第25撃:《満腹と感謝》
困り果てた二人は、メニューをそっと閉じると、女性におすすめを尋ねることにした。
「すみません。どれも初めて見る料理でして……よろしければ、おすすめをお願いできますか?」
一真がそう告げると、女性はふふっと微笑み、
「かしこまりました。うちの主人が腕をふるった、自慢の料理をお持ちしますね」
そう言って、軽やかに厨房へと引っ込んでいった。
やがて、香ばしい香りと共に、厨房から漂ってくる湯気の混じった芳醇な香り。肉を焼く音、煮込まれたソースの甘く深い匂い――。そのすべてが一真の腹を刺激し、
「ぐうぅ~~~っ」
まるで怪獣の唸りのような音が、店内に響き渡った。
「……あはは……」
晶は苦笑しながらも、どこか楽しそうに目を細める。まるで、親しき人の新たな一面を見たかのように。
そして数分後、女性が料理を運んで戻ってきた。
「本日のおすすめは、〈星降り茸のポタージュ〉、〈炙りハイホッグの香草グリル〉、〈リスタニア風クリーム煮込み〉、そして〈銀ウロコ魚のスモークとキノコのリゾット〉でございます。ごゆっくりどうぞ」
目の前に並んだ料理は、どれも湯気を立て、芳醇な香りと彩りで目にも美しい。
「……美味そうだな、こりゃ……」
思わず唾を飲み込みながら一真がナイフとフォークを手に取る。
まずはポタージュ――とろりとした舌触り、星降り茸の濃厚で上品な旨味が口内に広がる。炙ったハイホッグの肉は外はカリッと香ばしく、中は驚くほどジューシー。香草の香りと肉汁の融合は、一度口に運ぶと止まらなくなる。
「……なんだこれ、うっっっま!」
叫ぶように感想を漏らし、二口、三口と、一真は夢中で食べ続けた。
晶も、自分の一人前をゆっくり味わいながら、ふと隣の様子をちらりと見る。一真がすでに一皿を平らげ、次の料理に手を伸ばしている。
(食べるの早いなぁ……)
最初は微笑ましく眺めていた晶だったが、気がつけば彼の前に空の皿が5枚。
(凄い ……、まだ食べられるんだ…)
10枚を越えたあたりで、晶の笑顔が引きつる。もはやその光景は、大食い大会の本選である。
「……一真さん、まだ……食べるんですか?」
恐る恐る、声をかける。
一真はフォークを持ったまま、「ん?」と顔を上げる。
「まだ八分目にも届かんなあ。もうちょっと腹に入れたい」
そう言って、追加オーダーを告げる。
晶は心底驚いた顔で、ぽつりと呟く。
「封神拳って……そんなにエネルギー消費するんですね……どこにそんなに入ってるんだろ……」
結局、一真は15人前ほどを平らげ、追加のパンとスープを最後にようやく「ふぅ……満足した」と言って椅子にもたれた。
「……大食い選手みたい……」
晶は呆れつつも、どこか楽しげだった。
しかし、次の瞬間、彼らの顔がやや強張る。女性が伝票を持ってきたのだ。
「合計で……金貨12枚になります」
「……あちゃ~……」
一真が頭を抱える。
つい、美味しすぎて抑えられなかった。
「すみません、ちょっと……食べすぎました。手持ちは金貨7枚。残りは、魔石を換金してから……というのでは、ダメでしょうか?」
正直にそう伝えると、女性はにっこりと微笑み、
「少々お待ちくださいね」
と言って奥へと戻っていった。
数分後、厨房からひとりの男性が女性と共に現れる。精悍な顔立ちの、髭をたくわえた料理人だった。
「あなた方が、うちの女房と娘を助けてくれた方でしたか……! 本当にありがとうございます。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
深々と頭を下げる。
一真は慌てて手を振った。
「いやいや、あれは偶然だ。というより、むしろ悪いのはこちらだ」
男――店主は顔を上げ、続けた。
「それでも、命の恩人に変わりはありません。本来なら無料に……と言いたいのですが、正直、店を出したばかりで、まだ生活が落ち着かず……」
そう言って、一真に申し訳なさそうに微笑む。
「もしよろしければ、金貨7枚だけで結構です。お気持ちだけ、十分にいただきました」
「……それは、さすがに悪い。魔石を換金すれば、すぐに――」
「お気持ちは嬉しいですが……それ以上は、私達の意地ということで」
その誠意に、一真もそれ以上は言わず、素直に頭を下げた。
「ありがとうございます。では、ありがたく……金貨7枚、払わせていただきます」
会計を済ませた二人は、店主とその妻、そして娘のナナに深く礼を述べた。
「また、必ず来ます。ご馳走様でした」
ナナは元気いっぱいに手を振りながら、
「お姉ちゃん!……じゃなくてお兄ちゃん! それと、おじさん! また来てねーっ!」
と、明るく笑った。
「……なんで俺は“おじさん”固定なんだろうなぁ……」
肩を落としつつも、楽しげに笑う一真。
晶も、そんな彼に微笑み返し、
「また来ましょうね、一真さん」
二人は振り返り、優しく手を振った。あたたかな昼の光の中、扉のベルが心地よい音を響かせていた。
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本当になんて言って良いのか…
心からの感謝を!




