第67撃:「最後の抱擁」
過去話が長くなってしまい、申し訳ありありません。
もう少しだけお付き合いくだされば、ワタクシ嬉しく思います。
一真は当時を思い出しながら語り始めた。
――その日、一真が病院に足を運び、叔母・綾女の病室に入ったときのこと。
白いシーツの上で静かに横たわっていた綾女は、一真の姿を確かめると、ゆっくりと身体を起こした。その動きは「やっと」という言葉が似合うほど、苦しげで、重たかった。自分の身体を起こすという、それだけの行為すら今の彼女には大きな負担なのだろう。
「叔母さん! 何やってるんだよ! 寝てなくちゃダメだろ!」
慌てて駆け寄る一真。その声には焦りと恐怖が滲んでいた。
そんな彼を見て、綾女は痩せこけた頬に微笑を浮かべた。
「一真、病院で走っちゃダメでしょ? まったく、この子は」
言葉は呆れたようでいて、その表情には確かな嬉しさが滲んでいた。
「叔母さん、横になってろって! 体に障る!」
必死に言葉を重ねる一真。しかし綾女は首を振り、穏やかな笑顔を向けてくる。
「まったく、あなたったら……こんな場所に来ないで、もっと自分のために時間を使いなさい」
言葉とは裏腹に、頬は綻び、目尻は柔らかく下がっていた。その笑顔は、息子を迎える母のようだった。
「叔母さん……お願いだから、横になって……。自分の身体を、大切にしてくれよ……」
一真の声は泣き出しそうに震えていた。
綾女はその様子を見つめ、笑顔を少し陰らせる。
「……ごめんね、一真。心配をかけちゃって。でも、あなたに話しておきたいことがあるの」
そう言って、病衣のポケットから一通の封筒を取り出し、一真へ差し出した。
戸惑いながら受け取った一真は、宛名に目を落とす。そこには見知らぬ名前が記されていた。
『月城姫咲様』
「……これは?」
声がかすれる。
綾女は小さく咳き込み、息を整えてから答えた。
「その手紙はね、私の昔からの親友に宛てたもの。あなたのことを頼むように書いてあるの」
「なに……言ってるんだよ、叔母さん……?」
綾女は答えず、今度は小さなメモ帳を取り出し、一真に手渡した。
「このメモ帳に姫咲の特徴や、今いる場所を書いておいたわ。少し前に、日本にいるって連絡があったから……会おうと思えば会えるはず。その手紙を渡して、私の甥だって伝えれば、きっと――」
「だから何の話だよ! 何でこんなこと……っ!」
一真の叫びが、綾女の声をかき消した。
綾女は悲しげに、それでも優しい笑顔を浮かべた。
「私がいなくなった後……あなたに一つでも多くの選択肢を用意してあげたいの。姫咲に会うも会わないも、一真の自由。他に進みたい道があるなら、それでいい」
「いなくなるって……なんだよ……? なに馬鹿なこと言ってるんだ? ちゃんと病気を治して、これからも俺と一緒に暮らせばいいじゃねぇか!」
恐怖が言葉を震わせる。数年前、家族を失った時の絶望が蘇り、胸を締め付ける。
綾女は深く微笑み、首を横に振った。
「あなたも先生から聞いてるでしょ? 私の病気は治らない。私はもう……あなたのそばにいてあげられない」
その一言は、一真の心に鋭い刃となって突き刺さった。
「叔母さんも……俺を一人にするのか……? 嫌だ……嫌だよ……もう置いていかれるのはイヤだ……っ!」
涙が堰を切ったように溢れ、声が嗚咽に震える。数年前に壊れそうな自分を救い上げ、家族として愛してくれたもう一人の「母」を、今再び失ってしまうのか。
崩れ落ちそうになる一真を、綾女は弱々しくも抱きしめた。ベッドから身を乗り出すその力は、今にも途切れそうなほどか細い。それでも一真を支えようと、全身を懸けて抱き締めていた。
その温もりに、一真の心は決壊する。
「おば……さん……いやだ……置いて……いかないで……おふ……くろ……っ!」
絞り出すような声。嗚咽混じりの言葉。
綾女はその言葉を聞き、瞳を潤ませながらも優しい笑顔を浮かべ、一真を抱きしめる腕に力を込めた。もはや余力など残されていないはずなのに、それでも必死に――。
「まったく……この子ったら、しょうがない子。あなたのお母さんは、義姉さんだけだって言ったでしょ? ……でも、嬉しい……すっごく、嬉しいわ……私の、大切な…かずま……っ!」
次の瞬間、激しい咳に襲われ、綾女の身体は力を失ってベッドへと崩れ落ちた。
命の灯火は、いまにも消えようとしていた。
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