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第78撃:焦燥と覚醒

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有難うございます!

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一真は必死に心拍や呼吸を整えようと試みるが、戦慄と動揺が邪魔をして、思うように身体を制御できなかった。

 漆黒の霧は再び緩やかに迫ってくる。その不気味な歩みは、じわじわと心を蝕むようだった。


 そんな一真を無言で見守る姫咲は、胸の奥で必死に叫んでいた。

(――一真! 冷静になって! 今のあなたなら倒せる……! 私が教えたことを、思い出して……!)


 喉まで出かかった声を押し殺しながらも、姫咲は衝動に駆られていた。今すぐ一真と敵の間に割って入り、自ら戦いたい――そんな欲求が胸を焼く。封神拳の心身制御術を修めた彼女にして、この場では冷静さを揺るがされるほどに。

 それほどまでに、姫咲にとって一真は大きな存在となっていたのである。


(もし、一真に万が一のことがあれば……私は……)

 その確信が、姫咲の心を凍らせる。

(いっそ私が倒してしまえばいいのかもしれない……。そして一真を破門にすれば…そうすれば一真は、普通の人生に戻れる……でも――)


 揺れる心を押し留めながらも、姫咲は必死に動きを抑え込んでいた。


 一方の一真は、ゆっくりと近づいてくる敵を前に、焦燥を覚える。

(くそっ……今の俺で、本当に勝てるのか……?)


 その焦りが、一真を危うい決断へと導いた。

(……あれを使って、短期決戦でいくしかない!)


 一真の体内で仙気が荒々しく膨れ上がる。燃え尽きる覚悟を込めて練り上げられた仙気が、全身を揺らす。


 姫咲の瞳が驚愕に見開かれる。

(この膨れ上がり方……まさか、一真……!)


 次の瞬間、一真の身体を濃蒼の光が包んだ。

「封神拳――修羅天躯!」


 その技は神甲天衣と対を成す強化術。仙気を纏って攻撃力を大幅に高める、禁断の力。効果は絶大だが、身体への反動もまた凄まじい。姫咲から「まだ使うな」と禁じられていたものだった。


 一真が地面を蹴る。木板が粉砕されるほどの踏み込み。

「うおおおおおおおおっ!!」


 裂帛の咆哮とともに、敵の目前へ一瞬で詰め寄り、拳を叩き込む。ただの力任せの一撃。それだけで敵の黒い霧は後方へ吹き飛び、木の壁を何枚も破壊し、寺の外へと突き抜けていった。


 ――しかし、その代償は重い。


 たった一撃、瞬間的な使用。にもかかわらず、一真の目は赤く充血し、鼻から血が垂れる。身体が完成していない彼には、あまりに過酷な力だった。


「はぁ……はぁ……ふぅ……」

 制御を試みても、荒れ狂う仙気は収まらない。


 その間に、敵は再び立ち上がり、戻ってきた。まだ動ける。


 一真の心にさらに危険な考えが芽生える。

(駄目か……! こうなりゃ、このまま臥竜崩拳で……一撃で仕留めるしか!)


 だが臥竜崩拳も、姫咲から固く禁じられた技。今の一真が使えば、確実に腕は砕け散るだろう。

 それでも冷静さを失った一真は、修羅天躯を維持したまま仙気を練り上げる。身体が軋みを上げて悲鳴を訴えていることすら、気づかない。

 

 目前へと敵が迫ってきた。一真は覚悟を決め、禁忌の技を発動しようとする。


「封神拳――臥竜……!」


 振り下ろそうとした瞬間――。


「一真! ダメ! 私はそんな戦い方は教えてない! 冷静になって!」


 姫咲の叫びが、突き刺さる。


 一真はハッと目を見開き、技を中止して距離を取る。同時に修羅天躯を解いた。


 次の瞬間。

「ぐっ……おおっ!?」

 全身に倦怠感と激痛、目眩が一気に押し寄せ、膝が崩れかける。必死に力を込めて倒れるのは防いだが、消耗は激しかった。


 頭を振り、封神拳の心身操作を施す。完璧には程遠いが、少しずつ痛みと疲労が引いていく。


(……俺はいったい、何をしようとしていたんだ……?)


 封神拳を学んで以来、姫咲との組手を除けば初めての実戦。それもかなりの強敵だ。そこで冷静さを欠いた自分を、一真はようやく理解する。


(……なんてこった。初戦とはいえ、我ながら無様すぎる……!)


 奥歯を噛みしめる一真に、姫咲の声が届いた。

「……一真。冷静になったようね。もう一度よく思い出しなさい。私との修行を。今のあなたが取るべき最善の戦い方を」


 その言葉を受けて、一真は己の中を探る。修羅天躯も臥竜崩拳も強力だ。だが今の自分に扱えるものではない。使えぬ技に縋る――それこそ未熟の極みだ。


 口角が歪む。自嘲の笑みが浮かぶ。

(……そうだ。俺は何を焦ってたんだ? 今の俺にできること。姫咲さんが叩き込んでくれた戦い方。それは……これだ)


 一真は大きく息を吸い込み、静かに吐き出した。

「すぅ……ふぅ……」


 仙気を練り、全身に行き渡らせる。爆発的な強化ではなく、封神拳の基本たる仙気の身体強化。呼吸が整い、少しずつ疲労が抜けていく。


 朝にあれほど食事をとったはずなのに、腹の虫が鳴きそうになり、思わず笑ってしまった。

(……姫咲さんが言った。今の俺なら倒せるって。なら、使えない技に頼らずとも――俺は勝てる!)


 一真の蒼い仙気が薄い膜のように全身を覆う。


「封神拳――神甲天衣」


 仙気による防御の極意。姫咲から繰り返し叩き込まれた技だ。今の一真にも、制御できる。


 蒼い光に包まれた一真の表情から、焦りが消えた。


いつも有難うございます。

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