第97撃:女神なき世界、魔王の記憶
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アリステリアは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
胸の奥に渦巻く激情を、理性の刃で押しとどめるように。
(……いけない。ここで感情に任せては……)
「伯父上。お言葉ですが、その言葉は少々問題があるかと。
故人を貶めるような言動は、どうかお控えください」
静かだが、芯の通った声だった。
アリステリアは激昂を押し殺し、理性をもって前言の撤回を求める。
だがグラウザーンは、鼻で笑った。
「ふん。腑抜けだから腑抜けと言ったまでだ。
レイゼルだけではない。この千年、歴代の魔王どもも同じことよ。
穏健? 共存? くだらん幻想だ」
彼は玉座の肘掛けを打ち鳴らし、声を荒げる。
「力による支配こそが秩序なのだ!
俺にはその力がある! そして……邪神ゼルグノスの復活さえ叶えば、
我が支配は盤石となる。この千年間——いや、有史以来初の偉業となろう!」
その言葉を聞いても、アリステリアの胸に湧き上がったのは怒りではなかった。
悲しみ。落胆。不安。焦り。
それらが入り混じり、心の奥底を重く満たしていく。
「伯父上……本当に、分かってはいただけないのですか?」
アリステリアの悲しみを孕んだ声に、グラウザーンは興奮したように叫ぶ。
「分からぬのはお前だ、アリス!
俺の力にゼルグノスの力が加われば、千年の支配も、いや、万年の支配すら夢ではない!
力ある者は、愚者を導く責務があるのだ!
お前も、レイゼルも、父も、歴代の魔王も——なぜそれが分からん!」
その言葉を聞きながら、アリステリアの心は更に沈んでいく。
(……ダメだ。言葉ではもう届かない。
力による支配の果てに、何が残るというの?
何より——)
脳裏に、あの記憶がよみがえる。
父から受け継いだ「魔王の力」に刻まれていた、千年前の封印戦争の記憶。
邪神ゼルグノスと、当時の世界を生きた者たちの戦い。
それは、見るだけで心が壊れそうな“悪夢”だった。
(あれは……制御できるような存在ではない。
一度でも封印が解ければ——次こそ、このエルフェリアは滅びる)
その記憶は、ただの伝承ではなかった。
魔王ダンダリオン=ベルグランが、魂ごと力に封じ込めた“真実の記録”だった。
アリステリアはそれを受け継いだ夜、吐くほどの恐怖に襲われ、眠れぬ夜を何度も過ごした。
眠りにつけば悪夢。
目を覚ませば、世界が崩れる幻覚。
それでも理解した。
邪神とは、存在そのものが“破滅”なのだと。
創世神アルサリウス、生命の女神エルフェリーナ、
そして魔王ダンダリオン=ベルグラン。
三柱を中心に、数多の種族が力を合わせて挑んだ、終末の戦い。
まさしく、邪神対エルフェリア。
その言葉こそ、あの戦の全てを物語っていた。
グラウザーンが生まれるまでは、歴代最強と謳われ続けた魔王ダンダリオン。
そして世界を創りし二柱の神。
それら全ての力を結集しても、邪神ゼルグノスを“滅ぼす”ことは叶わなかった。
最終的に、エルフェリーナとダンダリオンの二人は、
自らの魂を楔として封印を施した。
世界は滅びを免れたが、その代償は計り知れなかった。
女神エルフェリーナの命は失われ、世界から“癒し”が消えた。
アルサリウスは一柱で世界を支え続けるしかなくなり、
それでも維持できているのは——
エルフェリーナが生み出し、遺した聖霊と聖獣たちが、浄化の循環を担っているからに過ぎない。
しかし、それも限界に近い。
邪神の瘴気は千年経った今も、世界をじわじわと蝕んでいる。
完全に瘴気に呑まれた者は、やがて邪神の眷属と化す。
彼らは女神を憎み、聖霊や聖獣を襲い、
この千年でその数は激減した。
かつて緑に満ちていたエルフェリアの大地は、
いまや荒野に侵食されつつある。
世界は、千年前よりも遥かに疲弊していた。
もし再び、邪神ゼルグノスが現れれば——
今度こそ、この世界は終わる。
だからこそ、ダンダリオン以降の魔王たちは「共存」を選び続けてきた。
それは力や誇りを捨てたわけではない。
力の恐ろしさを“記憶として知っていた”からこその、選択だったのだ。
(伯父上が愚かな野望に囚われていなければ……
お祖父様もきっと、伯父上を魔王に据えたことでしょうに)
二代前の魔王——マグナ=ゼラシア。
彼は見抜いていた。
グラウザーンに魔王の力を継がせれば、たとえ邪神の記憶を知ったとしても、
野望を捨てる保証がないことを。
だからこそ、力では劣っていても、弟のレイゼルを後継に選んだのだ。
邪神の封印を解くには、魔王の力と女神の力、双方が必要。
そのためにグラウザーンは、女神の魂を探し、魔王の力を求めている。
(……やはり、伯父上に魔王の力を渡すわけにはいかない)
アリステリアは、静かに拳を握り締めた。
その瞳には、もはや迷いはなかった。
——邪神ゼルグノスだけは、何があっても、この世に蘇らせてはならないのだ。
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