第52撃:森に灯る小さな絆
これにて紫音&柚葉パートは終わりになります。
当初の予定より、かなり長くなってしまいました。
最初は3~4話で終わるはずだったのですが……。
ワタクシ反省です。
紫音が苦しげに咳き込み、喉を震わせる。
「ぐっ! ゴホッ、ゲホッ……くぁ……!」
肺の奥から吐き出される苦悶の声に、柚葉は顔を引きつらせながら駆け寄った。
正面では巨大な猪――バロックボアが鼻息を荒げ、土を削る音を響かせる。鉤爪が地を蹴りつけるたび、大地が揺れるような錯覚を感じる。今にも再突進を仕掛けようとしている。
「紫音!」
柚葉は走りながら詠唱を始める。猪の目は血走り、標的を紫音に定めていた。
突進と同時、柚葉の魔法が完成する。
「ロックウォール!」
大地を割って数枚の岩壁が立ち上がる。直後、猪は唸りを上げて突っ込み、壁に激突した。轟音が森に響き渡る。壁は悲鳴のような音を立てながらも、辛うじて耐えている。
バロックボアに、壁を避けて進むという知能が無いのが、幸いした。
「紫音、これを!」
柚葉は震える手でミドルポーションを瓶ごと差し出す。
苦痛に歪んだ紫音は、必死にそれを飲み下した。瞬間、折れていた肋骨がメキメキと音を立てて修復されていく。痛みとも痒みとも似た感覚に呻き声が漏れる。
「んっ……く、ああっ……!」
だが効果は絶大だった。紫音の表情に生気が戻る。深く息を吐き、柚葉に頷く。
「はぁ……。大丈夫だ。助かった、柚葉」
安心する暇もなく、岩壁は残り一枚。亀裂が走り、崩壊は目前。
二人は立ち上がり、体制を立て直す。
「柚葉、あいつが突っ込んできたら……一瞬でいい、視界を奪えないか?」
「一瞬でいいのね?やってみる!」
柚葉は即座に詠唱を開始した。猪は最後の壁を粉砕し、怒号を上げて突進する。森の空気を震わせるその質量に、全身の毛穴が総立ちになる。
「紫音!目を隠して!」
柚葉の叫びに反射的に従い、紫音は手で目を覆う。直後、彼女の魔法が放たれた。
「――ライトモーメント!」
閃光。夕闇の森が昼間のように白く照らし出される。猪は悲鳴を上げ、標的を見失い混乱する。
紫音は瞬時に目を開け、渾身の力で剣を振るった。狙うは先程刻んだ傷口。
「これでもくらえぇぇぇぇっ!」
刃は肉を裂き、骨を砕き、内臓に届く。二重の強化魔法と猪の突進の勢いが重なり、凄絶な一撃となった。
「ブギィィィィ――!」
断末魔を上げた猪は、血を噴きながら崩れ落ちた。
柚葉が駆け寄る。
「紫音!」
「……やった。どうにか倒せたな。柚葉の魔法のおかげだ」
「違うよ。紫音が頑張ったから!」
互いに笑い合い――しかしすぐに表情は引き締まる。
「早くここを離れよう。強い光と音を立てちゃったから、他のモンスターが来るかも」
「そうだな。その前に……」
紫音は猪の死体に剣を突き立て、肉を切り出し始める。
「食えるかどうかはわからないけど……持っていこう。先は長いしな」
「……そうだね。他のモンスターが匂いに釣られる前に急ごう」
道中二人は、運良く川を見つけ、肉の血抜きをして水を補給した。だが安全は保証されない。
「……この水も、この肉も……本当に大丈夫なのかな」
「わかんない…。けど飢えるよりはましだ」
空はすでに夜の帳に包まれつつあった。疲労と空腹に苛まれながらも、歩を進める二人。互いに冗談を交わすことで、不安を誤魔化していた。
「……お風呂、入りたいな……せめて水浴びだけでも……」
「言うなよ……オレだって入りたいけど……考えないようにしてたのに……」
二人は同時にため息をつき、苦笑する。
暗闇に包まれた森を、警戒しながら進む紫音と柚葉。
ただでさえ疲弊している二人の心身を、森の闇が追い打ちをかける。
やがて二人は、月光に照らされた広場に辿り着いた。そこには見上げるほどの大樹が一本、天を突いてそびえていた。
「……すげぇ……」
「おっきい……こんな木、初めて見た……」
根元には人が5人は寝られるほどの大きな洞が口を開けていた。柚葉が指差す。
「あそこなら……休めるんじゃない?」
「ああ。他に選択肢も、そして時間もないしな」
二人はその中へ身を寄せ合い、力尽きるように眠りについた。火を起こす余力もなく、煮沸もしていない水で喉を潤すだけで。
だがそれは無理もないことなのだろう。二人がこの僅かな期間で経験したことを思えば。
――二人は知らない。そこはかつて、一真と晶が拠点とした場所だったことを。
それは偶然か、必然か。
疲れ切った二人にとって、あまりにも大きな幸運だった。
闇に溶けるように、静かな寝息が木の洞に満ちていく。
次の日から、二人の生き残りを賭けた生活が始まる。
そして近い未来、一真、晶、紫音、柚葉。四人の運命は交わり始める。
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