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第40撃:《正気の者》

それからも、紫音と柚葉の必死の呼びかけは、虚しくも戦場の混乱にかき消されていった。


クラスメイトも、魔王軍の兵士たちも、次々と倒れていく。ただ命が地に転がっていくその光景に、もはや悲しみや怒りの感情すら追いつかない。


紫音と柚葉はようやく合流し、互いに背中を預ける。


──だが、そこはもはや「前線」などというものではなかった。


周囲の敵味方の区別は混沌と化し、魔族の槍も、味方であるはずのクラスメイトの剣も、等しく彼女たちの命を脅かしていた。


視界は濃い爆煙と土煙に包まれ、破壊の音と怒声が混じり合う。


紫音は肩で息をしながら、呻くように漏らす。


「なんで……なんで、こんなことになっちまうんだ……クラスの奴ら……もう……半分も、残ってねぇ……」


背後の柚葉も、疲弊した声で呟く。


「みんな……正気に戻ってくれない……私、何度もクラスメイトの攻撃で……殺されかけた……紫音、私たち、どうしたら……」


その瞬間、土煙を切り裂き、一人の壮年の男性魔族が突進してきた。


剣を振り下ろし、狙いは柚葉。咄嗟に紫音が前に出て受け止める。鋭い衝撃が彼女の剣を伝って、全身に響く。


「くっ……!」


紫音の身体が後方へと吹き飛ばされる。


「紫音っ!」


柚葉が叫び、すぐさま魔法の詠唱に入る。しかし、魔族はすでに次の一撃を柚葉に向けて放とうとしていた。間に合わない──!


だが次の瞬間、紫音が戦線に復帰。自らの身を盾に、魔族の剣を受け止める。


「柚葉、詠唱急げ!」


「うん……! バーストブロウ!」


柚葉が放った中級攻撃魔法が、敵の間合いに炸裂する。しかし──


「……バーストブロウ」


魔族の男も、同じ魔法を唱えていた。


放たれたふたつの魔法が空中で激突し、激しい爆発が起こる。爆煙と熱風が辺りを吹き荒らし、再び視界が奪われた。


「くっ……!」


紫音が警戒を強める一方、柚葉はすぐに次の魔法の詠唱へ移っていた。しかし──魔族は爆煙に紛れ、すでに柚葉の背後を取っていた。


その剣が柚葉の首筋を狙って振り下ろされる──!


「──させるかッ!」


紫音が間一髪で割り込み、剣でその斬撃を受け流す。凄まじい衝撃に、腕が痺れる。


そのまま魔族は二撃目を繰り出し、紫音の剣と激しく打ち合う。


「ぐぅっ……!」


──重い。魔族の膂力に、紫音の足が地を滑る。


柚葉は咄嗟に魔法を支援系に切り替え、詠唱を完了させる。


「紫音っ、フォルディス・アンプラ!」


筋力強化の魔法が紫音を包む。だが、それでもなお、ようやく互角といったところだった。


紫音の表情に焦燥が浮かぶ。


「……くそっ……オレ達は……戦いたくなんか、ないんだ……っ! なんで……こんなことに……」


その叫びに、目の前の魔族の剣が止まった。


魔族の男は目を見開き、驚いたような表情を浮かべて、ゆっくりと剣を引く。


「……君たちは……正気なのかね?」


「……っ!」


紫音と柚葉は戸惑いながらも、慎重に頷いた。


魔族の男は、しばし黙考した後、小さく息を吐いてから呟いた。


「そうか……効かぬ者がいたか。セレフィーネの魔眼が……」


「セレフィーネ? それって何のことだ?」


紫音が問いかけると、魔族は一瞬視線を泳がせたが、やがて静かに口を開いた。


「……セレフィーネ。それは、我が魔王軍・過激派の長である、黒炎公グラウザーンの側近の女だ」


「グラウザーン……」


柚葉が顔を強張らせる。


魔族は続ける。


「今、エルサリオン王国の玉座に座っている“王女”──あれは本物ではない。セレフィーネが化けている。魔眼を用いて、王国の人間どもを少しずつ蝕み、洗脳し、殺戮に導いているのだ」


「じゃあ、本物のファレナ王女は……?」


「安心するが良い。我が主、魔王アリステリア・ゼラシア様が身柄を確保し、保護しておられる」


その言葉に、紫音と柚葉は目を見開いた。


あまりにも衝撃的な事実。理解が追いつかない。


「じゃあ……俺たちは……」


「そう。君たちは、偽物の王女──いや、黒炎公の手先に利用されているのだ。“勇者”という名の仮面を被らされ、ただの兵器とされている」


魔族の男の言葉が、紫音と柚葉の心に重くのしかかる。


その場に膝をつきそうになるほどの衝撃の中──


二人は、戦場の爆音の中で、改めて知った。


自分たちは、敵に戦いを挑んでいるのではなく──敵にされていたのだと。


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