第72撃:黒き霞の正体
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一真は背中に突如として現れた異質な気配を感じ取り、眉をひそめた。
(おかしい……確かに嫌な気配はあったが、コイツは間違いなく今、この瞬間に背後に現れた。何かのスキルか?魔法か? それとも、こういう性質を持つ生物か……?)
湖の主に視線を送ると、その子は怯えのあまり鳴き声すら上げられず、ただ震えているだけだった。まるで身体が硬直してしまったかのように、湖へ逃げ込むことすらできない。
(この怯え方……尋常じゃないな。それに、あの森のモンスターどもが逃げ出すほどの相手か……)
一真は深く静かに息を吐き、仙気を練り上げて身体強化を高める。
(状況は掴めていないが……やるしかあるまい!)
覚悟を決めると同時に、一真は振り返りざまに仙気を込めた蹴りを放つ。
「――封神拳・裂空脚ッ!」
圧縮された仙気が一真の足先から衝撃波となって奔る。純粋な破壊の一撃。並の相手ならば、これだけで粉砕され、そうでなくとも吹き飛ばされるはずだった。
だが――。
その蹴りは敵をすり抜け、空を裂いただけだった。
「なにっ!?」
一真の驚愕よりも早く、敵の攻撃が返ってきた。
ただ腕を無造作に横薙ぎに振っただけ――しかしそれは、雷鳴のごとき速さと威力を孕んでいた。
一真は咄嗟に腕でガードを取る。だが――
『メキメキッ!』
全身が軋む音とともに、そのまま木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされた。
「ぐっ――!」
一本、二本、三本……五本目の大木をへし折ってようやく勢いが収まり、地面を転がって止まる。常人ならば粉々になっていただろう衝撃だった。
一真はすぐに立ち上がり、敵を見据える。
――それは人の形をしていた。
しかし、それを人と呼んでいいのか、一真は迷った。全身を黒い霧のようなものに覆われ、禍々しい気配を放っている。
(封神拳で強化していなければ危なかったな……。だが、あれは何だ? 魔物か……?)
敵は一真を無視し、怯える湖の主へと歩みを進める。黒い霞のせいで表情は見えないが、その執拗な狙いは明らかだった。
「いかん!」
一真は瞬時に距離を詰め、主の前へと飛び込む。
敵は構うことなく、一真ごと叩き潰そうと腕を振り下ろす。
「――封神拳・神甲天衣!」
仙気が濃密な膜となって一真の全身を覆う。直後、轟音と共に振り下ろされた一撃が一真を襲った。
だが、今度は吹き飛ばされない。
無数の攻撃が続く。だがすべて、一真は神甲天衣で受け止める。自らの身を盾にして、湖の主を守りながら。
(裂空脚はすり抜けた……効かなかったんじゃない。実体がなかった……?)
一真は敵の気配を探る。すると奇妙なことに気づく。
(……下半身だけ、気配が違う……嫌な気配に混じって、別の……小さな気配がある! そこが核か!)
防御をさらに高めながら、一真は大きく踏み込む。
「――封神拳・臥竜崩拳!!」
仙気を纏った拳が、黒い霞の下半身を穿った。
次の瞬間――何かが砕け散る感触。
霧が弾け飛び、黒い霞は跡形もなく霧散した。
嫌な気配も嘘のように消え去る。
一真は警戒を解かずに気配を探った。拠点の晶、紫音、柚葉にも異常はない。そして湖の主も、怯えは残るが無傷だった。
「キュウ……キュー!」
主は震えながらも、一真の足に身を寄せてくる。
「よしよし、もう大丈夫だ」
一真はしゃがんで優しく撫でながら、最後に見えたものを思い返す。
(今の……間違いない。臥竜崩拳で砕ける直前に見えたもの……あれは、ただのゴブリン……?)
それはあまりにも異質で――あまりにもありふれた、弱き魔物の象徴だった。
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