表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/244

第91撃:闇に潜む牙――

いつも読んでくださり、有難うございます!

「……っ!!」


 晶、紫音、柚葉の三人は、唐突に呼吸が詰まったような錯覚に襲われた。

 圧倒的な威圧感――いや、捕食者に睨まれた被捕食者の本能的恐怖。胸が押し潰されるようで、肺が酸素を取り込むことすら拒んでいる。


 まともに呼吸が出来ているのは、一真ただ一人だけだった。


 紫音は強張った身体を必死に動かそうとするが、膝も腕も言うことを聞かない。

(な…んだ、これ……!?今まで、こんなのに気づかなかったのか、オレたち……)


 柚葉も同じだった。止まらない震えが全身を支配し、必死に否定するように心の中で叫ぶ。

(ダメ、ダメ…!昨日の牛よりも強い?…“強い”なんて言葉じゃ済まない……!)


 彼女の頭に浮かんだのはただひとつ――

 この相手には「勝てない」じゃない。「戦ってはいけない」。

 いや、紫音と柚葉の力量を考えれば――

 出会ってはいけなかった。


 晶はその場にうずくまり、震える腕で必死にルナリスを抱きしめていた。顔色は血の気が引いて青白く、声にならぬ声を絞り出す。

「こわい……こんなの……ボク……」


 かつて魔王軍の将を見たときすら、これほどの恐怖はなかった。腕の中のルナリスも小刻みに震え、声を上げることすら出来ない。


 三人は痛感していた。

 この森がどれほど危険なのか。そして、自分たちがどれほど一真に守られていたのか。

 “帰らずの森”――その名の由来の一端が、今まさに目の前に迫っていた。


 紫音は歯を噛みしめ、恐怖と悔しさに声を震わせる。

「オレたちが一真さんたちに出会うまで無事だったのは……ただ、運が良かっただけかよ……はは……」


 その言葉の直後、圧し掛かる威圧感が唐突に霧散した。

 柚葉が驚きの声を漏らす。

「……え?」


 助かった?去ってくれた?一瞬の安堵。

 だが、その淡い期待を打ち砕いたのは、一真の低い声だった。


「油断するな。……まだいるぞ」


 緩みかけた緊張の糸が、再び鋭く張り詰める。


 一真の瞳は森の闇を射抜き、静かに息を整えていた。

(気配を消すのが上手い……強さは魔王軍の将をも上回るな。なるほど、“帰らず”とはよく言ったものだ)


 仙気を練り、全身に巡らせる。

「すぅ……ふぅ……」

 呼吸音だけが静寂の中に響く。鳥の声も、虫の羽音も、森のざわめきさえ消え失せていた。


 ――次の瞬間。

 一真の姿が三人の視界から消えた。


「なっ!? 一真さん、どこに……!」紫音の声が裏返る。


 同時に、三人の背後から気配が現れる。

 慌てて振り返った彼らの目に飛び込んできたのは――


 巨大な“影”。


 狼にも似た獣。だがそれは狼ではなかった。

 全長三メートルを超え、漆黒の体毛に覆われた巨体。

 ところどころに甲殻のような黒い板が疎らに浮かび上がり、鈍い光を放っている。

 爪も牙も異様に肥大化し、氷のように冷たい双眸が、晶たち三人とルナリスを射抜いた。


 その巨大な前足が、死角から三人を薙ぎ払おうと振り下ろされていた。


 ――だが、止まっている。


 一真が、受け止めていた。

 分厚い皮のコート越しでも分かる。盛り上がった筋肉が、その圧力を弾き返しているのだ。


 柚葉はカラカラに渇いた喉を潤そうとするように唾を飲み込む。

(うそ……一真さんが守ってくれなければ、私たち今頃……)


 そのモンスターの名は、ダスクハウンド。

 その隠密性の高さから、存在そのものを知る者は少ない。たとえ名前を知っていても、実物を見たことが無い者がほどんどだろう。

 この森に入り込んで、運悪くダスクハウンドと出会ってしまった者は、今この世にはいない者が多いだろうから。


 一真たちは知る由もないが、邪神の瘴気に影響を受けてしまい、存在そのものが変質したモンスター。

 帰らずの森とは、邪神ゼルグノスが残した瘴気によって、生態系が狂った魔境なのである。


 前足を押さえつけられたダスクハウンドは、口から涎を垂らしながら咆哮を上げた。

「■■■■■ーーーッ!!!」


 耳を劈くような不快音に、晶たち三人は耳を震え上がる。


 だが、一真だけは違った。

 普段の穏やかな笑みを消し、猛獣のような笑みを浮かべる。


「随分と煩い犬だ。いきなり襲いかかってくるとは、躾がなっていないな」

 押し込む腕に力を込め、獣の眼を真っ直ぐに射抜く。

「どれ……俺が“躾けてやろう”。」


 三人とルナリスを襲おうとしたモンスターに対し、一真の奥底で静かな怒りが燃え上がり始めていた。


よろしければ、ブックマーク、評価、リアクションをお願いします。

皆さんの応援が力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ