第43撃:《疑いの眼差し》
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紫音と柚葉、そして残ったクラスメイトの十名は、転移陣を通ってエルサリオンへと帰還した。
転移陣が設置された地下室は、無機質な石壁と石床に囲まれ、ひやりとした空気が肌を刺す。戦場の熱気を経た身体には、その冷たさが一層骨身に染みた。
紫音と柚葉が転移陣から一歩踏み出そうとした瞬間、そこに立っていたのは――ファレナ王女の姿をしたセレフィーネだった。
端正な顔に微笑を浮かべ、柔らかな声で言葉を紡ぐ。
「まあ……紫音様に柚葉様。お二人とも無事だったのですね? 本当に……よかったです」
その口元は笑っていたが、瞳は笑っていなかった。薄紅色の瞳が、二人の奥底まで射抜くように見つめてくる。
ヴァルドランの忠告が脳裏に蘇り、二人の背筋を冷たいものが走った。
「皆様の健闘を称え、我が国のために命を賭してくださった皆様のために――盛大な宴を催します。ぜひ……ご参加くださいね?」
その声と同時に、瞳の奥で怪しげな光が揺らめいた。
紫音は反射的に視線を逸らし、乾いた笑みを浮かべる。
「ああ……ありがとう。でも、オレたちは疲れていて……悪いけど休ませてもらうよ」
一瞬、間が空く。
セレフィーネの笑みがほんのわずかに固まり、次の瞬間には再び柔らかく整えられた。
「まあ……そうでございましたか。お気づかいできず申し訳ありません……では、柚葉様はご参加くださいますよね?」
視線が柚葉に向けられる。その光は、まるで拒否を許さぬ圧のようだった。
しかし柚葉も怯まず、静かに首を振る。
「申し訳ありません。私も……今日は休ませてもらいます」
セレフィーネは目を細め、低く吐息を漏らした。
「……そうですか。残念です。では――料理だけでもお部屋にお届けいたしましょう。どうか、お口に合いますように」
その声は甘く、それでいて鋭い棘を含んでいた。
二人はわずかに引きつった笑顔で答える。
「ああ、ありがとう」
「感謝……します。あとでいただきますね」
逃げるように階段を駆け上がり、自分達に割り振られた部屋へと戻る。
扉を閉めた瞬間、張り詰めていた神経が一気に弛み、二人はベッドに腰を下ろした。
「……セレフィーネ……だったよね。あの目……絶対に私たちを疑ってる」
「ああ。間違いない。オレたちを警戒してる」
しばし、重苦しい沈黙。
柚葉がぽつりと問う。
「ねえ、紫音……何で私たちだけ、洗脳が効かなかったんだろう?」
紫音は答えられず、唇を噛む。もし洗脳されていたら――自分たちも他の仲間と同じ運命を辿っていた。
中級勇者である二人は、特別強いわけでもない。生き残っている他の十名はほとんどが上級勇者だ。今ここに生きているのは、洗脳されずに、二人で協力したからに他ならないだろう。
紫音の肩が小さく震え始める。それを感じ取った柚葉は、そっと背に手を添えた。
「紫音……あの時、ヴァルドランさんと戦った時、守ってくれてありがとう。紫音がいなかったら、きっと私は……」
紫音は無理に笑い、首を振る。
「はは……ヴァルドランさんが手加減してくれてたからさ。でも……柚葉が無事で、本当に……よかった」
二人は自然と手を握り合い、互いの温もりを確かめる。震えが止まるまで、ただ静かに。
やがて疲労に抗えず、泥のような眠りに落ちていった。
――コン、コン。
どれほどの時間が経ったのか、硬質な音が眠りを破る。窓の外はすでに闇。
再び、こんどは乱暴に扉が叩かれた。
紫音が警戒しながら開けると、大きなトレイを抱えたエルサリオン兵が立っていた。
兵は苛立ちを隠そうともせず、吐き捨てる。
「ふん……せっかくの宴を……たいした勇者様だ」
そして乱暴にトレイを押し付ける。
「ファレナ王女様からの御慈悲だ。ありがたく食え。中級勇者には勿体ない料理だ」
そう言い残し、興味を失ったように踵を返す。
紫音は料理を部屋のテーブルに置き、柚葉と共にその中身を見下ろした。
金を惜しみなく使った豪奢な料理。
空腹が胃を刺激し、二人の喉がごくりと鳴る。
だが、柚葉が低く呟いた。
「……ヴァルドランさんが言ってたね。食事には手をつけるなって」
「ああ。秘薬を盛られれば、オレたちも……洗脳される」
誘惑に耐え、二人はベッドに横たわった。
紫音が天井を見上げたまま、隣のベッドの柚葉に言う。
「柚葉……明日の早朝、もう一度だけ残ってるみんなを説得しよう」
「うん。洗脳が浅い人なら……まだ間に合うかもしれない」
二人は短く頷き合い、無理やり眠りにつく。
――その夜、豪奢な料理は手付かずのまま、ひそやかに冷えていった。
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