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第62撃:「悪夢の始まり」

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「静子! そのまま一真を守って逃げろ! 俺が活路を開く!」

 お父さんの声が、耳をつんざくほど強く響いた。その顔は今まで見たことのないほど険しい。


「あなた!……っ! 一真、いらっしゃい!」

 お母さんが必死に俺の手を引く。視界の端では、お父さんが黒尽くめの男たちへ勇猛果敢に飛び込んでいくのが見えた。


「お父さん!」

「一真! 母さんと逃げろ!」


 振り返った一瞬、父は敵を次々と薙ぎ倒し、獅子奮迅の戦いをみせる。しかし残りの黒尽くめの数が多く、手が回りきらない。黒尽くめが俺と母さんの退路を塞ぐ。


 母さんが一歩前に出た。

「一真、後ろに!」

 構えを取った母さんの動きは流れるようにしなやかで――次の瞬間、太極拳の一撃が黒尽くめの一人を地に沈めた。


 だがもう一人が銃を構えていた。黒い銃口が、まっすぐに俺を狙っている。


(あ、俺……殺される?)


 頭の中が真っ白になる。足も腕も動かない。現実感が霧散していく。


「一真!!!」


 母さんが叫び、俺を抱きしめて覆い隠す。その温もりを感じた次の瞬間――。


 パァン! パァン! パァン!


 銃声が三度響くたびに、母さんの身体が大きく震えた。頬にぽたりと落ちてきたのは、温かい液体。指で拭うと、それは真っ赤だった。


「お母さん……?」


 母さんの唇から赤い血が零れ落ち、喉を震わせながら言葉を絞り出す。

「一真……最後まで守ってあげられなくて……ごめんね……お願いだから、生きて……愛してるわ……私達の……一真……」


 力なく、母さんは俺の腕の中で崩れ落ちた。


「……? お母さん? ねぇ……起きてよ……逃げないと……」

 必死に呼びかけても、母さんは動かない。理解できない。何が起きているんだ……?


 銃を構えた黒尽くめが、再び俺に狙いを定める。


(あ……俺もここで……)


 そう思った刹那、雷鳴のような怒声が轟いた。

「俺達の子どもに……何をする!!!」


 父が駆け込み、その男を叩き伏せた。黒尽くめは二度と動かなかった。


「一真……怪我はないな……よかった……」

 父が安堵の笑みを浮かべた次の瞬間、膝をついた。服は赤黒く染まり、血が滲み出している。


「嘘だ……お父さん……」


 俺を抱きしめる父の身体も、温かい液体で濡れていた。


「一真……一人にしてゴメンな……ずっと側にいてやれなくて……ゴメンな……」

 父は血を吐きながらも、懸命に言葉を紡いだ。

「強くなれ……困ってる人、つらい思いをしている人、助けを求めている人を守れるくらいに……強く……」

 その声が震える。

「何よりも、自分自身に負けないように……強くなるんだ……愛してるぞ……一真……」


 父はそう言い残し、俺の腕の中で静かに力を失った。


(……これは、夢だ。俺は寝てしまって、悪夢を見ているんだ。この店、退屈だったし……だから早く目を覚まさないと……)


 そう願っても、目は覚めなかった。


 気がつくと、現地の警察か特殊部隊らしき者たちが黒尽くめを制圧していた。誰かが通報したのだろう。もう大丈夫なはずなのに……俺は悪夢から抜け出せなかった。



「……それからは、悪夢がずっと続いているような感覚だったよ」

 一真が淡々と語る。その声に、晶、紫音、柚葉の三人は言葉を失っていた。


「地元警察に保護されて、通訳付きで事情聴取をされた。その後は在フィリピン日本国大使館に連絡がいって、領事事務所の職員が来てな……何やら色々手続きをしてくれたのは覚えている」


 そこで一真は少し言葉を区切り、三人を見回した。

「どうも俺は、事件の際にパスポートを無くしていたらしい。親に預けていたからな。そこで領事館が渡航証明書を発行してくれて、どうにか帰国出来ることになった。でも未成年だったから、一人じゃ飛行機に乗れなくてな。アナカン・サービスっていうのを航空会社が手配してくれて……なんとか日本に帰れたんだ」


 一真は苦笑して肩をすくめる。

「やはり嫌な気分にさせてしまったか? スマンな」


 三人は泣きそうな顔で首を振った。

「嫌な気持ちになんて……なってません……」晶がかすれた声で言う。

「オレ……上手く言えないけど……嫌だなんて思わない」紫音が唇を噛みしめながら答えた。

 柚葉も涙をこらえて言葉を絞る。

「一真さんこそ……話してくださって、辛くなかったんですか?」


 一真は少しだけ柔らかな笑顔を見せた。

「ああ、もうだいぶ前の話だしな。叔母さんと姫咲さんのお陰で立ち直れた。ありがとうな。……続きを聞いてくれるか?」


 三人は声を揃えた。

「聞かせてください」


 その声には涙が滲んでいたが、確かな力強さがあった。


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