表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/124

第87撃:揺らぐ心、湖畔に映す影

晶は皆から見えないように、少し距離を取って服を脱ぎ始めた。

森の空気の冷たさに肩をすくめながらも、衣服を畳んで草の上に置くと、そのまま湖へと足を踏み入れる。


「冷たいけど……気持ちいいや」


肌を刺す水温に最初は息を呑んだが、やがて心地よさへと変わっていく。

湖の水で身を清めながら、晶は思わず胸の内で呟いた。


(ボク……どうしちゃったんだろ……。昔は女の子みたいな外見でからかわれて、それが本当に辛かったのに……。今は逆に、一真さんから“男の子”として扱われると……なんだか、胸がモヤモヤする……)


晶は濡れた髪を指で梳きながら、自らの身体を見下ろす。

そこにあるのは紛れもなく男性の身体。当たり前であるはずのその事実が、今日に限って妙に悲しく思えた。


ちらりと遠くを見る。焚き火を囲む三人の姿はぼんやりとしか見えないが、温かな雰囲気が漂ってくるのは分かった。


(やっぱり……紫音も柚葉も……一真さんのこと……)


そこまで考えた瞬間、晶は慌てて首を振る。


(やめよう……きっと疲れてるんだ。だから変なこと考えちゃってるんだ……)


その時、背後からか細い鳴き声が聞こえた。


「キュー……キュゥー……?」


振り向けば、心配そうにこちらを見つめるルナリスの姿があった。


「ルナリス……ボクのこと、心配してくれてるの?」


問いかけに、ルナリスは小さな体を擦り寄せながら鳴いた。


「キュウ、キュウ……」


晶は思わず微笑み、濡れた手でその水色の身体を優しく撫でる。

不思議な感じがした。

ルナリスとは今日出会ったばかりなのに、ずっと前から知っていたような…すっと前から可愛がっていたような…そんな感覚に襲われる。


「えへへ……ボクは大丈夫だよ。ちょっと変なこと考えちゃってただけ。ありがとうね、ルナリス」


「キュッ!」


ルナリスが強く鳴いた瞬間、湖面がきらめき始めた。

紫音や柚葉の時と同じように、水は透き通る光を帯び、宝石のように輝きながら晶の身体を包んでいく。


「わぁ……綺麗……。本当に、宝石みたい……。ルナリスって、すごいんだね」


浄化の光はすぐに収まり、晶の身体は澄んだ水と共に清められた。


晶はそれから少しだけ綺麗な湖を堪能した後、ルナリスを連れて湖を出た。

そこで晶はあることに気がつく。


「あ……タオル……どうしよう……」


身体を拭くものを持ってきていないことに思い至る。


「紫音と柚葉……どうやって拭いたんだろう……」


困り果てていると、不意に背後から声がかかった。


「晶、少し良いか?」


次の瞬間。


「キャァァァッ!!」


女の子のような悲鳴を上げた晶は、慌てて身体を掻き抱き、しゃがみ込んでしまう。


(見られた……!ボクの身体……一真さんに……!)


自分でも説明のつかない感情が胸を満たし、涙が溢れそうになる。


「あー……いきなりスマンな、晶。驚かせてしまった」


優しい声音がかかり、恐る恐る顔を上げると――一真は瞳を固く閉じたまま、片手にタオルを持って差し出していた。


「え……一真さん、これ……」


晶の声を聞いた一真は、瞳を閉じたまま説明を始める。


「まずはそのだ。お前の裸は見ていないから安心しろ。いくら同性とはいえ、年頃の子だからな」


彼は気配だけを頼りに迷いなく歩き、晶の傍らにしゃがみ込んだ。まるで目が見えているかのように。


「紫音と柚葉から聞いたんだが、二人は風魔法で身体を乾かしたそうだ。その事を失念していてな……悪いことをしたと思ってる。お前も困っているだろうと思って、俺のバッグに入れていた私物を持ってきた。洗ったまま使わなかったから、汚れてはいないはずだ。悪いが、これで我慢してくれないか?」


差し出されたタオルを両手で受け取り、晶は小さく礼を言う。


「あの……ありがとうございます、一真さん。それと……変な声出しちゃって、ごめんなさい……」


落ち込む声に、一真は笑いながら応えた。


「気にするな。俺も急すぎた。身体を拭いて服を着たら、焚き火のところまで戻って来い。紅茶を入れて待ってる」


そう言うと立ち上がり、焚き火へと戻っていく。その背に片手を振りながら。


晶はその姿を目で追い、やがて手にしたタオルを顔に近づけた。


「あ……一真さんの匂いがする……」


胸の奥から温かいものが込み上げてくるが、ハッとなって慌てて顔から離す。


「って!ボク……何やってるんだろ……!身体拭かなくちゃ……」


必死に自分を誤魔化しながら身体を拭きつつ、ふと頭をよぎった考えに心臓が跳ねる。


(もし……もしもボクが女の子だったら……一真さんは……ボクをどう思ってくれるんだろ……)


考えてしまった自分を否定するように、晶は頭を強く振った。


「ボク……何考えてるんだろ……ばかみたい……」


その様子を、ルナリスは心配そうに見上げ続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ