第84撃:湖の主、名を得る
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湖から顔を覗かせた主は、初めて見る三人を少々怖がっている様子を見せていた。だが、それ以上に一真に触れたいという欲求が勝ったのか、恐る恐る水面をかき分けて上がってくる。
「キュ! キュ!」
四枚のヒレを必死に動かしながら陸に上がった主は、真っ直ぐに一真へとすり寄っていった。
「キュー! キュー!」
「よーしよし、ちゃんと大人しく待っていたな。偉いぞ」
一真が優しく撫でると、主は気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らす。
その愛らしい仕草に、硬直していた三人の心が一気に解けていく。
「な、なんだそいつ……可愛い……」紫音がぽつりと呟き、
「かわいい……その――」晶が同意しかけた瞬間――
「キャーーーー!!かわいいーーー!!!何ですかっ!その子!!」
柚葉の突如跳ね上がったテンションに、主はビクリと震え、一真の背に隠れてしまった。
「キュ……キュゥ……」
「お、おい柚葉。気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着けって! な? あの子怖がっちゃってるぞ」
紫音が慌てて窘めるが、柚葉は頬を紅潮させ、反論する。
「落ち着けるわけないよ! あんなに可愛い子を目の前にして! ああ……ぬいぐるみが動いてるぅ……」
その様子に晶は目を丸くし、思わず呟いた。
「柚葉って……こんな一面があったんだ……」
「……ああ。あいつは無類の可愛いもの好きなんだよ。オレも好きだけどさ……あいつに比べればな」
紫音は半ば呆れ顔で肩を竦める。
その間にも、柚葉はしゃがみ込み、主へと手を差し伸べる。
「ほらほら~、こっちへおいで~?」
だが主は一真の影から顔だけをちょこんと覗かせるに留まり、警戒心を隠さない。
「キュ~……」
「ほらぁ~。あの子、怯えちゃったぞ」紫音がため息混じりに告げると、柚葉はしゅんと肩を落とす。
「だってぇ……」
そんなやり取りを無視して、紫音は一真へ問いかける。
「一真さん、その子は一体なんなんだ? すっげぇ可愛いけど、モンスターなのか?」
「いや、どうもモンスターというわけではないみたいだ。……コイツが言うには、この湖の主らしい」
「主? それに、コイツが言うって……?」
紫音の疑問を聞いた主は、一真の背後から身を乗り出し、どこか誇らしげに頷いた。
「キュ!」
晶が驚きに目を見開く。
「あれ? 一真さん、この子……今、紫音の言葉を理解したように見えましたけど?」
「ああ。どうやらこちらの言葉は理解できるらしい。生来の性質なのか、あるいは俺たちの自動翻訳が作用しているのかは分からんがな」
晶は興味を抑えきれず、そっと膝を折って主に声をかけた。
「ほら、ボク達は怖くないよ。おいで?」
その差し伸べられた手に、主はぱちくりと瞬きをすると、勢いよく近寄ってくる。
「キュ! キュ! キュー!」
「え? え? ええっ?」
驚く晶の胸に飛び込んだ主は、頬を擦り寄せて甘えるように鳴き声を上げた。
「キュイ! キュイ! キュゥゥ――」
「わ、わあっ……なんで、こんなに懐いてくれるの?」
尻もちをついた晶は困惑しながらも、優しく主を撫でてやる。
「晶くん……ズルい……」柚葉は頬を膨らませ、羨望の眼差しを向ける。
「そ、そんな事言われても……」晶は困った顔で返すが、紫音も首を傾げた。
「本当に何で晶にだけこんなに懐いてんだ? オレ達と同じく初対面なのに」
柚葉は我慢できずに近づき、晶にすがる主へと手を伸ばす。
「少しだけ……ちょっとだけでいいから撫でさせて?」
「……その言い方、危ない人みたいだぞ、柚葉」紫音がジト目で呟くが、柚葉は聞く耳を持たない。
差し伸べられた手に、主はもう怯えることなく、嬉しそうに頭を寄せてきた。
「キュ?」
「わあ……ほんとに触らせてくれる……」柚葉はそっと撫で、その感触に頬を緩める。主は目を細め、心地よさそうに鳴いた。
「キュ……キュゥゥゥ……」
その様子を見て紫音も近寄り、手を伸ばす。
「オ、オレも……」
主は紫音の手も素直に受け入れ、三人は夢中で撫で回す。
一真はそんな光景を眺めながら、内心で訝しむ。
(……どういうことだ? 晶を見た途端、警戒心が霧散した。単純に慣れただけでは説明がつかん落ち着きようだ。なぜ晶にだけ……?)
思索を断ち切ったのは、晶の声だった。
「一真さん、この子って名前あるんですか?」
「いや、俺も昨日の夜に出会ったばかりだからな。……そういえば、名前はつけてないな」
「なら、この子に名前をつけてあげましょうよ」
晶が主に向き直り、問いかける。
「君、名前……あるの?」
主は小さく首を横に振った。
「キュゥ……」
「ふむ、もともとの名前はないか。いつまでもコイツとかお前じゃ可哀想だしな。なら俺がつけてやるか」
一真は腕を組み、しばし考え――勢いよく手を打つ。
「……よし、恐竜みたいだから、ドラゴンポチ! これでどうだ!」
「ギュ!? キュッ! キュッ! キュッ!!」
主は全力で首を横に振り、嫌そうな雰囲気を隠さない。
「「「一真さんはダメ!」」」
三人の見事なハモりに、一真は一歩引いてたじろぐ。
「う、うぐっ……そんなに息ぴったりで否定しなくても……」
三人は顔を見合わせ、考えを巡らせる。そして晶が思いついたように口を開いた。
「えっと……『ルナリス』ってどうかな。月と虹をイメージして……湖に光が差し込むみたいだから」
「いいじゃん、それ!」紫音が即答し、
「うん! とっても似合ってると思う。ルナリスちゃん……可愛い」柚葉も賛同する。
「キュウ! キュウ!」
主も大きく頷き、喜びを示した。
晶は微笑みながらその頭を撫でる。
「じゃあ、君は今日からルナリス。いいかな?」
「キュウ――!」
その鳴き声は澄み渡り、森と湖に響き渡った。
……そしてその背後で、一真の未練がましい声が小さく落ちる。
「……ドラゴンポチ……」
誰も振り返らなかった。
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