第96撃:黒炎の玉座にて
いつも読んでくださり有難うございます!
リアクションもとても嬉しいです!
更に時は遡る。
紫音と柚葉が、穏健派との望まぬ戦いに身を投じていた頃──。
場所は魔王軍過激派の頂点に君臨する者、黒炎公グラウザーン=ゼラシアの居城。
現魔王、アリステリア=ゼラシアは、叔父であるその男に呼び出され、重苦しい気配の漂うその城門をくぐっていた。
謁見の間の扉の前に立ち、アリステリアは深く息を吸う。
(大丈夫……伯父上とて、今は私に強行手段は取れない。父から受け継いだ“魔王の力”が、私を守ってくれる……)
だが皮肉なことに──
グラウザーンが彼女を狙う理由もまた、その“魔王の力”にあった。
魔王の力は、遥か千年前。当時の魔王ダンダリオン=ベルグランの時代より、脈々と後代へと受け継がれてきたもの。
その中には、彼が遺した力の断片と、千年前の大戦の記憶が宿っている。
ただし、魔王の力は現所有者が「譲渡の意思」を示さぬ限り、他者に移ることはない。
ゆえに、アリステリアがこの力を抱えたまま命を落とせば、魔王の力そのものが霧散してしまう。
つまり──
グラウザーンがどれほど欲望を燃やそうとも、彼女を殺すことはできない。
それでも、アリステリアの胸の内に走る恐怖は消えなかった。
相手は、歴代最強と謳われる黒炎公。
万が一にでも彼女が倒れれば、穏健派は瓦解し、庇護下の王女ファレナの身も危うくなる。
額に滲む汗を拭い、覚悟を固めたアリステリアは、扉を押し開けた。
──重厚な鉄扉が軋み、荘厳な謁見の間がその姿を現す。
壁には黒曜石のように光を吸う装飾が連なり、中央の玉座はまるで炎の影がまとわりつくようだった。
アリステリアが一歩踏み入れた瞬間、近衛兵の一人が槍の石突きを床に叩きつけ、声を張り上げる。
「魔王、アリステリア=ゼラシア様、ご来城──!!」
重く張り詰めた空気が支配する。
その中で、玉座の上──数段の階段を登った先に座す黒き衣を纏う巨躯の男が、低く響く声を放った。
「……よく来たな、アリステリア王。いや、“アリス”よ。
そんなに固くなるでない。もっと近くへ来るが良い」
まるで慈愛のこもった声色だったが、その眼光には鋭い炎が宿っていた。
アリステリアは胸中のざらつきを押し殺し、玉座の手前で足を止める。
「……グラウザーン殿下。此度のお招き、感謝いたします」
それは本来、王が公爵に示す態度ではなかった。
だがアリステリアはあえて、そうした。
グラウザーンは不敵に笑み、玉座に深く腰掛けたまま、まるで臣下を見るように視線を落とした。
「そう畏まるな。我が可愛い姪よ。今はそなたが“魔王”なのだ。
王たるもの、威厳を示さねばならんぞ?」
──口ではそう言いながら、彼が玉座から降りる気配はない。
アリステリアは苦虫を噛み潰したような感情を、必死に表に出さぬよう努めた。
(よく言う……その椅子をわざわざ高く設え、私を見下ろす形にしておきながら……)
それでも、彼女は声を落ち着かせて問う。
「殿下。本日は、どのようなご用件で?」
グラウザーンはその声音に潜む緊張を見抜いているのか、いないのか。
柔らかな笑みを崩さぬまま、まるで旧友に語りかけるように口を開いた。
「うむ。弟レイゼルが死んで一年──。お前が魔王を継いでからも、それほどの月日が経った。
……そろそろ我に“魔王の力”と“座”を譲る気になったかと思ってな」
アリステリアは深い溜息をこらえ、内心で嘆息した。
(やはり……またその話。想像はしていたけれど、これほど執拗だと、もう笑うしかない)
彼女は凛と顔を上げ、毅然とした声で応じる。
「殿下──いいえ、伯父上。何度申し上げれば分かるのです。
私はその力を、伯父上には譲渡いたしません。
伯父上が“あの危険な思想”を捨ててくださらぬ限り」
その言葉に、グラウザーンの微笑が消える。
代わりに浮かんだのは、冷たく歪んだ嗤い。
「危険な思想、だと? 何が危険だというのだ。
優れた者が愚かなる者を導き、秩序を保つ。
それの、どこが間違いだ?」
アリステリアは怯まずに言い返した。
「“優れた者”が魔族であるという前提が、傲慢なのです。
他の種族とて、我らと同じく、日々を生き抜く力を持つ者たち。
支配ではなく、共存こそが道だと、父上も──」
「ふん。共存、だと?」
グラウザーンは鼻で笑い、冷笑を浮かべた。
「逞しいのは確かだ。あの人間どもなど、特にな。
同族同士で殺し合い、奪い合い、今日も血を流している……。
滑稽だと思わぬか?」
アリステリアの瞳に、怒りの炎が灯る。
(その“同族同士の争い”を仕掛け、火を焚べているのは……一体、誰だと思っているの?)
拳を握りしめ、唇を噛み締める。
そんな彼女の反応を見て、グラウザーンは愉悦を滲ませながら言葉を続けた。
「偉大なる我が父王、マグナ=ゼラシアも、最後の最後で過ちを犯した。
俺ではなく、腑抜けたレイゼルを王に据えたのだからな」
──瞬間。
アリステリアの胸の奥で、何かが弾けた。
血が逆流するような怒りが、視界を真紅に染め上げる。
よろしければ、ブックマーク、評価、リアクションをお願いしたします!
コメントもお待ちしております。




