第26撃:《命なき世界》
食事を終えた一真と晶は、日差しの傾き始めた道を歩きながら、静かに目的地へと向かった。
「アイテムショップ……この村に来て最初に寄ったあの店ですね」
「そうだ。話を聞けそうな相手がいる。あの爺さん、見た目は枯れ木みたいだったが、眼だけはやたらと生きてた」
舗装されていない土の道を踏みしめながら、二人は村の中心部に建つ、木造の古びた店へと到着した。
木の看板には、やや薄れてはいたが《アイテムショップ》の文字が掘り込まれている。
一真が扉を押すと、カララン、と乾いた鈴の音が店内に響いた。
棚には保存食や日用品、武具にポーション類まで雑多に並べられ、カウンターの奥には、昨日も座っていた白髪の小柄な老人がいた。椅子に腰掛け、静かに煙草のようなものをふかしている。
老人は顔を上げ、にっこりと笑った。
「おや、ふたりとも。昨日ぶりだねぇ」
「こんにちは」晶がペコリと丁寧に頭を下げる。
「よう、ロイ爺さん」一真が軽く手を挙げると、老人の眉がぴくりと動いた。
「……ほう、儂の名前、どこで聞いたんだい?」
「さっき寄った料理屋で聞いたよ。」
「ほう、そうかい」ロイは柔らかく笑い、椅子をきしませて体を前のめりにさせた。「で、今日は何の用だい?また何か聞きたいのかね?」
「まあな、聞きたいことがある。それと、金がなくなっちまってな。昨日売らなかった魔石が二つあるんだ。それを買い取ってほしい。」
ロイは口元を歪め、にやりと笑った。「昨日の金貨十枚を一日で使い切ったってわけか。そりゃまた豪快だねぇ」
晶が苦笑しながら、「……すごい食欲でしたから」と小声でつぶやく。
「はは、まあな。でも後悔はしてないさ」一真は肩を竦め、「それより聞きたいのは、回復の魔法とスキルのことだ。この世界じゃ、回復の術が一切存在しない……そう料理屋の奥さんが言ってたが、本当なのか?」
ロイは、ふう、と深いため息を吐いた。
「……ああ、本当さ。この世界、エルフェリアには、回復の魔法もスキルも存在しない。正確には――昔はあった。だが、今はもう、失われた」
「失われた? つまり、かつては存在していた……?」
「ああ、昔は確かに、癒しの力というものがあったと聞いている。けれど、ある時を境に、それは完全にこの世界から消えたんだ」
ロイは、棚の裏に置かれた椅子を指差しながら言った。
「長くなる話かもしれん。良ければ、そこの椅子に腰掛けな」
二人はロイに促され、木製の椅子に腰を下ろす。ロイは静かに語り始めた。
「この世界――聖魔人界エルフェリアは、二柱の神によって創られたとされている。一柱は創世神、《アルサリウス》。そしてもう一柱が、その妻であり、命を司る女神、《エルフェリーナ》だ」
一真と晶が息を呑む。
「この女神は、癒しの力を人々に授けた。治癒の魔法、生命力を高めるスキル、そして死に瀕した命をも救う“祝福”。すべては《エルフェリーナ》の加護によって与えられていたという」
ロイの声には、どこか神話を語るような敬意が宿っていた。
「けれど千年前、その女神が命を落とした……」
一真は真剣に耳を傾ける。
「生命の神が死ねば、癒しの力もまた失われる。それが理屈だろうな」
ロイは静かに頷いた。
「この世界から、命を癒す力が消えて以来、ポーションなどの人工的な治療手段しか残らなかった。しかもその材料も希少でね、誰でも作れるってもんじゃない」
「なるほど……ポーションが高価で、しかも数が限られてる理由がようやくわかった」一真は腕を組み、唸るように呟いた。
晶が不安そうに訊ねる。「その……女神さまが命を落としたって、本当なんですか? 神様なのに……死ぬんですか?」
「さあな。それは神のみぞ知るってやつさ」ロイは苦く笑う。「だが、実際に加護が消え、癒しの力が絶たれたのは事実。神が死んだと信じるしかないだろうな」
その話を聞いて、反応したのは晶だった。
(…アルサリウス……エルフェリーナ……?…なんだろう、胸がもやもやする…)
「爺さん、色々教えてくれてありがとう。魔石の買取も頼むよ」
「おうとも。相場よりちょっと色をつけとくよ」
ロイはカウンターの奥から天秤と鑑定具を取り出し、魔石を丁寧に計測し始めた。
宝石のように澄んだ魔石が天秤に乗せられ、カチリと軽い音を立てる。
一真はカウンターにもたれながら、ふと窓の外を見つめた。
沈みかけた陽が、黄金色に村を染めていた。
この世界に来て、まだ日も浅い。
けれど、何か大きな“過去”が、確実に絡み始めている。
この命の加護が尽きた世界――エルフェリアで。
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