第23撃:腹が減っては
村を離れようとしたその時だった。
「……ぐ〜〜〜」
静かな道に、間の抜けた音が響いた。一真のお腹の虫が、威厳も構わず遠慮なく主張する。
「……?」
晶がきょとんとした顔で振り向く。さっきまで魔王軍を圧倒していた男が、今は腹を抱えて苦笑いしていた。
「おお、そうだった。飯……忘れてた。封神拳、ちょっと使いすぎたな」
額の汗を拭いながら、一真は空を仰ぐ。仙気の消耗が、見た目以上に体力を奪っていたのだろう。
晶も何気なく財布の紐を確認する。「それと、一真さん。森に戻る前に、買い出しもしないと……」
「ああ、それもあったな。……問題は、金が足りるかどうかだ」
一真は頬を指で掻きながら呟いた。
「酒場で使ったぶんと、宿代、それと朝飯を引いても、まだ金貨七枚以上は残ってますよね?」
晶の問いに、一真はどこか納得がいかない様子で首をかしげた。
「うーん、そうなんだが……腹の減り具合からして、十枚でも足りるかどうか……」
「?? はあ、そう……なんですか……?」
晶は首を傾げたが、深く追及しないことにした。
「よし、村を離れる前に――まずは飯! そして買い出しだ! 美味い店がないか、ビルたちに聞いてみよう」
そう言って、ニッと笑った一真が晶の肩を軽く叩く。
「なあ、晶。今朝の宿屋で出た朝食、味が薄くてイマイチだったもんな?」
「あ……うん。確かに……」
思い出して苦笑する晶。一真の茶目っ気たっぷりの笑顔に、つられて笑ってしまう。
ふたりは、村の復旧作業を始めていたビルたちのもとへ駆け寄った。
「美味い飯屋、知らねぇか?」と一真が訊ねると、さっき別れたばかりの彼の姿に、ビルたちは一瞬きょとんとした顔をした。
「さっき別れたばっかじゃねぇか……」ザックが吹き出しながら言う。
「ククッ、再会早すぎだろ、さすがに」
一真が照れくさそうに後頭部を掻く。
すると、無言でサラがザックの足を踏みつけた。
「いってぇぇぇっ!? な、なんだサラ!? 冗談だろ!」
「うるさい。カズマ様を笑うな。……問答無用」
「なにが問答無用だよっ!?」
そんなやり取りに、晶が苦笑する。
サラは改めて一真に向き直ると、顔を少し紅潮させながら言った。
「……カズマ様。食事処なら……おすすめがある」
それは、村に最近戻ってきた料理人の店だった。都会で修行を積み、数年ぶりに帰郷したその料理人は、料理の腕は本物らしい。ただ、ちょっと値が張るのが難点だという。
「ふむ……よし! せっかくだ。そこに行ってみるか。サラちゃん、情報ありがとな」
一真が笑顔で礼を言うと、サラはますます頬を染めて、
「……これくらい、安い御用……」
と小さく呟いた。
サラの案内を頼りに、ふたりは村の一角にあるこじんまりとした料理店へ向かう。石造りの小さな外観ながら、センスの良い看板と小さなテラス席が印象的だった。
「ここか……」
一真が店を見上げながら、満足げにうなずく。
晶は少し不安げに囁いた。
「……大丈夫ですか? サラさん、けっこう高いって……」
「う……まあ……いざとなったら、石ころ蛇とツヨツヨスライムの魔石を売れば……」
料理への執念が感じられるほどの意志。晶にはその姿が、どこか可愛らしく見えた。
ついさっきまで、鬼神のごとく戦場を蹂躙していた人間とは思えない。そのギャップが、不思議と温かかった。
ふたりは連れ立って、料理店の扉を開ける。
香ばしい香りが、彼らを迎え入れた――。
ブックマーク有り難う御座います!
いつも同じ言葉でしか、感謝を伝えられずに申し訳ありません…。
本当に嬉しくて、時間ができたら、ついつい眺めてしまってます。
皆様に感謝を。




