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第37撃:「転移陣の先にあるもの」

少し重い展開が続きます。

苦手な方は、申し訳ありません。

それから、召喚された勇者たちは、城の地下へと案内された。


地下へと続く石造りの階段を降りるにつれ、空気はひんやりと冷たく、どこか重々しい気配を孕んでいた。そして重く、黒鉄のように鈍く輝く巨大な鉄扉の前へと辿り着くと、衛兵たちが慎重に扉を開けた。


そこには、一つの巨大な魔法陣が、黒く輝くの床に刻まれていた。淡い蒼光を発しながら、脈動するように波打っている。


その前に立ち、振り返ったファレナ王女――に扮した魔族・セレフィーネは、優雅な仕草でドレスの裾を持ち上げ、勇者たちに語りかけた。


「皆様、この転移陣から、敵陣へと転移することができます。魔族の支配する地、恐ろしい戦場となるでしょう……どうか、お力をお貸しください。そして……ご無事に帰ってきてくださいね」


その声音はどこまでも優しく、慈母のようだった。しかしその瞳の奥には、誰にも気づかれぬよう忍ばせた紅の光が、妖しくきらめいていた。


その言葉に、クラスメイトたちは一斉に声を上げた。


「うおおお!やってやるぞ!」

「俺のスキルで、魔族なんてひとひねりだ!」

「勇者に選ばれたからには、結果を出さないとね!」


興奮と高揚が地下空間を満たす。


だが――


紫音と柚葉は、その異様な空気の中で、確かに“何か”を感じ取っていた。


紫音が、柚葉にしか聞こえないように囁く。


「柚葉……やっぱり、変だ。なんで“敵陣直通”の転移陣が、あんな都合よく用意されてるんだよ。これ……罠だろ、どう考えても」


柚葉も眉をひそめ、声を潜めて返す。


「うん……そう思う。でも、みんな全然疑ってない……どうしよう……紫音……」


紫音は唇を噛みしめ、周囲を見渡す。異様な興奮状態にあるクラスメイトたちは、もはや冷静な判断などできそうもなかった。


「裏の階段は城兵が塞いでる……逃げ道はない。なにより……」


紫音はそこで言葉を切り、静かに柚葉を見た。紫音の視線が伝えたのは――“見捨てられない”という想い。


柚葉は小さく頷いた。


「そうだよね……仮に逃げられたとしても、このまま、みんなだけ戦場に送られるなんて……耐えられない」


「ああ。今回の戦い、どうにか生き延びて、みんなを説得する。次はこそは……必ずに逃げよう」


紫音の言葉に、柚葉は静かに微笑んだ。だが、その笑みの奥には、不安が拭えずに残っていた。


やがて、転移陣を使う順番が二人に回ってくる。


近づく二人に向かい、王女は微笑んだ。


「紫音様、柚葉様……どうかご無事で。ご活躍を……心より期待しております」


その薄紅色の瞳には、あからさまに“期待”などしていない、冷たい光が宿っていた。


――紫音と柚葉は、寒気を覚えた。


それでも退くことはできない。互いに頷き、転移陣へと足を踏み入れる。


次の瞬間、視界が真白な光に包まれる。思わず目を閉じた。


そして数秒後――


空気の質が一変した。湿り気を含んだ風、遠くから聞こえる鳥の鳴き声。恐る恐る目を開けた二人の目に映ったのは――森の中だった。


草木が生い茂る広場。その中心に設けられた、転移陣の跡。


紫音は驚きの声を漏らした。


「……すげぇ。一瞬で別の場所に……これが異世界か……」


柚葉も、呆然と呟く。


「うん……現実味がなかったけど……やっと、実感が湧いてきた。私たち、本当に戦うんだね……」


次の瞬間、柚葉の体が小さく震え始めた。


「あれ……?おかしい……震えが止まらない……し、紫音……わたし……怖いよ……」


その様子を見た紫音は、柚葉の手を強く握った。


「柚葉、オレも怖い。でも……だからこそ、生きて帰ろう。今回を耐えて……次こそ、みんなを逃がす」


紫音の手もまた、細かく震えていた。


その震えを感じ取り、柚葉の胸に決意が芽生える。


(私だけじゃない……紫音も怖いんだ…だからこそ……私が、ちゃんとしなきゃ)


柚葉は笑って答えた。


「ありがとう、紫音。もう、大丈夫。絶対に……絶対に生きて帰ろうね」


二人は、強く頷き合った。


そのとき、先に転移していた兵士が声を張り上げる。


「勇者諸君!戦いの幕開けだ!勇敢なる君たちの力を、今こそ見せてくれ!」


それに呼応するように、他のクラスメイトたちも次々と転移陣を抜け、続々と集結してくる。


「やってやるぞおおおっ!」

「僕の“魔弾術”の威力……見せてやる……ふふふ」

「さあ、魔族ども、かかってきなさい!」


彼らが目指すのは、森の外れにそびえ立つ漆黒の城――魔王城。


だが、そこに住まうのは、今もなお人間との共存を模索し、戦争を望まぬ“穏健派”の魔族たち。


紫音も、柚葉も、それを知らない。


彼らが今から戦わされる“敵”が、果たして本当に“悪”なのか――その答えを知るのは、まだ先の話である。


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