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第44撃:《正気の断片》

紫音と柚葉は、深い眠りの底にいた。

緊張と恐怖、そして胃をえぐる空腹が何度も彼女らを浅い眠りから引き戻していたが、それでもいつの間にか意識を手放していた。


目覚めたのは翌早朝。まだ陽は昇りきらず、外は夜の名残を抱いたまま薄闇に沈んでいる。

空腹と喉の渇きが、鈍い痛みとなって身体を責め立てる。

しかし、エルサリオンの食べ物や水を口にするわけにはいかなかった。ヴァルドランの忠告が頭から離れない。


紫音が低く呼びかける。

「……柚葉、みんなを説得しに行こう」


柚葉は頷き、同じ決意を返す。

「うん。もしかしたら、正気に戻ってくれる人がいるかもしれない。このままだと、みんな……殺されちゃう」


二人は頷き合い、音を殺してドアをわずかに開ける。兵士の姿は見えない。

おそらく、既に洗脳が済んだ者たちに、厳重な警戒は不要だと侮っているのだろう。


二人は残るクラスメイトたちの部屋を回り、一人ひとり声をかけた。

だが返ってくるのは冷ややかな拒絶ばかりだった。


「こんな朝っぱらから何かと思えば……くだらねぇことで起こすんじゃねぇよ。昨日の戦いで疲れてるんだ」

「まだそんなこと言ってるの? 中級勇者は大変ね。私みたいな上級勇者は、死ぬ心配なんてないのよ」

「洗脳? 馬鹿じゃねぇの? やられた奴らは弱かったからだろ。あいつらも盾になれて喜んでるさ」


誰一人、まともに耳を傾けてくれない。

ヴァルドランの言葉が蘇る――一度深く洗脳されれば、もはや抗えない。


二人は廊下で再び合流し、重い足取りで部屋へ戻ろうとした。

そのとき、背後から声が落ちてきた。


「……そなた達」


瞬間、二人の身体が硬直し、反射的に振り返る。

(しまった、油断した!)

紫音の心に後悔が走る。


そこに立っていたのは、エルサリオン国王――バルト・エルサリオンその人だった。


「お……うさま……」

柚葉が呟くように漏らす。

よりにもよって、国王に見られた。


だが、バルトは兵を呼ぶことも、叱責することもなかった。

その瞳には、穏やかな優しさと、深い悲しみ、そして拭えぬ後悔が滲んでいた。


「紫音殿に……柚葉殿、であったな。まずは詫びよう。不甲斐ない王で……すまない」


唐突な謝罪に、二人は拍子抜けし、警戒が少しだけ緩む。

バルトはさらに口を開いた。


「そなた達の友のこと……詫びても詫びきれぬ」


その姿は、召喚の儀で玉座に座っていた威圧的な王とは別人のようだった。


紫音は思わず問いかける。

「王様……王様は、正気なのか?……なんですか?」


バルトはかすかに笑みを浮かべる。

「普段通りで構わぬ……正気、とは言えぬな。あの女の呪縛は、余を縛ったままだ」

そう言って、寂しげに視線を落とした。


「だが、たまに……洗脳が弱まる時がある。今が……その時なのだろう」


柚葉が眉を寄せ、躊躇いながらも尋ねる。

「どうして……陛下は正気を? ある人から聞きました。一度洗脳を受けたら、術者が自ら解くか、死ぬしか解除はできないって」


バルトは静かに頷いた。

「エルサリオンの王族は、初代召喚勇者の末裔なのだ。そなた達と同じ、地球からこの聖魔人界エルフェリアへと呼ばれた者だ」


紫音の目が見開かれる。

「……オレたちと同じ……。でも、それが何の理由に?」


バルトはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「我ら王族は、初代勇者の加護を受け継いでいる。弱まってはいるがな。初代勇者が二柱の神――創世神アルサリウスと生命の女神エルフェリーナによって召喚された時に授けられた加護だ」


柚葉が思わず問い返す。

「……加護、ですか?」


「うむ。肉体や精神を守護し、戦う力を与える加護。邪神《世界食い》ゼルグノスと戦うための力だ」


その名が空気を震わせ、二人の背筋に冷たいものが走る。

紫音と柚葉は、今、自分たちがとてつもなく重大な話を聞いていることを悟り、固く唾を飲み込んだ。



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