第5撃:使い潰される勇者たち
語り部ミミズクです。
申し訳ありません!だいぶ遅れてしまいました。
ワタクシ、反省です。
『月下に契る』が無事に書き終わりましたので、これからはこちらも少しずつ、更新していけたらと思います。
何卒、よろしくお願いいたします。
場所はエルサリオン王国の王城。
時は、草薙一真と水無瀬晶が“追放”されて間もない頃に遡る。
広間では、未だ熱狂の余韻が渦巻いていた。
異世界に召喚された日本の高校生たちは、自分に付与されたスキルに歓喜し、興奮し、まるでゲームの世界に足を踏み入れたかのように目を輝かせていた。
【剣王の資質】【雷の使い手】【瞬歩】【天眼】【神速詠唱】――
地球では到底あり得ない力を手に入れた十代の少年少女たちが、浮かれるのも無理はない。
しかし、その中にあって、二人だけは周囲の熱に呑まれず、静かに事態を見つめていた。
一人は、天城紫音。
肩まである黒髪を一つに束ね、長身でスラリとした肢体を持つ剣士タイプの少女。
スキルは【剣術適性】。レア度は中といったところだが、もともと日本で剣道を学んでいた紫音にとっては、しっくりくる能力だった。
男のような口調とサバサバした性格から、誤解されることも多いが、実は非常に面倒見がよく、冷静で思慮深い。中級勇者として区分されてはいるが、スキルに驕ることなく現状を見極めようとしていた。
そしてもう一人は、千歳柚葉。
小柄で、やわらかい印象を持つ、優しい目をした少女。
スキルは【攻撃魔法適性】と【補助魔法適性】。こちらも決して派手ではないが、汎用性の高さゆえに中級勇者に分類されていた。
本人は【治癒魔法】を欲していたようだが、適性がなかったことに少しだけ肩を落としていた。
紫音と柚葉。
正反対のような二人だが、とても仲が良く、互いに信頼し合っている。
そんな二人が、今――誰よりも早く、この国に対しての“違和感”に気づいていた。
「なぁ柚葉……オレ、この国……っていうか、こいつら嫌いだ」
紫音がぼそりと呟く。周囲に聞こえないように、声を抑えて。
柚葉はすぐに頷いた。
「……うん。なんだか、苦手……。笑ってるけど……あの人たち、目が……怖い」
王族や家臣たちが、自分たち――“勇者”たちを見つめる眼差し。
それは、まるで家畜か、兵器か。あるいは、消耗品を選別する目に近かった。
「なあ柚葉、ちょっとトイレ行こうぜ。息が詰まりそうだ」
「……うん、行こう」
二人は兵士に声をかけ、トイレの場所を尋ねた。
……それだけのことなのに、兵士たちの態度に微妙な緊張が走る。
「そこの廊下をまっすぐ。……ただし、余計な場所には入るな。これは忠告だ」
その目に浮かんでいたのは、明らかな“警戒”。
紫音と柚葉の間に、再び冷たい共感が走る。
(……やっぱり、なにかある)
トイレに向かうふりをして、二人は人気の少ない廊下をゆっくりと歩いた。
どこか冷えた石造りの廊下。耳をすませば、微かな声が聞こえてくる。
立ち止まると、その声は、すぐ傍の扉の向こうから聞こえていた。
どうやら兵士たちの詰め所のようだ。
「今回の勇者召喚、どうだったんだ? 使えそうなやつ、いたのか?」
「何人かはな。ガキども、大はしゃぎだったぜ。まるでお遊びかなんかのノリでよ」
「はっ、異世界のガキなんてそんなもんだろ。ちょっと力与えれば、すぐ思い上がる。こっちとしては扱いやすくて助かるわ」
紫音と柚葉は顔を見合わせる。息を殺す。
「……で、“例の力の持ち主”はいたのか?」
「いや、今回も見つかってねぇ。治癒能力持ちなんて、本当に存在すんのかよ」
「王女様は“いる”って言ってたらしいがな。まあ、俺たち下っ端には関係ねぇ」
「そうだな。お偉方の考えは理解できん。俺たちは、命令された通りに動くだけだ」
「さて、今回の“勇者様”たちは、何人生き残るかな?」
「さあな。上級勇者に認定されたやつらは、戦争で使えるだろうが……中級以下はどうせ、適当に使い潰して“廃棄”だ。いつものことだよ」
背筋が、凍りついた。
紫音と柚葉は、全身の血の気が引くのを感じた。
(使い潰す……? “廃棄”……?)
それは冗談や比喩ではなかった。
この国の人間たちは、召喚された勇者たちを、文字通り“モノ”として見ている。
そのとき、紫音は確信した。
王族も、家臣も、兵士も……最初から、彼らの命に対して、何の敬意も抱いていない。
「……柚葉。やばい。ここ、マジでやべぇ国だ」
「……うん。聞いてよかった。けど……怖い」
「とりあえず、今は……“従順なフリ”をしておくしかないな」
柚葉は小さく頷いた。
二人は、元の広間へとゆっくり引き返す。
無邪気にスキルを見せ合い、はしゃぐクラスメートたちの中へ。
まるで処刑台へ向かう列に、自ら並ぶような感覚だった。
――だからこそ、あのとき、一真と晶が“追放”されたのは、むしろ幸運だったのではないか。
紫音はそう、心の底で思っていた。
(あのおじさん……あの人の目だけは、違ってた)
(この状況を、あの人なら――)
そんな思いを胸に、紫音と柚葉は静かに視線を交わした。
すでに彼女たちは、戦う覚悟を、心に宿し始めていたのかもしれない。