第70撃:湖に棲むもの
また投稿が遅くなってしまいました。
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三人は大木の根元にある空洞に身を横たえ、しばらく言葉を交わしたものの、やがて静かな寝息を立て始めた。疲労が限界に達していたのだろう。特に紫音と柚葉は深い眠りに落ちている。
無理もない。この世界に来てすぐ、望まぬ戦いに駆り出され、ろくに食事も取れずにいたのだ。しかも今日、二人が相対したブレードブル――あの魔獣は、一真の見立てでも二人だけでは到底倒せなかったはずだ。決して弱いわけではない。だが、この迷いの森で合流するまで生き延びられたのは、ほとんど幸運によるものだろう。もしブレードブル以上の強敵に遭遇していたなら、命を落としていてもおかしくはなかった。
一真は食器を片づけ終えると、眠りに沈む三人を少し離れた場所から見守り、そっと声を落とした。
「……おつかれさん」
その小さな労いを残し、巨木を見上げる。
「さてと――」
そう呟いた瞬間、一真の気配はふっと消える。足場らしい突起も乏しい巨木の幹を、まるで影が滑るように音もなく登っていく。ある程度の高さに達すると、一真は呼吸を切り替えた。
――封神拳の呼吸法。
五感が鋭敏に研ぎ澄まされ、人の限界を超える。視覚、聴覚、嗅覚、そして気配を捉える感覚までもが跳ね上がり、森の全貌が手に取るように伝わってきた。
「……よし。近くに危険な魔獣の気配はないな。あとは、あの規模の川ならあると思うが……」
森を見渡しながら一真は独りごちる。すぐに視界に飛び込んできたのは、川を下った先に広がる湖だった。
「やはりあったか……河跡湖」
目的の場所を確認した一真は、音も立てずに地上へと降り立つ。再び気配を探って安全を確かめた後、小さく頷いた。
「……今のうちなら大丈夫だな」
そう呟き、拠点に眠る三人を気配で見守りながら、河跡湖へと駆け出す。封神拳を維持したままの疾走。晶を抱えて走った時よりも、さらに速い。ほどなく湖畔にたどり着いた。
湖周辺には、やはり魔獣の気配がいくつもあった。だが一真が警戒を続けている限り、襲ってくる様子はない。
「俺が見張っていれば問題あるまい。あとは……」
湖の水際に膝をつき、手で水をすくう。
三人に飲ませるならば煮沸は必須だが、実のところ一真の一人だけなら極端な話、煮沸すら不要なのである。何らかの寄生虫や毒性があったとしても、封神拳を使う一真なら、内臓機能や免疫すらも操作して、それらを無理やり無毒化出来る。封神拳を使う状態の一真は、人であって人ではない。
水の透明度は高く、澄んでいる。口に含むと、川の水以上に清らかで雑味がない。毒素も寄生虫も感じられない。
(……これなら三人にもそのまま飲ませられるな。水浴びも可能だ。だが、なぜここまで水質がいい?)
ただ清らかというだけではなかった。湖そのものが何かに護られているような、異質な澄み渡り方をしていた。
「異世界だから、俺の常識が通じないのか……それとも、この森…この湖自体に何かがあるのか?」
一真は封神拳による感覚をさらに深く湖に伸ばす。離れた場所で眠る三人の安全の確認は継続したまま。
実に器用な真似である。
魚のような生き物が数多く棲んでいるが、危険はない。さらに探ると、湖の中央、深い場所に何かの存在を捉えた。
(……いるな)
それは一真の存在に気づいている。だが敵意はなく、むしろ怯えに近い気配を漂わせていた。
(俺に……いや、この森そのものに怯えている?)
一真は警戒を解き、気配を柔らかく変質させる。言葉にせずとも、「自分は敵ではない」と伝えるために。封神拳の気を穏やかに送り続けると、湖の底に潜んでいた存在がゆっくりと浮上を始めた。
一真は刺激しないように、ただ静かに待つ。
やがて水面が揺れ、不思議な生き物が顔を出した。
大きさは中型犬ほど。姿はまるで水生恐竜を愛らしくデフォルメしたようで、淡い水色の肌をしている。言うなれば――「ぬいぐるみじみた小さなプレシオサウルス」といったところか。
つぶらな瞳にはまだ怯えが残っているが、そのまま一真を見つめ、首をかしげるようにして小さく鳴いた。
「……キュ?」
その愛らしい声は、夜の湖畔に静かに響いた。
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