第258撃:戦火を告げる報せ
最近本当に遅くなってしまってますね。
待っていてくださり、有難うございます。
一真の匂いを思い出してから、胸の高鳴りが収まらない。
——違う。
今までとは、明らかに質が。
だが晶には、その違いを説明できなかった。
「キュイ!キュイ!」
ルナリスの苦しそうな声を聞き、ハッとする晶。
どうやら無意識の内に、ルナリスを強く抱きしめていたようだ。
慌てて手を離し、ルナリスに顔を近づけて謝る晶。
「ご、ごめんね!ルナリス!」
「苦しかったよね……?」
しかしルナリスは怒った様子はなく、優しく晶の頬を舐める。
「キュウ……」
その様子を受け、今度は優しくルナリスを抱きしめる。
「ルナリスは優しいね……」
ルナリスと頬をすり合わせる晶。
その行為が、少しだけ心を落ち着かせてくれる。
その後、少しの時間を空けて温泉から出る晶。
タオルで体を拭き、服へと着替える。
身体が火照っているのは、温泉に長く浸かりすぎたせいか、それとも別の理由か。
晶は紫音と柚葉を呼び戻すと、全員でシルヴァの家まで戻った。
木の上の家に入ると、晶たちはシルヴァの言葉に従い、入念に柔軟を始める。
紫音はもともと身体の柔軟性を維持してきていたが、晶と柚葉は苦労した。
人と比べて殊更硬いというわけではなかったが、戦う上で柔軟性は重要だ。
苦労の甲斐あってか、この一月ほどで二人ともかなり体は柔らかくなっていた。
柔軟を続けながら、紫音がポツリと呟いた。
「それにしてもさ……地球にいた頃には考えもしなかったよな」
紫音の言葉に、自らも柔軟を続けながら柚葉が問いかける。
「考えもしなかったって?」
紫音は一旦柔軟を止め、言葉を返す。
「いやさ、何ていうか……いろいろ?」
その言葉に、晶が少し呆れたように言葉を漏らす。
「いろいろって……言いたいことは分かるけど」
紫音は、晶の反応に苦笑を浮かべて言い直す。
「この世界に来てからさ、本当に考えもしなかった事が起こってる」
「いや、想像や創作の中での話の様な事……かな」
その言葉は、晶や柚葉にも共感できるものだった。
邪神、異世界、異種族、神が伝えし技……そして多元宇宙。
自分たちがいた世界やこのエルフェリア以外にも、様々な世界が存在する。
それは正に、晶たちにとっては“物語の中の出来事”でしかなかったはずだ。
——この世界に召喚されるまでは。
気づいたら、三人とも柔軟を止めていた。
改めて、自分たちが置かれている状態の異常さを実感する。
そして、今こうして生きている幸運を痛感する。
同級生をすべて失い、自分たちは助かった。
だが、それを素直に喜ぶ事は出来ない。
一歩間違えれば、自分たちもこの場にはいなかったはずだ。
ふと、紫音が気になっていたことを呟いた。
「そういや何でオレたちは、セレフィーネに洗脳されなかったんだろうな」
そう、それなのだ。
一真や晶はまだ分かる。
セレフィーネの洗脳は、人の魂に根ざすスキルを媒介として、より強くその効力を増す。
二人ともスキルを持たないが為に、洗脳が効きづらかったのかもしれない。
それに、すぐエルサリオンを離れたのも大きいだろう。
だが、紫音と柚葉は違う。
二人ともスキルを授かった。
それだけではなく、暫くはセレフィーネのもとにいたのだ。
すぐに追放……いや、逃された一真や晶と違って。
紫音と柚葉は、ずっと引っかかっていたのだ。
なぜ自分たち“二人”だけ?
自分たちと他のクラスメイトでは、何が違った?
——ある。
自分たちが、他のクラスメイトと明確に違う事が。
“晶と過ごした時間の長さ”
紫音と柚葉は、同じ考えに至ったようだ。
同時に視線を晶へと向ける。
——エルフェリーナ。
「え……二人ともどうした、の?」
晶の疑問に、二人は答えることが出来なかった。
確証はないし、あまり晶を悩ませたくはない。
沈黙が場を支配しようとしたその時、一つの声が掛けられた。
「お前達、戻っていたか」
三人が声のする方を向くと、そこには銀髪の男性エルフの姿があった。
シルヴァである。
その姿を見て、三人はキョトンとした表情を浮かべた。
戻ってくるのが早い。
いつもなら情報収集や交換に、もう少し時間がかかるはずだ。
「シルヴァさん、今日は戻ってくるのがはや——」
柚葉がシルヴァに問いかけようとしたが、その言葉は途中で止まる。
シルヴァの表情を見たからだ。
その表情は、かなり強張っていた。
シルヴァと出会いそれなりに経つが、彼のこんな表情は見たことがない。
それだけでも、ただならぬ様子が伝わってくる。
恐る恐るといった様子で、晶がシルヴァに問いかける。
「あの、シルヴァさん……何かあったんですか?」
晶の言葉に対して、シルヴァは重い口を開いて答えを返した。
「魔王軍の穏健派と過激派の、本格的な戦争が始まった……」
◆ ◇ ◆
場所と時は変わり、ここは魔王城の一室。
魔王アリステリアの私室である。
その部屋にはアリステリアの他に、美しい女性の姿があった。
エルサリオン王国王女、ファレナ=エルサリオン。
ファレナが申し訳なさそうな表情で、アリステリアへと声を掛ける。
「アリス……本当に申し訳ありません……。
私が戦う力を持たないために、貴女達に大きな負担を……」
アリステリアは、ゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、ファレナ。謝るのはこちらの方です。
我々の問題に、貴女を巻き込んでしまった……ごめんなさい」
アリステリアが、グラウザーンの居城に呼ばれたあの日。
あの日以降、過激派の攻めは日に日に激しさを増していた。
ヴァルドランを筆頭に、多くの者達が頑張ってくれている。
それ故に、どうにかここまで凌いでこれたのだ。
だがそれも、いつまで続くか分からない。
総戦力では、過激派のほうが上なのだ。
しかも、ただでさえ戦力で負けているのに、アリステリア自身は戦場には出られない。
グラウザーンの目的は、アリステリアの魔王の力にも向けられているのだ。
魔法の力の譲渡には、アリステリア自身の意思が必要だ。
グラウザーンに近づいたからと言って、奪われるというものではない。
それでも、近づけばどうなるか分からない。
アリステリアに力の譲渡を迫るのに、どの様な手段を使うか分からないのだから。
——もどかしい。
何度そんな感情を抱いたか分からない。
だがそれでも、まだマシな状態ではあるのだろう。
アリステリアは、グラウザーンの強さを知っている。
魔族歴代最強の強さを。
グラウザーンがその気になれば、穏健派はひとたまりもないかも知れない。
なぜグラウザーンが本気で動かないのか、それは分からないが。
アリステリアを殺してしまうことによる、魔王の力の霧散を恐れているためか。
あるいは、まだ“情”が残っているのか。
アリステリアは自らを責める。
幼き頃の自分の愚行。
そのせいで、グラウザーンは変わってしまったのだ。
悔やんでも悔やみきれない。
アリステリアが、立ち入りを禁止されていた洞窟に入った時の記憶。
その記憶を思い出すと同時に、アリステリアの中にあるダンダリオンの記憶が教えてくれたのだ。
あの洞窟の奥は、邪神ゼルグノスを“封印した場所”へと繋がっているということを。
幼い頃に見た、どす黒い“何か”がグラウザーンの中に入っていった光景。
あれこそが、邪神の瘴気だったのだ。
——あるいは自分だったのかもしれない。
邪神の瘴気に、蝕まれていたのは。
グラウザーンは、自らの代わりにああなってしまったのだ。
痛みを含むアリステリアの表情を見たファレナが、何かを喋ろうと口を開いたその時。
『コンコン』
何者かが、アリステリアの部屋のドアをノックした。
「……どうぞ。開いています」
「……失礼します」
アリステリアの許可を得て室内に入ってきたのは——ヴァルドラン。
彼女の側近の、壮年の魔族である。
「ヴァルドラン?一体どうし——」
アリステリアの言葉は、途中で止まった。
ヴァルドランの切羽した表情を見てしまったからだ。
ヴァルドランは、アリステリアとファレナへと言葉を告げる。
あまりにも重すぎる言葉を。
「アリステリア様、ファレナ姫、お逃げください」
「……過激派の者たちが……総力を挙げて攻めてきました」
ヴァルドランの言葉を受けた二人の瞳は、痛々しいほどに揺れ動いた。
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