第36撃:開戦の宣告
紫音と柚葉が王城の広間へ足を踏み入れると、すでに他のクラスメイトたちは整列していた。
天井の高い謁見の間は、朝日が差し込み、金と紅の装飾が光を反射している。だが、二人にとってはその豪奢さがかえって息苦しく感じられた。
彼女たちの入室を確認した兵士が、槍の石突で床を打ち鳴らし、声を張り上げる。
「静まれ! これより、バルト・エルサリオン国王陛下と、ファレナ・エルサリオン王女様よりお言葉を賜る。静粛に拝聴せよ!」
場が一瞬、張り詰めた空気に包まれる。
しかし、王女――いや、仮面を被ったセレフィーネは、柔らかく微笑み、優しい声音を広間に響かせた。
「良いのです。皆さま、楽になさってください。あなた方は我々の希望……勇者なのですから、かしこまる必要はありません」
その甘やかな声に、クラスメイトたちは一斉に表情を緩め、得意げな顔つきになってざわめいた。
やがてざわめきが落ち着くと、セレフィーネは一歩前に出て、まるで懺悔するように視線を伏せる。
「皆さまを私たちの都合で、勝手にこの世界へと召喚してしまったこと……改めてお詫びいたします。ですが――どうか、このエルフェリアをお守りください。邪悪なる魔王軍から、この国を、この世界を……」
その言葉に広間が再び沸き立つ。
「うおおっ! やるしかねえ!」「俺たちは勇者だ! 魔族なんざ叩きのめしてやる!」「私の魔法にかかれば、一瞬で片付くわ!」
口々に意気込みを語る声が響く。
だが、その熱狂の輪に加わらぬ者が二人だけいた。
紫音と柚葉――警戒の色を消さず、互いに目配せをして周囲を見渡す。
セレフィーネは、そんな二人にわずかに視線を細めた。
(……まだか。昨日から何度も試しているというのに)
その深紅の瞳に、静かに魔力を込める。
彼女の魔眼は、対象の精神に干渉し、スキルを媒介としてより深く洗脳を施すことができる。
スキルを持つ者ほど支配は容易――そのはずだった。
だが紫音と柚葉の意識に触れた瞬間、鋭い反発が魔眼を跳ね返す。
(……弾かれた、また……なぜだ? この二人は追放した者とは違い、スキルを授かっている。ならば私の力で落とせるはず……)
苛立ちが胸を焼くが、次の瞬間には、すぐに計算高い冷静さが戻る。
(まあいい。今さら逃げられはしない……いや、逃がさない。戦場で骨まで使い潰し、生き延びたら――その時は、バルトに施したあの秘薬で意志ごと染め上げてやろう)
思惑を胸に隠し、セレフィーネは再び“王女”の仮面を被った。
「昨日、この世界へお呼び立てしたばかりなのに……ごめんなさい」
潤んだ瞳で勇者たちを見渡し、言葉を重ねる。
「魔王軍の活動が日に日に活発化しております。このまま守りに徹するだけでは、いずれ押し切られてしまうでしょう。どうか――皆さまの力で、邪悪なる魔族を討ち滅ぼしてください」
その嘘を真実と信じ、クラスメイトたちは歓声を上げる。
紫音と柚葉だけが、その渦の中で取り残されるように立ち尽くしていた。
胸の奥に、重く垂れ込めた暗雲を抱えたまま――召喚二日目にして、彼らは初陣へと駆り出されることが決まったのだった。
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