第230撃:黒炎公の涙
かなり遅くなっていましました!
本当にごめんなさい!
そして、待っていてくださり、有難うございます!
三人は一度視線を交わし、行動を開始した。
オラクルとリュミナは、エルサリオン王城へ。
一真は、こちら側へと向かってくる謎の軍団のもとへ。
二人が王城へと駆けてゆく姿を、一真は背中越しに見る。
——ふと唐突に。
ズクン。
一真の背に“何か”が走り抜けた。
(!?)
思わず一真は立ち止まり、振り返って二人を見つめる。
小さくなってゆく二人の姿。
その姿を見ながら一真の胸中に、言葉にできない“何か”がよぎる。
(何だ……この感覚は……)
上手く言語化が出来ない。
言葉として説明することが難しい。
それでも敢えて、無理やり言葉にするのなら。
『嫌な予感』がする。
一真は咄嗟に、二人を呼び止めようとする。
しかし二人の背は既に遠く、謎の軍団もどんどん近づいてくる。
先程の自分の言葉が、頭によぎる。
自分達にだけ都合が良いなどという機会は、そうそう訪れるものではない。
次の機会が訪れる保証もない。
一真は瞳を閉じて逡巡する。
悩んだのは一瞬だけ。
一真は瞳を開けて、軍団の元へと再び駆け始めた。
(——無理だけはするなよ。
危険だと思えば、すぐに離脱するんだ)
そう、心で二人に語りかけて。
◆ ◇ ◆
時と場所は変わる。
ここは魔族領。
黒炎公グラウザーンの居城。
玉座へと腰かけているグラウザーンのもとに、
ドアを蹴破る勢いで、一人の配下が駆け込んできた。
顔色も悪く、肩で息を切らしているその様子から、必死に走ってきたことが伺える。
「たっ、たっ、大変です!グラウザーン様!」
血相を変えているその者を見て、グラウザーンの側近の叱咤が飛ぶ。
「落ち着け!グラウザーン様に対して無礼だぞ!」
しかしグラウザーンは、無言で片手を上げて、それを制した。
駆け込んできた配下を見下ろしながら、静かに声を落とす。
「構わん。何があったか言ってみろ」
配下はどうにか息を整えると、順を追って説明を始めた。
「ま、まず最初に報告しなければならないことがあります」
配下は唾を飲み込み、喉の張り付きを和らげる。
「ガーラ様が……戦死なさいました」
その言葉に、グラウザーンの眉がピクリと動く。
謁見の間がざわつく中、配下は言葉を続ける。
「そして、ガーラ様の死を知ったセレフィーネ様が、ヴェイルを解放しました……っ!」
その言葉が鳴り響いた直後、謁見の間は喧騒に包まれる。
「何だと!?ヴェイルをアビス・ケイルから出したのか!?」
「セレフィーネ様は何を考えてるんだ!」
「なんてことだ…アレを解き放つなど…」
場がざわめきに支配される中、グラウザーンの玉座の肘掛けが、ミシリと音を立てる。
グラウザーンが力を込めて、握りしめたのだ。
その音を聞き、場は静まり返る。
グラウザーンは跪く配下に、短く問いを飛ばした。
「……確かか?」
配下は震えながら頷き、肯定の意を示す。
「はい、アビス・ケイルの看守長、及びガーラ様の部下の方からの報告が届いています」
配下は二枚の紙を取り出し、それを近衛の一人に預けた。
近衛がその紙を検めた瞬間、近衛の表情が険しくなる。
近衛が紙をグラウザーンに手渡す。
その紙に視線を落とすグラウザーン。
グラウザーンの眉間にも、近衛と同じ皺が寄せられる。
その紙——報告書に書かれていたのは、セレフィーネによる“位階命印”の行使を告げる文。
グラウザーンは二枚の報告書を握りつぶすと、苛立ちを含んだ低い声を出す。
「セレフィーネめ、たかだか部下ひとりの仇討ちのために、ヴェイルを使うだと?
何を考えている」
——たかだか部下一人。
その言葉を呟いた時、グラウザーンの頭に過去の映像が浮かび上がる。
それは、粗いノイズのようなものに隠された記憶。
かつて、自らの子供のように可愛がっていた、幼かったガーラの笑顔。
ふと、グラウザーンの頬に、温かいものが伝った。
一筋の涙。
(たかだか部下ひとり?……俺は何を?)
胸に痛みが走る。
頭が割れるように痛む。
「う、むぅ!」
椅子から滑るように、地面に片足を着くグラウザーン。
近衛たちが、慌てて近寄ろうとする。
「グラウザーン様!」
彼はそれを、片手で止める。
グラウザーンの心に、漆黒の“何か”が溢れ出す。
魂とも呼べる内側をソレが埋め尽くした時、グラウザーンの瞳から涙は消えていた。
ゆっくりと立ち上がり、玉座へと座り直すグラウザーン。
彼は一つ大きくため息をつくと、近衛の一人に命を下す。
「……人を集めろ。
動ける者達を集め、ヴェイルをアビス・ケイルへと引きずり戻せ」
動ける者と言っても、幹部たちはほとんど含まれないだろう。
穏健派である魔王派閥との睨み合いが続いている今、多くの幹部は動かすわけにはいかない。
(俺が直接出向いて叩くか?)
——駄目だ。
その間に何が起こるかわからない。
エルサリオンにヴェイルが出向いたとなれば、何をしでかしているかわからない。
最悪の場合、快楽目的でバルト国王を殺しているかもしれないのだ。
そうなれば、勇者召喚が使えるのは、アリステリアが保護しているファレナ王女しかいなくなる。
目的のためには、今自分がアリステリアから目を離すわけにはいかない。
アリステリアが持つ魔王の力もまた、グラウザーンの目的のためには、無くてはならないのだから。
此度の勇者召喚以降の事態の変化。
それを、グラウザーンも感じていた。
セレフィーネは、グラウザーンが最も信頼する部下の一人である。
その彼女が、この局面においてまさか、これほどの暴走をするとは思わなかった。
絶対に邪神を復活させなければならない。
それだけは絶対だ。
——絶対?
なぜ自分は、これほどまでに邪神の復活を望んでいる?
それを考えた時、再び黒い何かが魂に触れた。
なぜも何もない。
邪神の復活が成就すれば、永劫の魔族による支配が完成する。
その目的のためには、こんなところで躓いている訳にはいかない。
グラウザーンの異変を見て、戸惑っていた配下に怒声が飛ぶ。
「何をしている!さっさと人を集めて、ヴェイルを連れ戻せ!」
その言葉を受け、慌てて配下達は動き出した。
集められたのは、百を超える兵たち。
多くの者が、過激派においては新参者だ。
グラウザーンが変わってしまう前から、グラウザーンを慕っていた者たちとは違う。
今のグラウザーンの元で、好き放題暴れたいと集まってきた者たち。
広い魔族領の中、こういった者たちも、それなりの数がいるのだろう。
中にはかなりの実力者もいる。
集められた兵たちは、エルサリオンへと向かい進軍を開始した。
ヴェイルを——抑えるために。
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