第8撃:―燻る煙と、村の影―
焚き火のそばで、蛇の肉がじゅうじゅうと音を立てていた。朝の森の空気に、獣肉の香ばしい匂いが混ざり、煙がゆるやかに空へと昇っていく。
一真は、焼きあがった肉にがぶりと噛みついた。
「おっ……こりゃ、美味いな!」
驚いたように目を見開き、すぐに笑顔になって言葉を続ける。
「ちょうどいい焼き加減だ。晶、お前、やっぱり料理うまいな。天才か?」
満足げに咀嚼しながら、まるで子どもみたいに喜ぶ一真の姿に、晶は思わず微笑んだ。
だが晶自身は、肉に箸を伸ばそうとはしなかった。
――先ほどまで、生きて、牙を剥き、舌を這わせてきたあの巨大な蛇。
いくら火が通っていても、その姿が脳裏に焼きついて離れない。
それに、朝食を取ってからまだあまり時間が経っていない。胃が、拒んでいた。
そんな晶の様子に気づいた一真が、焼けた肉を串ごと差し出した。
「お? 食わないのか? 晶。騙されたと思って食ってみろよ。見た目はアレだけど、味は保証する」
押しつけがましくはないが、やけに楽しそうに笑う一真の言葉。
晶は少しだけ逡巡してから、恐る恐る肉を一口齧った。
――ぱりっ。じゅわっ。
外は香ばしく、中は意外なほどジューシー。香りも味も、どこか鶏肉に近く、癖は驚くほど少なかった。
「あ……美味しい……」
その声に、一真はにんまりと満足そうに笑った。
「だろ?」
その一言が、妙に誇らしげで、晶の胸の中に少しだけ温かなものが灯る。
食事を終えた二人は、残された肉の山を前にして顔を見合わせた。
一真が頭を掻きながら呟く。
「うーむ、これ……さすがに全部は食えねえし、このままだと腐るよなぁ。虫も寄ってくるし、もったいねえ……」
そう言いながら、少し残念そうに肉の山を見つめる姿は、獲物を無駄にしたくないという思いに満ちていた。
そんな一真に、晶が提案する。
「……なら、燻製にしてみますか? 調味料も燻製器もないので、上手くいくか分かりませんけど……」
その言葉に、一真の瞳が一気に輝いた。
「頼めるか!」
まるで駄菓子屋に飛びつく子どものような声と表情。その無邪気さに、晶はつい顔を赤らめる。
(……かわいい)
場違いな感情が胸に浮かび、晶は慌てて顔をそらして準備に取りかかった。
森の落枝と石、蔓と葉。あり合わせの素材を使って、簡素な燻製装置を即席で作る。煙を抑えつつ、じわじわと乾燥と加熱をかける手法だ。
晶の手際は見事だった。
「おぉ……」と一真が何度も唸るほど、その手つきは板についていた。
やがて、出来上がった蛇肉の燻製は、赤褐色の艶を帯び、森の香りをまとった上品な保存食になっていた。仮の素材でここまでの完成度は、やはり晶の技術があってこそだった。
「すげぇな、晶。お前、本当にどこでそんなの習ったんだ?」
「母と祖母に、昔いろいろ教わったんです。山菜の選び方とか、保存食の作り方とか……田舎だったので」
「田舎万歳だな、マジで。ありがたくいただくぜ」
二人は持てる限りの燻製肉を袋に詰め、煮沸した水を水筒に入れ、簡単な荷物を整えた。
「よし、行くか。情報を集めに」
一真は立ち上がると、腰に袋を下げ、陽の昇り始めた森の道へ向けて歩き出した。
目指すは、この森の外にある“村”。
実は昨日、一真が大木によじ登って、森の端から見つけた小さな集落だ。
「エルサリオンの城からは見えなかったが、どうやら地形が複雑らしい。街じゃなくても、村ならそれなりに情報は集まる」
「でも……その村の人たち、いい人たちだといいですね……」
晶がぽつりと呟く。
「ま、人間なんてのは簡単に信用するもんじゃねぇが……希望くらいは持っていい」
そう軽口を叩きながら、一真は焚き火の名残をひとつ一つ丁寧に消していく。
火の跡を消し、痕跡を極力残さず、森の拠点を後にした。
未知の村へ、果たして、どの様な情報が手に入るか……。
焚き火の煙が森に薄く残る中、二人の足音だけが、静かに遠ざかっていった。




