第59撃:過去の記憶の扉
今回は少し短めです。
これから一真の過去の話となります。
退屈に感じてしまう方がいましたら、申し訳ありません。
少しの沈黙の後、柚葉が口を開いた。
「では次は……姫咲さんとの出会いを教えてもらえますか?」
その言葉に重ねるように、紫音が勢いよく続ける。
「っていうよりさ、一真さんの昔が気になる!姫咲さんに出会うまでの。 ねぇ、教えてよ」
無邪気とも真剣ともつかぬ調子で迫られると、一真は困ったように笑みを浮かべ、三人の顔を順に見渡した。
柚葉も晶も、声には出さないものの、その表情は「知りたい」と雄弁に語っている。
「まいったな……俺の過去なんて聞いても、面白いもんじゃないぞ?」
苦笑混じりにそう答えると、晶が慌てたように口を挟んだ。
「あ、話したくないことなら無理にとは……」
遠慮がちに視線を伏せる晶。その姿に一真は首を横に振る。
「いや、話したくないってわけじゃない。ただ……聞いて楽しいもんでもないからな」
少し考えてから、ふっと息を吐く。
「そうだな。改めて自己紹介代わりに、少し昔のことを話しておこうか。ただし、気分のいい話じゃない。嫌だと思ったら遠慮なくそう言ってくれ」
三人は顔を見合わせ、そろって静かに頷いた。
「じゃあ……食事を続けながら、気楽に聞いてくれ」
その言葉を合図に、三人は再び手を動かす。
ブレードブルの肉は、表面が香ばしく焼き上がり、じゅわりと溢れる肉汁に塩と胡椒の香りが絡んだ。
脂の甘みと赤身の旨味が調和した上質な味わい。
噛むたびに、肉そのものの力強い味が口いっぱいに広がっていく。
その様子を確認し、一真は一つ頷いた。
「さて、どこから話すか……」
少し迷う素振りを見せてから、低い声で語り始める。
「俺の家族は、両親と父方の祖父母、合わせて五人だった。家庭自体は、特に変わったところのない、ごく普通の家族だったと思う。……まあ、強いて言うなら、家族全員が何らかの武術を嗜んでいた、ってくらいかな」
「へぇ……」と晶が目を丸くする。
「ご家族の構成は、ボクと同じだったんですね」
続いて紫音が、肉を頬張りながら口を開いた。
「いや、それ十分珍しいと思うぞ。オレの家も剣道道場やってたけど、剣道やってたのは父さんとオレだけだったし」
一真は肩を竦めて苦笑する。
「そうかもしれんな。で、俺も親父に形意拳を習っていたわけだ。とはいえ、当時は軽く嗜む程度でな」
「じゃあ、昔っから今みたいに強かったわけじゃないんだなー」
紫音が感想めいた声を漏らす。
「それはそうさ。むしろ、格闘技にはあまり興味はなかった方だ」
「今の一真さんからは想像できませんね」
柚葉が少し首を傾げるようにして言う。
すると、晶が真剣な表情で尋ねた。
「じゃあ……一真さんが武術に興味を持ったのは、いつ頃なんですか?」
その問いに、一真は一瞬だけ目を細め、焚き火を見つめた。
「興味、って言っていいのかは分からないが……本格的に学び始めたのは、叔母の影響だな」
「叔母さん?」
紫音が首をかしげる。
「へぇ、叔母さんも武術やってたんだ。どうしてお父さんじゃなくて、叔母さんから?」
一真は少し気まずそうに笑い、そしてゆっくりと言葉を落とした。
「……“習えなくなった”というのが、正確な表現かな。俺が今のお前たちより少し若い頃に――家族とは、死に別れたんだ」
「……え?」
三人の声が重なった。
空気が一瞬にして張りつめ、焚き火が爆ぜる乾いた音だけが、夜の森に響いた。
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