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第9撃 :―村へ至る道、そして小さな確信―

森の木々を抜ける光が、少しずつ広がっていく。


一真と晶は、目指す村――一真が大樹の上から見つけた小さな集落へ向かい、静かに歩を進めていた。


その道のりは平穏ではない。森を抜けるまでに、既に三度、モンスターの襲撃を受けている。


「うーむ、俺たち人気者だなあ」


「一真さん……笑えないですよ……」


そう口にする晶の表情には、緊張と皮肉と、そして少しの慣れが入り混じっていた。


モンスターはいずれもロックスネークより格下。スライムや獣型の小型モンスターが中心で、一真は封神拳すら使わず、徒手空拳で撃退してきた。八極拳の爆発力、形意拳の貫通力、太極拳の受け流し。それらを自在に使い分ける姿は、晶の目にまるで戦場を舞う舞踏のように映っていた。


回収された魔石は、ロックスネークの時より小さく、光も控えめだ。


「……やっぱり、こういうのは取っておくに限るな。ファンタジーものの常識だ」


そう言って魔石を笑いながら袋に入れる一真の横顔は、どこか少年のようだった。


そして、森の出口――ようやく光の筋が広がり、空が近づいてきたその時。


「また来たな、4度目のご挨拶か」


現れたのは、猿のようなモンスター。だが、その体毛には斑に鱗が混ざり、口からは長い牙が覗いている。瞳は濁りながらも狡猾で、鋭い威嚇音を上げていた。


「晶、少し下がっててくれ」


「はい。気をつけてくださいね」


晶の返事は落ち着いていた。以前ほど取り乱すことはない。それは、一真への信頼と、彼の“本物の強さ”を幾度も目にしてきたからだ。


猿型モンスターが地を蹴って跳びかかる。


一真は一歩踏み込み、腰を沈め、足腰のバネを使って前方に跳ね上がった。


「八極拳――鉄山靠ッ!」


背中と肩を槍のごとく突き出す突進技。咆哮と共に繰り出された一撃が猿の胴体に炸裂し、そのまま岩壁へと吹き飛ばす。


ゴン、と鈍い音が響き、猿型モンスターは事切れた。


一真は歩み寄ると、心臓付近に軽く手を当て、一瞬だけ封神拳を発動。


すっと光が走り、赤く鈍く光る魔石が取り出された。


「……何に使えるかは分からんけど、あるに越したことはないな」


晶が駆け寄ってくる。


「……燻製肉、食べますか?」


「いや、あの程度の戦闘じゃ腹は減らんよ。ありがとな、晶。さ、行こうか」


そしてついに、森を抜けた。


太陽が容赦なく降り注ぎ、目を細める。晶は手をかざし、一真も眩しそうに顔をしかめた。


「よし……村は、あっちの方角だ。行こうぜ、晶」


「はいっ。一真さん!」


二人は広がる草原へと一歩踏み出した。森の中と比べれば、風はやわらかく、鳥の声もどこかのどかだった。


日が傾き始めた頃、小さな打ち捨てられた小屋が目に入った。


「使わせてもらうか……ありがたくな」


朽ちかけた外装に反して、内部にはいくつかの有用な品が残されていた。


古びたフライパン、壊れかけの水桶、そして――


「服だ……! 一着ずつだけど、着られそうなのがある!」


長旅の疲れも忘れ、晶が目を輝かせる。


晶はいまだに日本で着ていた学生服のままだ。森では実用性に問題がなかったが、これから村へ入るにあたっては悪目立ちすること間違いなしだった。


「着替えられるだけでも大きいな……ありがたく、使わせてもらうとしよう」


さらに、調味料と思しきものも発見された。塩と胡椒に似た粒子。それを少量舐めて確かめ、使用可能と判断する。


「……先人に感謝だな」


そう言って、二人は焚き火を起こし、ロックスネークの燻製肉を調理した。


晶が古びたフライパンに肉を乗せ、丁寧に火を通していく。塩と胡椒の香りが立ち上り、一真が唾を飲み込む音が聞こえた。


「いくぞ……せーの!」


二人同時に、肉に齧りつく。


「……う、お……うっま……!」


「……おいしい……っ」


本格的な料理は、異世界に来て初めてだった。しかも味付けあり。たかが塩胡椒、それでも彼らにとっては十分すぎるご馳走だった。


満たされた胃と、木造の小屋の安心感。二人は、ひとつの毛布を敷き、横並びに眠りについた。


――翌朝。


「お? 起きたか、晶! おはようさん!」


一真が訓練を終えて、汗を拭きながら声をかけてくる。


「……おはようございます。もうそんな時間ですか?」


朝食には昨日のロックスネークの残り肉を炙って食べ、二人は小屋を後にした。


何気ない会話を交わしながら、ゆっくりと村へと歩く。


(……こんな穏やかな時間、久しぶりな気がする)


晶はそんなふうに思いながら、一真の背を見つめていた。


そのとき――


「スライム……?」


道の真ん中に、青白いゲル状の生物が揺れていた。


「来たか。怖がらなくて大丈夫だ。多分な」


一真がすっと構え、何の技もなく、ただ拳を叩き込む。


水風船のように破裂するスライム。大地にとろけるように崩れ落ち、残されたのは魔石ひとつ。


だがその魔石は、森で見たものよりも明らかにくすんでいた。


一真はそれを拾い上げて、独りごとのように呟く。


「……やっぱり、考えてた通りか」


「森の魔物が……普通じゃない?」


「そう。あの森は、モンスターの“質”が明らかに高い。つまり、避難所としては悪くない。……まあ、“それなり”に、だけどな」


一真は内心で思う。


この世界の人間の戦闘力がどれほどかは分からない。あの森の魔物に抵抗できる者も、きっと少なからず存在するだろう。


それでも、拠点としての“価値”は、変わらない。


「まずは、村で情報を集める。場合によっちゃ、森へ逆戻りだ」


「……はい。一真さんの判断、信じてますから」


晶の目には、もう迷いはなかった。


そうして、二人は再び歩き出す。


目指すは、まだ見ぬ“村”。


そして、この世界の真実――。

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