表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/76

第4撃:拳で切り拓く、最初の夜

とりあえず、この4撃まで書きました。

こちらの話も、追々追加していけたらと思います。

………ワタクシ、手を広げすぎている気が…。

げ、月下に契るの方は、絶対に終わらせます!

森の中を、二人の影がゆっくりと進んでいく。


濃密な緑の匂い。草を踏む音。肌に触れる風の冷たさ。すべてが異世界の現実だった。


「……まずは水だな。三日持たないからな」


ぽつりと、一真が呟く。


生き残るために必要なものは多い。だが、優先順位はある。水、食料、そして寝床。どれが欠けても、すぐに命に関わる。


そして太陽は、既に傾きかけていた。


「小屋を建てる時間も、材料もないか……せめて、雨風をしのげる場所が必要だ」


ぶつぶつと独りごちながら、一真は歩を止めた。周囲を見渡し、一本の高い木に目を留める。


「晶、ちょっとそこで待っててくれ。上から見てみる」


「え? えぇ……?」


返事を待つ間もなく、一真は木を登り始めた。


動きが異常に速い。


するすると、まるで猿のような軽やかさで枝を渡り、幹を蹴って跳ねる。野生動物でも、ここまで滑らかには動けまい。


地上に残った晶は、ぽかんと口を開けていた。


「……すご……」


ほどなくして、見晴らしの良い高さに到達した一真は、風に揺れる枝の上で静かに目を閉じた。


「……あまり使いたくなかったが、今は仕方ないか」


そう呟くと、呼吸が変わる。


深く、重く、律動を刻む。


――仙術《封神拳ほうしんけん》の呼吸法。


それは気を高め、五感を人の域を超えて鋭敏にする秘術。


瞬間、一真の世界が変わった。


遠くの小動物の足音が聞こえ、微かな水音が鼓膜を震わせ、風に運ばれた果実の匂いすら感じ取る。


「……よし。あったな」


見つけた。食べられそうな果実と、川のせせらぎ。


枝を蹴り、音もなく地面に舞い降りるように着地する。


「晶、見つけたぜ。果物と、川。まだ安全かはわからんが、とりあえず向かおう」


「み、見つけたって……あの高さから!? 肉眼で!?」


「ま、ちょいとコツがあるのさ」


一真はいたずらっぽくウインクをしてみせる。


「コツの問題じゃないと思います……」


半ば呆れながらも、晶はその背に続く。


二人は川を目指しつつ、道中で果物を回収していった。赤く熟した実を数個、小袋にしまい込む。


やがて、川にたどり着いた。


清流と呼ぶに相応しい美しさ。水は澄み、流れの中には魚やエビのような小動物の影も見える。


「いいぞ。魚もいるし、水も濁ってない。内臓を抜いて火を通せば、食えるだろう」


念のため、煮沸は必須だ。だが少なくとも命の危険はなさそうだ。


水場の位置を確認した後、一真は再び歩き出す。


少し奥まった場所――そこに、一真が言っていた通りの“空間”が広がっていた。


「……すごい……」


晶が言葉を失うのも無理はなかった。


そこには、見上げるような巨木がそびえていた。直径数メートルはあろうかという幹。その根元に、大人が五人は寝転べるほどの空洞が開いている。


「ここを拠点にしよう。水場も近いし、隠れ家としては申し分ない」


「こんな場所、どうして……あの少しの時間で、全部見つけたんですか……?」


「だから、コツだって言っただろ?」


一真は肩をすくめて笑った。


「……もう、なんか呆れて何も言えないです……」


日が傾ききる前に、一真はすぐ作業に入った。


まずは、果物の果汁を肌に塗る。パッチテストだ。毒性がないか、反応を見るための確認。


その合間に、森で集めた枯れ枝と草で火を起こす。


キリモミ式――二本の木を使った原始的な方法。だが、一真の手際は早かった。あっという間に種火ができ、枯草に移して焚き火が完成する。


「湿度が低くて助かったな。日本じゃこうはいかん」


木の皮で即席の器を作り、水筒の川の水を煮沸する。ささやかな、けれど確実な“命の確保”。


「よし、燃えねえな。これで飲水もなんとかなる」


パッチテストも問題なし。毒性はないと判断できた。


「……ひとまずは、形になったな」


二人はようやく、ささやかな夕食にありついた。果物の甘みが、染みる。


水はあくまで熱かったが、確かな安心感をくれた。


「……ありがとう、ございます。一真さん」


晶の声には、ほんの少し、温度が宿っていた。


焚き火の灯りが、二人の影を揺らす。


やがて、空は完全に闇に包まれた。


「晶。寝ていいぞ。火の番は俺がする。ほら、木の根元で横になりな。枯れ草で寝床を作ってある」


そう言って、用意していた毛布を渡す。


……だが晶は、その場に立ち尽くしていた。


「ん? どうした?」


しばらくの沈黙のあと、晶が小さく口を開いた。


「……一緒に、寝てくれませんか……? ……こわくて……」


その声音は、小さく、震えていた。


一真は言葉を詰まらせた。


目の前にいるのは、儚い美少女のような――だが確かに“少年”だ。


「う、ぐ……。それは、色々とまずい気が……いや、男同士だし、いいのか?」


内心で葛藤しながらも、一真はその瞳に宿る恐怖を感じ取った。


「……ふぅ。まあ、火はまたあとで起こせばいいか」


苦笑いを浮かべながら、毛布を広げて晶を包み込む。


その隣で、すぐに晶は寝息を立て始めた。


「……無理もねぇな。いきなり異世界なんてぶち込まれて、よくここまで着いてきたもんだ」


一真はぽつりと呟き、微笑んだ。


「お疲れ様、晶。おやすみ」


そして、彼も静かに目を閉じた。


その夜、異世界で最初の夜は、かすかに揺れる焚き火の光と、ふたりの鼓動に包まれて、静かに更けていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ