第82撃:朝の鍛錬と食卓
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早朝。まだ薄明かりの差し込む拠点の広場に、張りのある声が響いた。
「はっ! ふっ! ぬん!」
紫音が目をこすりながらむくりと起き上がる。
「ん……なんだ?」
その問いに答えたのは、すでに身を起こしていた晶だった。
「ああ、これは一真さんが訓練してるの。朝の武術の鍛錬だよ」
柚葉が興味深そうに首を傾げ、晶へと問いかける。
「一真さん、毎朝訓練してるの?」
晶はにこりと微笑みながら、首を横に振った。
「ううん、毎朝ってわけじゃないかな。この世界に来てから色々あったし、忙しいときはできなかったみたい」
三人は顔を見合わせると、一真の邪魔をしないようにそっと広場へ向かう。
すると一真は、三人が起きてきた気配に気づいていたらしく、顔を向けず声だけで語りかけた。
「おお、三人ともおはよう。よく眠れたか? もう少しかかるが、待っててくれ」
その言葉に、晶は嬉しそうに頷いて答える。
「はい! 今のうちに朝食の準備を始めちゃいますねっ!」
駆け出すように準備に取り掛かる晶の背を見て、紫音がポツリと呟いた。
「なんか……新婚さんの奥さんみたいだな、晶」
その言葉が耳に届いたのか、晶は顔を真っ赤にしながら慌てて鍋や食材を並べ始める。
一真は型の稽古を続けていた。形意拳、八極拳、太極拳、心意六合拳。次々と繰り出される流れるような動きは、まるで舞のようであり、猛獣の咆哮のようでもあった。紫音と柚葉は息を呑み、無言でその動きを見つめる。
しばしの沈黙のあと、紫音が思わず漏らす。
「すげぇ……一真さんの動き、綺麗だ」
柚葉も感嘆を込めて続いた。
「私、武術のことはよく知らないけど……本当に美しい」
二人の素直な声に、一真は少々照れながらも手を止めず、動きを続けた。
やがて柚葉がハッと気づいたように声を上げる。
「いけない! 晶くんに朝食任せきり……手伝わなきゃ!」
「お、おう! オレも!」
紫音も慌てて続く。普段の言葉遣いからは家事をしなさそうに見える紫音だが、実は手際よく立ち回れる。二人は名残惜しそうに一真から目を離し、晶の隣へと駆け寄った。
しばらくして、型を終えた一真は息を整えながら三人のもとへ歩み寄る。
「ふぅ……準備を任せてしまって悪いな。どれ、たまには俺も手伝おうか」
だが晶がピシャリと声を上げた。
「だ、駄目です! これはボクたちがやりますから、一真さんは座って待っててください!」
思わぬ強い口調に一真は目を瞬かせる。
「いや、だが……いつも晶に任せきりだし、たまには俺も――」
その言葉を紫音と柚葉が遮った。
「いいから座ってろって、一真さん! オレたち三人で十分だからさ」
「そうですよ。一真さんはのんびりしててください。昨日も遅くまで起きてたみたいですし」
柚葉の指摘に一真は苦笑を浮かべる。どうやら夜に拠点を離れていたことを見抜かれていたらしい。
「やれやれ、まいったな……。じゃあ頼むよ」
一真が席に向かうのを見て、晶は小さく呟いた。
「ボクが一真さんにしてあげられるの……これくらいだもん。それすら出来なくなっちゃったら、ボク……」
それは一真に聞こえないほどの小声のつもりだったのだろう。だが、鍛えられた耳にははっきり届いていた。
(気にしなくていいんだがな……晶からすると気になるんだろう。なら、素直に甘えるさ。晶、紫音、柚葉)
程なくして三人が作った料理が運ばれてきた。昨日に続き、並んだのは和風仕立ての朝食だ。
「おお! 今日も和風だな! これは朝から豪勢だ」
一真が嬉しそうに声を上げると、紫音と柚葉が驚きの声を上げる。
「まさかこの世界に米があるなんて……異世界で和食って、オレ夢でも見てんのか?」
「ほんとうに……この世界で和食が食べられるなんて。味噌がないのが悔やまれるくらい」
一真は頷きつつ答える。
「もしかすると、地球から召喚された誰かが持ち込んだのかもな。勇者召喚の儀式で、両世界は部分的に繋がってるみたいだし」
そう言ってから、手を合わせるように促す。
「ま、そんなことより食べよう。せっかくお前たちが作ってくれたんだ。冷めちまったら勿体ない」
四人は丸太の椅子に腰を下ろし、声を揃えて「いただきます」と言った。
焼いた干し魚を口に入れた紫音が呻く。
「ん~~! 美味すぎるだろ……! まだそんなに経ってないはずなのに、もう何年も和食食べてなかった気がする」
柚葉も卵焼きを口にして微笑む。
「本当……すごく懐かしい味。美味しい……」
食事の間は、皆ほとんど言葉もなく夢中で箸を進めた。晶が用意した米の量に驚いていた紫音と柚葉も、一真の食べっぷりを見て納得するしかなかった。
やがて食後の紅茶を手に、柚葉がぽつりと呟く。
「それにしても晶くん、本当に料理上手だね。びっくりしちゃった」
「オレも驚いた。オレや柚葉も結構料理は得意な方だけど、晶はすげぇな」
紫音が感心したように言うと、晶は頬を赤く染める。
「そ、そんな……二人が手伝ってくれたおかげだよ」
そんな三人を笑顔で見守っていた一真が、頃合いを見て声を掛けた。
「さて、三人とも。この茶を飲み終わったら連れていきたい場所がある」
「場所……ですか?」晶が首を傾げる。
「ああ。きっと喜ぶと思うぞ。二重の意味でな」
その答えに三人の顔に疑問符が浮かぶ。一真はおどけるように笑い、立ち上がった。
「ま、行ってからのお楽しみだ。皆、飲み終わったな? よし、案内しよう」
そう言って手早く片付けを済ませると、四人は拠点を後にし、一真に導かれながら歩き出した。
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