第256撃:優しさの終わり
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グラウザーンの手から、どんどんと血が滴り落ちる。
咄嗟のことで、魔力による強化をしていなかったのだ。
セレフィーネは弾かれたように剣を手放した。
そして、震えながらグラウザーンの手に触れようとする。
「ああ……ああっ!……そんな……そんなぁ!」
彼女の目からは、止めどなく涙が溢れてきている。
自らの命を失うよりも、グラウザーンの怪我のほうが痛い。
ガーラを失った今、セレフィーネにとっては文字通りグラウザーンが全てなのだ。
グラウザーンは、握りしめた剣に魔力を込める。
手に力を込め、そのまま剣を握り砕いた。
『バキィィィン!』
その光景に、再び目を見開くセレフィーネ。
——その剣は……ガーラの……
セレフィーネの瞳に、痛みが宿る。
そんなセレフィーネに対して、グラウザーンは悲しみを含んだ声を落とす。
「セレフィーネ、何があったのかの報告は受けている。
……この剣が、ガーラに託した物であるということも分かる」
その言葉を聞き、セレフィーネは視線を伏せる。
……ならば……なぜ……。
グラウザーンは、セレフィーネが口にできない想いを汲み取ったのか、
ゆっくりと……しかし瞳に厳しさを宿して言葉を放った。
「……お前が、逃げようとしているからだ」
逃げる?……何から?
自分の罪から?
グラウザーンの答えはもっと根本的で、そして本質的なことであった。
「生きることからだ」
ズグン。
今しがた貫こうとした、セレフィーネの心臓が跳ねる。
「お前はわざわざガーラの剣で、自らの命を絶とうとしたな。
……ガーラの死を、自らの“逃げ”の理由に使うつもりだったのか?」
ズキン。
先ほどとは違う痛みが走る。
「私は……そんなつもりでは……」
グラウザーンの瞳に、再び優しさが宿る。
それはかつて、自らを救ってくれたグラウザーンの瞳と同じ光。
セレフィーネが大好きだった、温かな光。
「嫌な言い方をしたな。許せ」
そう言って言葉を続ける。
「お前が俺の事を想うあまり、痛みに耐えられなくなったのは分かる」
「だがな、今お前が行おうとしたことは、選んではいけない逃げだ」
——選んではいけない“逃げ”——
「逃げるのは構わん。立ち止まることも良い。
だが俺は、お前が“その”逃げを選ぶことだけは、断じて認めるわけにはいかん」
グラウザーンはセレフィーネの前にしゃがみ込むと、セレフィーネの右手を取った。
そしてその手を、自らの顎へと導く。
——さわさわ——ジョリジョリ——
幼い頃に卒業したはずの、グラウザーンの髭遊び。
少し硬くて、チクチクする感触。
その感触に、セレフィーネの瞳からまた涙が溢れ出た。
グラウザーンは嬉しそうに笑うと、セレフィーネの頭を優しく撫でる。
「セレフィーネ。お前のイタズラ程度で俺が参ると思うか?
その程度でどうこうなるほど、この黒炎公は温くないぞ?」
セレフィーネは我慢ができなかった。
グラウザーンの胸に飛び込み、嗚咽を漏らす。
「あぁ……あぁ!
グラウザーンさま……グラウザーンさまぁ!」
グラウザーンはセレフィーネの背中を優しく撫でると、
彼女を落ち着けるように、優しく声を落とした。
「多少回り道をしたにすぎん。
ゼルグノスの復活は、必ず俺が成し遂げる」
——ゼルグノスの復活——
その言葉を発した時、グラウザーンの芯からどす黒い“何か”が溢れ出した。
「む……う……っ!」
グラウザーンの気配の突然の変化に、セレフィーネは顔を上げて不安そうな声を出す。
「グラウザーン、さま?」
——何をしている。邪神の復活を早めろ——
唐突に、グラウザーンが叫びを上げる。
「ぐ……おぉぉぉぉぉっ!」
——お前の存在理由はゼルグノスの復活だ——
グラウザーンの苦しそうな声を聞き、セレフィーネは取り乱す。
何が起きているのか分からない。
「グラウザーン様!大丈夫ですか!グラウザーン様!」
グラウザーンは、必死にセレフィーネを抱きしめようとする。
安心しろと。
大丈夫だと。
——だが。
ドンッ!
グラウザーンは、自らに縋り付くセレフィーネを弾き飛ばした。
「きゃうっ!」
床に倒れるセレフィーネ。
——邪神の復活に比べれば、全ては些事だ——
セレフィーネは慌てて起き上がると、再びグラウザーンに触れようと手を伸ばす。
しかし、その手は虚しく空を切る。
グラウザーンが踵を返して、歩き始めたのだ。
一瞬見えたグラウザーンの瞳からは、先程までの優しさは消えていた。
代わりに灯っていたのは、冷たく暗い闇の輝きだけ。
セレフィーネは恐怖のあまりに、どうにかなってしまいそうだった。
グラウザーンのためならば、どのような事にも手を染めるつもりだった。
どれほど汚れようが、どれほど穢れようが、グラウザーンの助けになるならと。
実際、様々な悪事に手を染めてきた。
グラウザーンの命に従い、エルサリオンに潜り込んだ。
城の者たちを洗脳して、利用した。
短期間で多くの勇者召喚を行わせて、罪無き命を使い潰してきた。
全てはグラウザーンの野望のため——願いを叶えるために。
——そうなのだろうか?
本当にそれは、グラウザーンの願いだったのだろうか。
あの優しかったグラウザーンが?
自信過剰な所を父と弟に窘められて、照れくさそうに笑っていた彼が?
スラムの現状に心を痛め、多くを救おうと苦心していた彼が本当に……?
——本当に——そんな事を願う人?
セレフィーネは立ち去ろうとするグラウザーンに、必死に追いすがろうとする。
「グラウザーン様っ!待ってください!行かないで!」
立ち上がろうとするが、足腰に力が入らない。
地面を這いながら、必死にグラウザーンに声を掛ける。
このままだと、グラウザーンが遠くまで行ってしまいそうな気がした。
「お願いします!グラウザーン様!グラウザーンさまぁぁぁぁぁぁぁっ!」
グラウザーンは立ち止まった。
立ち止まり、セレフィーネへと振り返る。
一瞬、セレフィーネの瞳に希望が灯る——が。
その希望は、一瞬にして砕け散った。
グラウザーンの瞳を見てしまったから。
その瞳はセレフィーネのことを——まるで“ただの道具”のようにしか見ていなかった。
「セレフィーネ。
貴様は暫く謹慎していろ……邪魔だ」
そう言うと、グラウザーンはもう振り返らなかった。
そのまま歩き去っていく。
セレフィーネは、それ以上追いかけることが出来なかった。
絨毯が涙で濡れていく。
その涙はいつ止まるとも知れず、ただただセレフィーネの瞳から零れ続けた。
「グラウザーン……さま……」
————
背に聞こえる“雑音”を振り払い、グラウザーンは自室に戻る。
——止めてくれ——
椅子へと腰掛けると、忌々しげに声を漏らす。
「セレフィーネめ……いらん手間を増やしおって」
——これ以上、俺の中に入ってくるな——
かつてグラウザーンは、弟のレイゼルを手に掛けた。
魔王の力がアリステリアに譲渡された以上、必要なくなったからだ。
そうすれば、アリステリアが折れるだろうと踏んだのだが……。
——俺は……俺はっ!——
「……いい加減“これ”も邪魔だな」
瞬間、“グラウザーン”の中が黒いもので埋め尽くされる。
「これでいい……」
もう手段は選ばない。
アリステリアを殺してしまう事を危惧していたが、エルサリオンを失った今、
もはやそんなことは言ってられない。
——草薙一真。
あの者の姿が、頭から離れない。
恐らく奴は生きている。
奴が使っていたあの力は“地球”で戦った、忌々しい神たちを思い起こさせる。
是が非でも、あの場で殺しておくべきだったのだ。
それを……。
「くだらん邪魔を」
セレフィーネなど捨てておけばよかったのだ。
絶対の目的のために。
グラウザーンは椅子に背を預けると、瞳を閉じて決意を固める。
穏健派の者たちは、消えてもらう。
アリステリアとファレナ姫さえ残れば、それでいいのだ。
翌日、グラウザーンの配下たちに、信じられない命が下されることになる。
準備を整え、穏健派との前面戦争を行う。
戦力として、アビス・ケイルからも兵を引きずり出す。
全面戦争の——準備が始まった。
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