第235撃:不気味な静寂
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精霊の力が城内を包む。
優しき微睡みの旋律が、人々の心を撫でてゆく。
少しして近くの部屋や廊下から、
“ドサリ”という誰かが倒れる音が聞こえてくる。
オラクルは身を屈め、隠し扉の外を窺い見る。
廊下に巡回兵が倒れているのが、確認できた。
どうやら、ぐっすりと眠っている様子。
——成功だ。
「よし、これで兵に発見される危険は、大きく減った。
リュミナ、行くぞ」
オラクルの声を受け、リュミナは固唾を飲んで小さく答える。
「うん」
二人は警戒を緩めず、身を屈めたまま廊下に滑り出る。
柱から調度品の影へ、調度品から壁へ。
途中、部屋の内部を確認しつつ進むが、起きている兵はいないようだ。
しかし油断はできない。
最初に危惧したように、セレフィーネや勇者たちに効果があるかは未知数。
オラクルとリュミナは、周囲の気配を探りながらバルト王の部屋へと向かう。
謁見の間にいる可能性も考えたが、今そこには眠っている兵しかいない。
眠りの精霊が教えてくれた。
ただ、オラクルには気になることがあった。
勇者の気配と、セレフィーネの気配が感じられない。
此度の勇者には直接会ったことはないが、
過去の召喚の際に何度か見たことがあるので、なんとなくだが気配の質は分かる。
セレフィーネにしても、何度も精霊に頼み下調べをしたので、僅かながら気配の質は記憶している。
もっとも、セレフィーネ程の実力者なら、気配を隠す術にも長けているだろうが。
それにしても、あまりにも何も感じない。
眠りの精霊にも、セレフィーネや勇者たちのことは伝えていた。
だが、精霊から伝わってきた感覚には、該当するような人影も気配もない。
——順調過ぎる。
もう少しで王の部屋が見えてくるのに、ここまであまりにも何もなさすぎる。
ふと、オラクルの胸中に、嫌な感覚がよぎった。
——進むな。引き返せ——
それは自らの心の奥底の声。
トリニティ・レギオンの一員、スピリット・コンダクターとして、
様々な危険を乗り越えてきた自身の“勘”。
何度も命を助けられてきたその勘が、逃げろと警鐘を鳴らしている。
オラクルは直接セレフィーネを見たことはない。
情報は全て、精霊を通じて教えてもらったものだ。
故に、不確定要素が多すぎる。
あまりにも不気味だ。
これが精霊を通じてでは感じられない、本物の“空気”なのだろうか?
——違う気がする。
もっとも危険と隣り合わせな日々だったトリニティ・レギオン時代でも、ここまでの不気味さは感じたことがない。
王の部屋に近づくにつれ、警鐘はどんどん大きくなっていく。
逃げろ。
逃げろ!
逃げろ!!
——駄目だ。
逃げるわけにはいかない。
逃げる必要があるにしても、現状を把握してからだ。
物音一つしない異質な雰囲気のなか、二人はついに国王の部屋の前までたどり着いた。
リュミナが不安を含んだ声をかけてくる。
「お、お姉ちゃん、何か嫌な予感がする……」
オラクルはリュミナへと振り返ると、無理やり笑顔を作って言葉を返した。
「大丈夫だ。最初に言った通り、危険だと判断したらすぐに逃げる。
リュミナもそのつもりでな」
オラクルの優しい声。
だが、リュミナの表情は晴れなかった。
なぜなら、オラクルは気づいていない。
先程から、まるで自分に言い聞かせるように呟き続けているのだ。
『大丈夫……大丈夫』……と。
こんなオラクルを見るのは、生まれて初めてだった。
不安は膨れ上がるばかりだが、ここまで来てしまった。
部屋の内部から感じる気配は一つだけ。
リュミナも何度か会ったことのある、バルト国王の気配。
いるのだ。
この扉の向こう側に、王が。
オラクルは瞳を閉じ、音を殺して深呼吸をする。
そして開いたその瞳には、覚悟が宿っていた。
「リュミナ、いつでも逃げられるようにするんだ。
私が先に部屋に入るから、私が合図をしたら入ってこい」
そう言うとオラクルは、リュミナの返事も聞かずに少しだけ扉を開く。
『キィィ』
小さく軋んだ音を立てて開かれる扉。
オラクルはドアの隙間から、部屋の内部を覗き見る。
——いた。
オラクルは、バルト国王の姿をその目に捉える。
椅子に座って、僅かに項垂れている。
眠ってはいないようだ。
だがその瞳には、感情の色が宿っていない。
セレフィーネの洗脳の効果だろう。
他には誰かいないか。
……。
……。
いない。
少なくとも、扉の隙間から見える範囲には。
オラクルはゆっくりと扉を開いていき、部屋へと入っていく。
手には、魂律共鳴核が握られている。
————
オラクルの背を見つめながら、リュミナは咄嗟に声をあげそうになる。
——逃げよう!——
しかし既のところで踏みとどまる。
理由はわからない。
だがリュミナは、得体のしれない不安に心を囚われていた。
(なに?何でこんなに嫌な予感がするの?
……怖い……怖いよ。
オルディンお爺ちゃん。ロイさん。……一真くん)
何故だかオラクルの背中が、どんどん遠くなっていくような気がした。
————
部屋へと入ったオラクルは室内を見渡し、注意深く気配を探る。
他に誰もいない事を再度確認して、バルト王の元へと歩いてゆく。
——長かった。
バルト王の洗脳を解く方法を探し始めて。
だが、どうやら間に合ったようだ。
癒やしの力の持ち主は、未だ現れていない。
バルト王を正気に戻せたら、後はファレナ王女の奪還が出来れば、ひとまずは一息つけるだろう。
椅子で項垂れるバルト王の前で立ち止まったオラクルは、手に持つ共鳴核へと視線を落とす。
「王よ……長らく待たせてしまいました。
ですが今、その呪縛から解放を」
オラクルが共鳴核を王へとかざし、魔力を込めようとしたまさにその瞬間。
部屋の隅から、美しい声が掛けられてきた。
「ようこそいらっしゃいました、侵入者さん。
退屈していたのです。
歓迎いたしますね♪」
ゾクリ。
オラクルの背に、まるで氷柱でも差し込まれたかのような怖気が走る。
(なっ!?
気配も何も感じなかったぞ!
不味い!セレフィーネに見つかった!)
オラクルは身動きが取れなかった。
意識に反して、身体が言うことを聞かない。
(くそっ!
動け……動けっ!)
だが動かない。
かつての戦場でも、何度か経験したことのある感覚。
それは恐怖——あるいは絶望による硬直。
地球……日本ではこう言われる現象だ。
『蛇に睨まれた蛙』
だが今回のこれは、今までの比ではない。
今まで感じなかった気配を感じた瞬間、オラクルの心に浮かんだ感情は一つ。
『死』
彼女は今、死の予感に縛られていた。
オラクルが動けずにいると、“声の主”がオラクルの斜め前まで歩いてくる。
脂汗を流しながらも、オラクルはその人物の顔を見る。
その顔は何度も見たことがある、この国の姫のもの。
ファレナ=エルサリオン。
だが違う。
顔は同じでも、身体は同じでも、目の前の人物は断じてファレナではない。
セレフィーネが化けているのだ。
目の前の“ファレナ王女”が、オラクルを値踏みするように言葉を放つ。
「へぇ。
貴女、なかなか強いのですね」
口ではそう言うが、彼女の表情はそうは言っていない。
明らかな落胆の色が見て取れる。
続いて放たれた言葉が、オラクルに衝撃を与えた。
「……違うね。
セレフィーネちゃんが警戒しているのは、“コレ”じゃない」
(!?)
(セレフィーネちゃん!?)
オラクルはセレフィーネの事を、そこまで詳しく知っているわけではない。
だがそれでも、違和感を拭えない。
セレフィーネと言う人物が、自らの名前に“ちゃん”などとつけるだろうか?
否。
自分が調べたセレフィーネという女は、その様な人物ではない。
オラクルは震えを押し殺して、目の前の何者かに言葉を叩き付ける。
「貴様!セレフィーネという魔族ではないな!?
何者だ!」
目の前の“誰か”は、答えを返しては来なかった。
代わりに口を三日月状に開いて、とても楽しそうに笑ってみせた。
その瞬間、オラクルの金縛りが解ける。
振り向くことなく、部屋の外で待機しているリュミナへと声を飛ばす。
「リュミナ!今すぐにここから逃げろ!」
その言葉を放つと同時にオラクルは、臨戦態勢へと突入した。
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