第261撃:命を賭けた交渉
恒例の謝罪から!
遅くなって、長くなってごめんなさい(`;ω;´)
そして、いつも待っててくださり、本当に有難うございます!
意識がブレたのは一瞬。
アリステリアはすぐさまファレナを抱き直すと、そのまま飛び上がった。
噛み締められた唇からは、血が流れ落ちている。
本当なら、ヴァルドランの元へと駆け寄りたい。
だが、それをする訳にはいかない。
自分が今、情に流された瞬間、ヴァルドランの行為は無駄になる。
——出来ない。
それだけは、するわけにはいかない。
(っ!……ヴァルドランっ!ごめんなさい!)
飛ぶ——飛ぶ——飛ぶ——
その速さは、魔王軍の中でも並ぶものはいない。
魔王ダンダリオンの力を受け継いだその日から、
アリステリアの瞳の色は、赤から琥珀色へと変わっていた。
その琥珀の瞳が、深い輝きを灯す。
自らの魔力。ダンダリオンの魔力。
その全てを総動員して空を——飛ぶ。
ファレナの周りには、風の結界を張っている。
さもなければ、彼女はこの速度に耐えられないだろう。
形振りなどかまってはいられない。
理屈は分からないが、エルサリオンに着けばどうにかなるかもしれない。
今まで手を出せなかったエルサリオン。
そのエルサリオンが、解放された。
それは決して、偶然などではあり得ない。
誰かが何かをやったのだ。
何者かが、この一年少々の膠着状態を打ち破った。
それに懸けるしかない。
受け入れてもらえるかは分からない。
自分の考えが的外れの可能性もある。
だが、本当にその“何者”かがいれば。
事態を動かした誰かの協力を得られれば。
そのうえで勇者を召喚して、その者の力も借りることが出来たのならば。
事態は好転するかもしれない。
アリステリアは、そのか細い希望に一縷の望みを託した。
——しかし。
「俺から逃げられると思うのか?」
そう、“目の前”の男が静かに呟いた。
「う……あ……。おじ、さま……」
グラウザーンは、アリステリアの目の前に浮いていた。
全力で飛んでいた、アリステリアの目の前に。
アリステリアは速い。
魔王軍の中でも、全力の彼女に並ぶものはいない。
——グラウザーンを除けばだが。
「話はまだ終わっておらん。……戻れ」
グラウザーンの呟きと同時に、激しい魔力の衝撃が、アリステリアに叩きづけられた。
『スドン!』
「きゃあっ!!」
「ああっ!」
悲鳴を上げて、元いた城の前に向けて吹き飛ばされるアリステリアとファレナ。
このままでは、地面へと叩きつけられる。
アリステリアは必死に魔力を編むと、ファレナの結界を強化する。
そしてさらに、地面に干渉して土に空気を混ぜ込み、即席のクッションを作り上げる。
しかし用意できたのは、ファレナの落下予測地点のクッションのみ。
自らの分は——間に合わない。
アリステリアは、咄嗟に魔力で全身を強化する。
身体を丸めて、地面へと——激突。
『ズドォォォォン!』
「がっ!?ぐはぁ!!」
僅かに遅れて、ファレナも地面に激突した。
『ボスッ!』
「……っ!!」
必死に悲鳴を押し殺すファレナ。
咄嗟のことだが、アリステリアが自分を護ってくれたのは分かる。
悲鳴など上げている暇はない。
痛む身体に鞭を打ち、慌てて起き上がるファレナ。
足を引きずりながらも、アリステリアが落下した場所へと急ぐ。
「アリス!しっかりしてください、アリスっ!」
ファレナが向かう先。アリステリアの落下地点には、既にヴァルドランが駆けつけていた。
失った右腕からの出血量は、驚くほどに少ない。
(?……っ!?)
不審に思って目を凝らしたファレナの目に飛び込んできたのは、“焼け焦げた”ヴァルドランの肩口。
もともと、グラウザーンの炎撃により焼き切られた為に、出血量はそこまで多くなかった。
だがそれでも、片腕を失うという大怪我の出血量としては、あまりにも少なすぎる。
ヴァルドランは自身でも炎の魔法を使い、腕の付け根を焼いて止血したのだ。
その顔には、玉のような脂汗が大量に滲んでいる。
「アリステリア様……しっかり……して……ください」
そう言ってヴァルドランは、アイテム入れから一本の瓶を取り出す。
淡い輝きを放つ、その瓶の中身は——マスターポーション。
この世界における、最高級のポーション。
質の良いものならば、手足の欠損の再生すらも出来る奇跡の薬。
魔王軍の穏健派でも、その一本しかない貴重品だ。
ヴァルドランはそのポーションを、アリステリアに——飲ませた。
「さあ、これをお飲みなさい……」
「う……ゴクン」
続いてヴァルドランはミドルポーションも取り出と、それを近づいてきたファレナへと手渡そうとする。
「ファレナ姫、これを……飲んでください」
ファレナは目を見開き、それを拒否する。
「なっ!?何を言っているのですかっ!
ヴァルドラン様がお使いください!」
しかしヴァルドランは、苦悶の表情を隠して無理やり笑う。
「私は良いのです。このミドルポーションでは、気休めにしかならない。
貴女が使うべきだ」
その言葉にファレナは、必死に首を横に振る。
「で、出来ません!出来るわけがないでしょう!?」
ヴァルドランは苦笑を浮かべ、ヴァレナへと近づく。
「しかたのない方だ。……御免!」
そう言うとヴァルドランは、無理やりヴァレナの口へとポーションを流し込む。
「んんっ!?んーー!」
「——ゴクン……ぷはっ……何を!」
次の瞬間、ファレナの身体から痛みが消えた。
もともとアリステリアの守りより、そこまで大きなダメージではなかったのも大きい。
「ヴァ、ヴァルドラン様………」
ファレナの申し訳なさそうな声。
その声に続くように、起き上がったアリステリアも声を掛ける。
「ヴァルドラン……」
だがヴァルドランの視線は、二人には向いていなかった。
その視線は、黙って様子を伺っていたグラウザーンへと向けられている。
グラウザーンの口から、冷たい声が投げかけられる。
「そうだ。それで良い、ヴァルドラン。
これで貴様の役目は終わった。……もう死んでも良いぞ」
グラウザーンは分かっていた。
ヴァルドランが、この様な行動を取るであろうことを。
グラウザーンとしても、今アリステリアとファレナに死んでもらっては困るのだ。
だからこそ加減した。
二人が死なないように、細心の注意を払って。
グラウザーンが、ヴァルドランへと近づいてくる。
その生命を刈り取るために。
ヴァルドランは、覚悟を決めて折れた黒剣を握りしめる。
——もう一度だ。
もう一度、王域結界を展開する。
なんとしても、二人だけは逃がす。
魔族のためだけではない。
人間のためだけではない。
世界のために。
グラウザーンの手に、魔力が宿る。
今度は腕ではなく、ヴァルドランの首を落とすために。
二人が次の一手に移ろうとしたその瞬間、アリステリアは二人の間に割って入っていた。
「なっ!?何をしているのだ!貴女は!
早く逃げるのです!」
ヴァルドランの悲鳴に近い声が、戦場に響き渡る。
だがアリステリアは、その声を聞いても引こうとはしなかった。
もう、駄目だ。
このままヴァルドランを見捨てては行けない。
自分の判断が間違っているというのは、痛いほどに分かっている。
自分ではグラウザーンに届かないというのも、苦しいほど理解している。
——今のグラウザーンはおかしい。
前回会った時より、明確に“何か”が変わっている。
魔王の力を保持しているから殺されない。
そんな希望的観測は……もはや意味を成さないのかもしれない。
邪神復活を諦めてでも、自分の命を奪うかもしれない。
それでも、たった今見てしまったヴァルドランの笑みが、脳裏に焼き付いて離れない。
自分はもう——このまま逃げることは出来ない。
「魔王アリステリアの名において、これ以上は許しません」
凛として放たれるアリステリアの声。
その声を受けたグラウザーンの瞳が、黒い瘴気に塗り潰されていく。
「……オロカモノメ」
アリステリアの琥珀の瞳が、光を宿す。
グラウザーンの黒い瞳が、闇を宿す。
二人の魔力が込められた一撃が——激しい音を立てて交差する。
『バチイィィィィィッ!』
ほんの一瞬拮抗を見せたが、弾かれたのはアリステリア。
「っあ!?」
ズザァ——
地面を滑るアリステリア。
引き継いだ魔王の力と、自分本来の力。
その双方を合わせてもなお、グラウザーンには届かない。
グラウザーンはアリステリアに目もくれず、ヴァルドランに近づいていく。
「くっ!王域けっか——んんっ!?」
咄嗟に力を使おうとしたヴァルドランだが、反応が遅い。
先程のダメージが、ヴァルドランから確実に鋭さを奪い去っていた。
グラウザーンに顔を掴まれて、持ち上げられるヴァルドラン。
その手に魔力が集中していく。
グラウザーンはアリステリアに視線を向け、冷たい言葉を落とす。
「アリステリアよ……貴様は殺さん。
だが、他の者は別だ。
貴様が魔王の力を譲渡しないというのなら、貴様の目の前で一人ずつ仲間を殺していこう」
視線をヴァルドランへと戻すグラウザーン。
「まずは……こいつからだ」
グラウザーンの魔力が高まる。
「やめてぇぇぇぇぇっ!!おじさまぁぁぁぁ!」
アリステリアの叫びも虚しく、グラウザーンの魔力がヴァルドランの頭を爆ぜさせようと光る。
(くっ……無念!)
ヴァルドランが自らの死を覚悟したその瞬間。
「待ちなさい!グラウザーン!」
ファレナの叫びが響いてきた。
アリステリアとグラウザーンの視線が、ファレナへと向けられる。
——ファレナは折れた黒剣の切っ先を握りしめて、自らの喉元へと突き立てていた。
剣を握りしめた手と、喉から血が零れる。
「それ以上続けるのなら……私はこの命をここで絶ちます」
グラウザーンの瞳が細められ、アリステリアの目が見開かれる。
アリステリアが声を出そうと口を開くが、先にグラウザーンが言葉を飛ばした。
「……好きにするが良い。貴様が死ねど、まだバルトが残っている。
勇者召喚は、バルトに使わせれば良い」
しかしファレナは、喉に剣を食い込ませて言葉を続ける。
「……お父様も、私と同じ選択をするでしょう。貴方の野望に加担するくらいなら。
そうすれば、召喚術を使えるものは……いなくなる」
ファレナの瞳は——本気だ。
彼女は本気で、命を絶とうとしている。
グラウザーンにも、ファレナの本気が伝わったのか。
彼が手から力を抜くと、ヴァルドランが地面に倒れ伏した。
グラウザーンはそんなヴァルドランに目もくれず、ファレナへと問いを飛ばす。
「生意気にも交渉のつもりか。
……貴様の交渉材料を言ってみろ」
ファレナは気丈にグラウザーンを睨みつけると、静かに話し始めた。
「……このまま、アリスとヴァルドラン様を逃がしてください。
そして、軍を引いてもらいます」
そう言って一拍の呼吸を置き、言葉を続ける。
「その条件を飲んでくださるのなら、私は貴方に着いていきます」
その言葉を聞き、アリステリアが悲鳴を上げる。
「な!?何を言っているの!?ファレナ!
馬鹿な真似はやめて!」
ファレナは言葉は返さずに、地面に倒れ伏すヴァルドランへと視線を向ける。
その顔には、覚悟が浮かんでいた。
「アリス……私が勇者召喚を使わされたとしても、
必ずしもエルフェリーナ様の魂を宿す方が召喚されるとは限りません」
その視線をアリステリアに向け。
「でも貴女が力を譲渡してしまえば、邪神の封印の半分は解除されてしまう。
……今は、貴女が逃げてください」
そして最後に短く。
「ヴァルドラン様の言葉を忘れないで——」
ファレナはグラウザーンへと視線を戻すと、力強く声を叩きつけた。
「私と父の命。それが私の交渉材料です!
さあ、返答を!」
グラウザーンは僅かな時間考える素振りを見せたが、やがて口を開いた。
「……いいだろう。その話に乗ってやる」
手に込めていた魔力を消して、アリステリアに向き直るグラウザーン。
「アリステリアよ、今は逃げ延びるが良い。
だが忘れるな。貴様のもつ魔王の力も、必ず俺が貰い受ける。
僅かに時間が……延びただけの話だ」
そう言うとグラウザーンはファレナの前まで歩いていき、ファレナを抱きかかえた。
そして首を後ろに向け、一言短くアリステリアに言葉を残す。
「次会う時までに、魔王の力を譲渡する決意を固めておけ」
その言葉を最後に、グラウザーンは空へと飛び去っていった。
「ファレナぁぁぁぁぁっ!」
あとに残されたのは、アリステリアの悲痛な叫びだけだった。
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