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第274撃:境章・第一の運命《後編》

ブックマーク、高評価有難うございます!本当に嬉しいです!


※今回は重要回のため、やや長め(約9000文字)です。



 姫咲はそれから慎重に源十郎を担ぎ、隠れ家へと向けて空を駆ける。


 源十郎は意識を失いながらも、無意識に身体の止血を行っている。

 流石としか言いようがない。


 だがこのままでは、危険であることには変わりがない。


 隠れ家に着くと同時に可能な限りの応急処置をして、協力者たちに連絡を取る。

 協力者たちが駆けつけてきて、そのまま源十郎の治療へ。


 長い時間をかけて、交代で源十郎の治療に努める一同。

 その甲斐あってか、源十郎は一命を取り留めた。


 封神の徒の協力者は、実に多岐にわたる。

 中には医療従事者も多くいるのだ。


 だが。


 一命は取り留めた。

 取り留めはしたが、此度の負傷で現役は退く事となった。


 姫咲は胸が抉られたような気持ちになる。

 あれほどの強さを誇った源十郎が、このような事になるなんて……。


 それと同時に、胸中の不安も日増しに大きくなっていく。

 自分に闘神童子が務まるのか。


 自分はまだまだ未熟だ。

 学ぶべきこと、源十郎から教えてほしいこと、それこそ数え切れないほどある。


 それでも、今は自分が動かねばならない。

 こうしている間にも、悪神は誰かを脅かしているのだ。

 どこかで、かつての自分のような思いをしている人がいるのだ。


 姫咲はそれから、世界中を駆け巡った。

 それまでは師と共に戦っていた悪神。

 それを今は、自分ひとりで倒さなければならない。


 プレッシャーだ。


 悪神の化身なら、協力者の中にも倒せる者はいる。

 事実、多くの協力者たちが倒してくれている。

 だが、悪神自体はそうはいかない。


 姫咲は時に一人で、日本の裏側まで行くこともあった。


 ——兄弟子は、自らの気が向いたときにしか動かない。

 楽しくないと本人が判断したら、彼は戦おうとはしないのだ。


 その代わり、一度戦うとその強さはまさに闘神。

 兄弟子の才能やセンスは、歴代の封神の徒でも並ぶ者がいないと言われていた。


 姫咲が一人で行動を始めて数週間。

 昏睡していた源十郎が目を覚ました。


「先生!良かった……本当に……」


 涙を必死に堪える姫咲を見て、源十郎は笑みを浮かべる。


「あの程度でくたばったりはせん。これでも先代闘神童子だったのでな」


 そう、明るい口調で言う。


 その言葉を聞いた姫咲は、顔色を曇らせた。

 何かを言いたそうにしながらも言い淀んでいたが、やがて口を開く。


「先生……やはり私には、闘神童子は務まりません。

 私ではなくて、京牙兄さんを八代目に……」


 自信なさげに、そう呟く姫咲。


 しかしその言葉を聞いた源十郎は、瞳を閉じて首を横に振った。


「……駄目だ」


 姫咲の肩がビクリと震える。

 その様子を見つつ、源十郎は言葉を続ける。


「京牙は確かに強い。あいつは……天才だ」


 そう。姫咲の兄弟子の“天童京牙”は、文字通りの天才。

 しかも努力をする天才だ。

 強さの追求のためならば、どの様な苦行も厭わない。


 今の自分と源十郎が二人で戦ってようやく、京牙と互角といった所か。


 ——だが。


「京牙は誰にも属さない。京牙は何処にも属さない。

 あいつが唯一従うのは、自分自身のみ」


 源十郎のその言葉は、姫咲も痛いほど理解できた。

 八代目を継げと言われれば、あるいは継ぐかもしれない。

 しかし継いだとして、闘神童子としての使命に運命を捧げるかと問われれば——答えは否だ。


 京牙は強すぎるのだ。

 飄々としていて、いつも人を食ったような笑みを浮かべている。

 しかしその瞳の奥には、常につまらなそうな感情が沈んでいた。


 京牙が封神の道に足を踏み入れたのも、おそらくは退屈しのぎなのだろう。

 悪神やその眷属との戦いが、京牙には面白そうに映ったのかもしれない。

 そしてそれすらも、京牙は飽きつつある。


 天童京牙という男にとって、もはやこの地球すら狭いのかもしれない。


 暗く沈む姫咲の表情。

 その表情を見て、源十郎は苦笑を浮かべた。


「そんな顔をするな、姫咲。

 お前に全部、押し付けようという訳ではない。俺も傷が癒えたら、戦いに復帰する。

 まだまだお前に教えなければならないことも、多く残っているしな」


 その言葉に、表情を明るくする姫咲。

 ホッとした。

 もしかすると、もうこれ以上何も教えてもらえないかもと、思っていたから。


 だが同時に心配でもある。

 これほどの怪我で、戦場に復帰させても良いものか。

 源十郎はそんな姫咲の不安を感じ取ったのか、笑みを穏やかなものに変えた。


「俺はあくまでも、裏方としてお前をサポートする。

 無茶はせんよ」


 そう言って、再び姫咲に問いかける。


「……継いでくれるな?闘神童子を」


 姫咲は一瞬瞳が揺れたが、それでも次の瞬間には答えていた。


「……はい。八代目闘神童子……謹んで襲名いたします」


 ◇


 それからの姫咲は、今までに増して使命に没頭した。

 源十郎から様々なことを教わり、今まで以上に世界を飛び回った。


 ただひたすら、愚直に訓練を繰り返す。

 源十郎から習ったことは、どんな事でも何千、何万回と繰り返した。

 対して京牙は、独自に封神拳を理解して、自らその技を深めていった。


 まさに二人は対極。


 方や王道を進む。

 方や覇道を歩む。


 源十郎と姫咲が真に驚愕した事がある。

 京牙はなんと、神威闘装を独学で習得せしめたのだ。

 姫咲が源十郎の指導のもと、数十年かけて習得した秘奥の片割れを、京牙は自身だけで使いこなしてみせた。


 姫咲は残念でならなかった。

 京牙が封神の使命を受け入れてくれたのなら、喜んで八代目は譲ったのに。


 自分には才が無い。

 故に姫咲は、愚直な努力をただひたすら続けた。


 ——そんな姫咲の努力は、決して無駄ではなかった。

 いつしか姫咲は、仙気の運用が非常に上手くなっていた。

 美しく、無駄が殆どない仙気の制御。


 姫咲が操る紅の仙気。

 いっそそれは、芸術とも言えるような美しさだった。


 だが技の洗練とは裏腹に、姫咲の心はどんどん凍りついていった。

 終わりの見えない悪神との戦い。

 どれだけ己を鍛えようとも、救えない——届かない命がある。

 悪神に取り込まれた、元人間の眷属などもそうだ。


 源十郎曰く。


『一度眷属に堕ちた者は、二度ともとには戻れない』


 ——殺すしか無いのだ。


 仕方がない事なのは分かっている。

 だがそれでも、かつて人であった眷属を一人倒す度に、自分の心が一つ死んでいくような気がした。


 いつしか姫咲は、悪神とその眷属を屠るためだけの“装置”となりつつあった。

 七十数年を生きてきた“少女”は、恋も知らずに戦い続けてきた。

 人であることを捨て、女としての幸せも諦めて。


 師の源十郎は言う。


「それでは駄目なんだ。姫咲。

 人であることを捨てるな」


 しかし姫咲は、その言葉を受け入れることが出来なかった。

 たとえ辛かろうとも、自分が悪神や眷属を屠れば、その分誰かが助かる。


 自分が封神の道を選んだのは、復讐のためではない。

 自分と同じ悲しみを味わう人間を、一人でも減らしたいがために。


 そのために姫咲は、女であることすら捨てたのだから。


 誰かを救うために、自らの心を削る。

 そんな生活を、更に数年続けた時……姫咲の人生を大きく変える出会いが訪れた。


 昭和五十五年。

 姫咲が七十九歳の時である。


 それは日本国内での出来事であった。

 悪神の眷属の出現の報を受け、姫咲は現場に向かった。


 そこでは、眷属が二人の子供を襲おうとしていた。

 十代前半と思しき少年を、十にも満たない幼女が必死に守ろうとしている。


 慌てて助けに入る姫咲。


「はぁぁぁ!封神拳・破天掌!」


 圧縮された紅の仙気が渦を巻き、眷属に叩きつけられる。

 眷属はうねり、拉げ、そのまま身体が崩壊する。


『■■■——』


 ——一撃。

 永くを戦い続けた姫咲の実力は、この程度の眷属なら一撃で屠れるほどになっていた。


 訪れる静寂。

 姫咲は振り返ると、二人の子供に声を掛ける。


「……よし。もう大丈夫よ。二人とも怪我はない?」


 その言葉を聞き、少年は泣き出してしまう。

 無理もないことだろう。

 だが、どうやら怪我は無いようだ。


 一方の幼女の方は、驚いたことに泣かなかった。

 ただ苦しそうに胸を抑え、蹲ってしまう。


 姫咲は青くなり、慌てて幼女の無事を確認し始める。


「あなた、大丈夫!?何処か怪我をしたの?」


 姫咲の言葉に、しかし幼女は首を横に振って答えた。


「はぁ、はぁ……んぐっ。……大丈夫……怪我はしてないよ。

 お姉ちゃん、助けてくれてありがとう」


 そう言って、無理やり笑みを浮かべる少女。


 どうやら本当に、怪我は無いようだ。

 苦しそうにしているのは、もともとの持病なのかもしれない。


 姫咲は幼女の様子に胸を痛めながらも、幼女に問いを飛ばす。


「無事なら良かったけど、無理はしないでね?

 ……そちらの男の子は、あなたのお兄ちゃん?」


 この問いに対しても、幼女は首を横に振った。


「ううん。知らないお兄ちゃん。

 何か怖いお化けに襲われてたから、助けなくちゃって思って……」


 そう言った幼女の瞳は苦しそうに揺らぎながらも、その奥には強い光が宿っている。


 ——ズクン——


 姫咲の胸の奥が疼く。

 自らが必死に“捨てよう”としているもの。

 ——捨てなくてはならないと”思い込もう”としていたものが。


 姫咲は慌てて頭を振ると、ひとまず気持ちを切り替える。

 まずはこの子達を、安全な場所まで送り届けることが先決だ。


 泣き止まない少年を落ち着かせ、家の場所を聞いて送り届ける。

 続いて幼女を、家へと送り届けようとした姫咲。


 この辺りには、悪神の気配も眷属の気配も、もう感じられない。

 幼女を送り届けて今回は一件落着。


 ——そうなる筈だった。


 姫咲はこの幼女の事が、どうしても気になって仕方がなかった。

 なぜだかこの少女の事を知りたくて、我慢ができなかったのだ。


 姫咲は幼女から了承を得て、落ち着ける場所へと移動する。


 そこで飲み物と食べ物を購入して、幼女へと差し出す。

 彼女はよほど空腹だったのか、喜んでそれを食べ始めた。


 そんな彼女を見て、気付いたら姫咲は“自然”に笑っていた。

 いつぶりかの——作り物ではない自然な笑みを。


 幼女が食べ物を食べ終えて、一息ついた所を見て、姫咲は彼女に様々なことを問いかけていった。


 ◇


 幼女の名前は、草薙綾女と言うらしい。

 今年九歳になったそうだ。

 家族は両親に兄が一人の四人家族。


 生まれつき身体が弱く、特に最近は肺が悪くなってきた。

 そのせいで綾女は、やりたいこともまともに出来ないという。


 ——それなのに……綾女の瞳の輝きは、一切の陰りを見せていない。


 気付いたら姫咲は、綾女の事を真剣に聞いていた。


 あっという間に過ぎ去る時間。

 時間を忘れて誰かと話すなど、久しく忘れていた。


 だが流石に、これ以上時間を掛けるのはまずい。

 姫咲は後ろ髪引かれる思いで、綾女を家へと送り届けて別れを告げた。


 ——再会の約束をして。


 それ以降姫咲は、何度も綾女に会いに来ることになる。

 戦いの日々の中で、綾女に会っている時だけが、心が安らぐことに気付いた。


 ——心が解きほぐされていく。


 それまでの姫咲は、人であることを捨てようとしていた。


 対して綾女は幼い頃からの病弱は治る様子もなく、依然としてやりたいことも出来ない。

 にも関わらず、綾女は明るさや優しさを決して失わなかった。


 人を辞めて戦うための機械となろうとしていた姫咲は、綾女の心に触れて人であることを取り戻していった。


 姫咲は闘神童子としての日々を送っていたために、滅多に綾女に会うことはできなかった。

 会う度に綾女は幼女から少女、そして女性というように、どんどん変わっていく。


 対して自分の老化は止まっているために、自分の外見は変わらない。

 時の流れから外れた者の孤独。


 それでも姫咲にとって、綾女に会える僅かな時間は癒やしだった。


 ◇


 ある時期に、悪神の眷属の活動が活発になった時があった。

 もう長らく綾女に会いに行けていない。


 ——綾女が心配だ。


 最後に綾女に会った時、綾女は病にかかっていた。


『間質性肺炎』


 現在の医療でも治せない、進行性の不治の病。


 綾女とは何度も連絡はとっていたが、直接会うだけの余裕はない。


 ……会いたい。

 ひと目でいいから、綾女の無事を確認したい。


 そんな思いを抱きつつ、戦い続けた姫咲。

 どれだけの時間が経過したか、年号は平成になり、十八年の時を数えていた。


 この時、姫咲は105歳。

 綾女は35歳になっているだろう。


 ようやく戦いが落ち着いてきて、久しぶりに綾女に会いに行ける。


 ——そう思っていた矢先だった。


 一人の男性が姫咲の元へと訪ねてくる。

 歳は十八歳。まだ何処か、僅かに幼さが残る男の子。


 その男性は、自らのことを草薙一真と名乗った。

 唯一の親友——綾女の甥であった。


 その事にも驚いたが、一真が告げた言葉は、姫咲の心を奈落の底へと突き落とした。


 ——草薙綾女の死。


 綾女は病が悪化し、数ヶ月前に命を落としたのだという。


 目の前が暗くなる。

 足元がぐらつく。

 完全に自身を制御できるはずの姫咲が、その時ばかりは自身を御しきれなかった。


 衝撃はそれだけではない。


 一真と名乗ったこの子は、綾女からの手紙を持参してこう言ってきたのだ。


「俺を……弟子にしてください」


 ——我が耳を疑った。

 一瞬、何かの冗談なのかと思った。


 だが違う。

 一真の口から、仙女という言葉が出たのだ。


 この子は確信している。

 自分が封神拳の使い手であることを。


 一真から預かった手紙を確認する姫咲。

 そこには、姫咲に対する多くの感謝が綴られていた。


 幼い日に助けてくれてありがとう。

 自分と友達になってくれてありがとう。

 大変なのに、会いに来てくれてありがとう。

 たくさんの思い出をありがとう。


 人である事を辞めないでくれて——ありがとう。


 涙が出た。

 止めようとすら思えない。


 綾女には分かっていたのだ。

 姫咲が、人であることを捨てようとしていた事が。


 姫咲は封神の道を歩んで以来初めて——大声を上げて泣き崩れた。


 どれだけの時間を泣いていたのか。

 その時間の全てを、一真は一言も話さずに、姫咲を見守っていた。


 まるで姫咲の痛みを、自らの痛みとして感じているかのように。


 ◇


 一生分泣いたのではと言うほどの涙。

 その涙の果に、ようやく姫咲は落ち着きを取り戻した。


 一真は何も喋らない。

 姫咲は、手紙の続きを読み始める。


 そこには、一真の身の上が書き記されていた。


 五年前、一真が十三の時に、家族を失ったこと。

 それ以降は綾女が引き取って、これまで育ててきたこと。

 自分はもう、長くは生きられないこと。

 一真が望むなら……一真を託したいという旨。


 姫咲は迷った。

 なぜ綾女が、自分に甥を任せたのか。


 綾女には、自分の使命を話していた。


 どれほど危険な事なのか。

 どれほど時間がかかるのかも分からない。

 いつか命を落とすかもしれない可能性。


 なのに綾女は、それを承知で一真を預けてきたのだ。


 混乱する。

 だが同時に、一真に大きく惹かれてもいた。


 同じだと思ったのだ。

 ——自分と。


 経緯は違えど、目の前で家族を失った。

 ある日突然運命から、無慈悲に全てを奪われた。


 姫咲は大いに悩んだ。

 だが結局、一真の弟子入りを認める事にした。

 目の前の少年を、どうしても放っておけなかった。


 こうして月城姫咲と草薙一真は、草薙綾女の導きによって出会いを遂げた。


 ◇


 一真はよくついて来た。

 常識では考えられない事を経験しても、普通なら逃げ出すような経験しても。


 最初はあくまでも、一人の弟子であった。

 綾女の忘れ形見だということもあり、可愛がってはいたが。


 ——いつの頃からだろうか。

 いつしか姫咲は一真の事を、ただの弟子として見ることが出来なくなってきていた。


 一真とともに過ごす時間は、綾女と同じくらい——

 いや、それ以上に、姫咲の心を解きほぐしていった。


 綾女の死を知り、砂漠のようだった自分の心が、いつしか潤わされてきている。


 不思議な子だった。

 一真は気づいたら、心の一番深い所にするりと入ってきていたのだ。


 それでも姫咲は自分の心を制御して、どうにか誤魔化してきた。

 それが明確に出来なくなったのは、あの時だ。


 一真を初めて、悪神の眷属と戦わせた時。


 衝撃だった。


 一真はそれまで不可能とされてきた、悪神の化身へと堕ちた者の心を、最後の最後で解き放ったのだ。

 それを見た瞬間、姫咲の中で一真の居場所は、決して動かぬものとなった。


 男を愛することも知らずに百年を生きてきた“少女”は、生まれて初めての恋をした。


 その瞬間からだろう。

 百歳以上の“少女”だった者。

 その者の——月城姫咲という名の一人の“女”としての人生が始まったのだ。


 ◇


 初めて会った頃は、まだ幼さを残していた一真だったが、今や立派な大人になっていた。

 三十歳前後の頃に——一真の肉体も時の流れから外れる事になる。


 それから五年程は、一真と共に行動する時は、悪神の眷属の討伐だけを行ってきた。

 危険すぎるが故に、それまでは悪神自体と戦わせるわけにはいかなかった。


 だが今ならば大丈夫だろう。

 今や一真の仙気生成量は、自分よりも多くなっているのだ。


 ……なら。


 一真が三十五歳になる頃。

 とある悪神の眷属を倒した後の事。


 姫咲は思い切って、一真へと一つの提案をする。


「ねえ、一真……闘神童子を継いで欲しいの」

 ——心臓が破裂しそうだ——


「私の代わりに九代目闘神童子に……なってくれる?」

 ——何度制御しても、心臓が言うことを聞いてくれない——


 ——ずっと一真と共にいたい。

 でも……自分は封神の道を捨てることは出来ない。

 そんな自分が、一真と寄り添える道があるとするのなら——

 一真に九代目を継いでもらい——自分が支えること。


 胸が苦しい。

 自分の身体じゃないみたいだ。

 一真の顔を……まともに見れない。


 それでも姫咲は、勇気を出して一真の顔を見上げる。


 その顔に浮かんでいた表情は。


 ——苦笑。


 ズグン。

 先程までとは違う痛みが、胸に走る。


「かず、ま?」


 掠れる声を出す姫咲に、一真は困ったように言葉を返した。


「姫咲さん、気持ちは嬉しいよ。だけどな、俺はまだまだ未熟だ」

 ——違うの一真……そうじゃない——


「俺はもっと強くならなくちゃいけない。

 それまでは——」

 ——やめて……それ以上は言わないで——


「俺には務まらないよ」


 ——目の前が暗くなる。

 今にも泣き崩れてしまいそうだ。


 それでも姫咲は、無理やり顔に笑みを浮かべた。


「そっ……か。それじゃあ仕方がないわね」


 自分が何を言っているのか分からない。

 平常心を保てているのだろうか?

 表情は大丈夫?


 一真は少し寂しそうな表情で言葉を続ける。


「俺は姫咲さんみたいに、仙気の扱いが上手くない。

 すぐに腹が減っちまうしな。

 ……だから、その弱点を少しでも補えるように、中国に渡って武術の修行をしようと思う」


(やだ……やだ…やだ…いやだっ!)


 喉元まで出かかった言葉を、既のところで飲み込む姫咲。

 代わりに口から出した言葉は。


「……貴方が選んだ道だったら、応援するわ。

 どうせならとびっきり強くなって帰ってきなさい!」


 一真と背中を合わせて共に戦ったのは、その日が最後となった。


 その日から数日後、一真は中国へと旅立っていった。


 姫咲の心に、ポッカリと穴が空く。

 それは姫咲にとって、あまりにも耐え難いものであった。


 闘神童子としての使命を捨てられない姫咲にとって、一真に言った「九代目を継いで欲しい」とは。

 彼女に言える精一杯の——


『ずっと私の傍にいて』


 ◇


 姫咲は心に虚無を抱えたまま、それから三年間戦い続ける。


 そんなある時、中国に悪神の眷属が現れたとの情報が入って来た。

 それを聞いた姫咲の胸が、三年ぶりに跳ね上がる。


 不謹慎だとは分かっている。

 不純だと言われても仕方がないだろう。


 それでも……思ってしまった。


 ——一真に会えるかもしれない。


 姫咲は直ぐ様中国へと渡った。

 悪神の眷属を倒し、余った時間を使って一真を探す。


 会いたい——会いたい——会いたい——!


 だが——


 一真の姿は何処にも見当たらなかった。

 姫咲は意気消沈して、日本へと帰って来る。


 それからはまた、悪神や眷属との戦いの日々。


 それから、一月経つか経たないかと言った頃。

 姫咲は一つの夢を見る。


 一真が見た事もないような世界で、物語に出てくるようなモンスターと戦っている夢を。


 ——その日からだろう。

 なぜか妙に、一真の存在が身近に感じられるようになった。

 何処にいるのか分からないのに、とても近くにいるような感覚。


 そんな不思議な感覚を覚えながら、姫咲は戦いの日々を続けていた。

 近頃は悪神や眷属の動きが活発になっているように感じる。


 忙しくあちらこちらを飛び回っている姫咲だったが、その日は源十郎が代わりを務めてくれた。


「お前は少し動きすぎだ。しっかりと休みを取れ」


 そう言って、定期的に姫咲を休ませてくれる。


 言葉に甘え、姫咲はその日休暇を取った。

 だが、その日の休暇は唐突であったために、中々気持ちが切り替わらない。

 やむを得ず姫咲は、セーフティハウスで休むことを諦め、少し外に出ることにした。


 特に当てもなく、外へと出てきた姫咲。

 ——ふと、姫咲は思い立つ。


 一真の実家に行ってみたい。


 何度か一真に連れられて行ったことがある、一真の実家。

 なぜだか無性に、その場を見たくなった。


 ——もしかすると、一真が帰ってきているかもしれない——


 姫咲は居ても立っても居られず、天駆空歩で空を駆ける。

 あっという間に一真の家の近くへ。


 これ以上は目立つ。

 姫咲は天駆空歩を解除して、大地へと降り立った。


 胸がソワソワする。


 自分でも不思議だった。

 早くその場所へ行かなければならない。


 何故かそう、強く思うのだ。


 姫咲が一真の家へと向かい、一つの学校の前を通り過ぎようとした時。


 ——世界がズレる。


 姫咲は強い違和感を覚え、その場で立ち止まった。


(なに……この違和感?)


 まるで薄い膜を一枚隔てた、“別世界”にでも迷い込んだかのような感覚。


 違和感はどんどん強くなる。

 なのに、姫咲はなぜか思った。


『この場所から動いてはいけない』


 今この場を動いたら……一真から遠ざかるような気がした。


 姫咲が立ち止まり、辺りの気配を探っている時。


 ——それは始まった。


 世界から唐突に色が抜けていく。

 色鮮やかだった視界が、灰色に塗り潰される。


「な、にが……起こって……」


 明らかな異常事態なのに、身体を動かせない。

 ——いや、“動かしたくない”。


 まるで誰かに呼ばれているような感覚。


 “何か”が救いを求めているような感覚。


 姫咲がその感覚を強く受けた次の瞬間。


 空に——眩いばかりの巨大な光の“魔法陣”が浮かび上がった。


「な、に……あれ?」


 不思議と姫咲が動けずにいると、その魔法陣から光の柱が降り注いできた。

 その光は、姫咲を力強く包み込む。


 その瞬間。


 運命の歯車がまた一つ——音を立てて動いた。


 やがて光の柱は細くなり、そして音もなく消える。

 空に浮かんでいた魔法陣も、跡形も無くなっていた。


 何の変哲もない日常が戻って来る。


 ただ一つ、それまでと違うことは。


 その日、その瞬間……地球から月城姫咲の姿は消えて無くなった。




 八代目闘神童子・月城姫咲、召喚。


その想いは運命すらも置き去りにし――一真の待つ異世界へと駆け抜ける。



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― 新着の感想 ―
才能では届かなくても、積み重ねた努力と覚悟で立ち続ける姫咲があまりにも良い。 継承の重みと心を削る戦いの中で、それでも進む姿が刺さりました。 しんどいのに、最後まで読まずにいられませんでした(T_T)
 きたーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!  月城姫咲様を心待ちにしておりました╰(*´︶`*)╯♡
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