中。制服の裾が靡き、革靴の音がタイルの床に響く。
「訓練服に着替えて第三訓練区画って、けっこう距離あるのよ……!」
眼鏡を押さえながら、瀬奈が少し息を切らせて言う。
「けど、遅刻したらマジで殺されるって……いや、比喩じゃなく」
直人の言葉に、悠真は内心で苦笑した。
(なんだかんだで、みんなちゃんと走ってる……)
寮へ戻って急ぎ訓練服に着替えると、四人は再び廊下を駆け抜けた。
初めての訓練に高鳴る鼓動を抱え、悠真は走り出す




