第225撃:壊れた魔族と、再び歩き出す者
重い展開ばかりで疲れてしまっていませんか?
楽しんでもらえているなら、とても嬉しいです。
ヴェイルは、つまらなそうに口を尖らせて呟いた。
「ああ……なんだぁ……もう打ち止めか。
ここでこうして、待つだけっていうのは退屈なんだけどね。
……まあ、少しは退屈しのぎには、なったかな」
その足元には、
何人もの“上級勇者”だった者たちが、物言わぬ姿で転がっている。
決して、弱くはなかった。
武王。
剣王の資質。
雷の支配者。
いずれも、正しく“チート”と呼べるスキルの数々。
戦闘経験の不足という致命的な欠点を、
本来ならば覆して余りあるはずの能力だった。
——本来、ならば。
部屋の中は、異様なほどに整然としている。
壁も床も、魔法で焦げた痕跡はない。
家具や調度品が、斬られたり砕かれたりした様子もない。
少年たちは、決して抵抗しなかったわけではなかった。
抵抗は、した。
魔法も放ったし、剣を振るい、必死に斬りかかってもいた。
ただ単純に。
それらすべてが、ヴェイルには“届かなかった”だけだ。
美しいファレナ王女の姿のまま。
衣服を汚すことすらなく。
ヴェイルは、勇者たちを蹂躙した。
セレフィーネは、確かに当時よりも強くなっている。
だが、それはヴェイルも同じだった。
セレフィーネに敗れた、あの時よりも――
確実に、強くなっていた。
アビス・ケイルの中に閉じ込められ、
魔力もスキルも封じられながら。
それでも、魔力総量と操作精度だけは、
執念のように鍛え続けていた。
全ては、
いつか訪れるであろう復讐の時のため。
そして――
より強い“快楽”を得るため。
ヴェイルは、自分が壊れていることを理解している。
理解した上で。
その壊れた自分を、拒絶することなく受け入れ。
むしろ、楽しんでいる。
——セレフィーネは。
たとえ何があっても、ヴェイルを解き放つべきではなかったのだ。
普段の、冷静な彼女であれば。
決して、このような選択は取らなかっただろう。
これまで上手くいっていたセレフィーネの……
いや、魔王軍過激派の行動は。
此度の勇者召喚を境に、
ゆっくりと、しかし確実に狂い始めていた。
◆ ◇ ◆
一真は目を覚ますと、
部屋に備え付けられた水瓶から水を汲み、顔を洗った。
冷たい水が、意識をはっきりと覚まさせる。
革製のコートを羽織り、部屋を出ると、
一階の食堂へと足を運んだ。
そこには既に、オラクルとリュミナの姿がある。
一真の姿に気づき、リュミナが明るく声を上げた。
「あ、一真くんおはよう!
よく眠れた?」
続いて、オラクルも口を開く。
「おはよう。
体調の方はどうだ?
もう、本当に大丈夫なのか?」
一真は、苦笑を浮かべながら二人に答えた。
「二人ともおはよう。
もう何日も前から、体調は問題ないさ。
十分すぎるほど、休ませてもらったよ」
数日前の時点で、
一真は既に回復を告げていた。
だが、それを聞いても二人の表情は晴れなかった。
まだ無理をしているのではないか。
その疑念を、拭いきれなかったのだ。
今回の遺構では、
一真に相当な無理をさせてしまった。
一真自身は、
「オラクルに会うのが目的だった」と、気にしていない様子だったが。
二人はどうしても、
自分たちの責任で一真を危険に巻き込んだという負い目を捨てられなかった。
そのため、
ガイから紹介されたバッカスの宿に、
それなりの期間、世話になることになったのだ。
滞在中、ガイ一行やリリーナが何度か顔を見せた。
手持ち無沙汰だった一真は、
アデム、ロブ、ベンに体術を教えるようになっていた。
最初は見慣れない武術体系に戸惑っていた三人だが、
次第に、その奥深さにのめり込んでいった。
特にベンは、
寝る間も惜しんで基礎の反復練習を続けているらしい。
体格に恵まれているとは言い難いベン。
だが武術とは、そうしたハンデを補うための研鑽が積み重ねられてきたものだ。
それを感じ取ったのか、
ベンだけではなく、アデムやロブもまた、嬉しそうに練習に打ち込んでいる。
一真は、いつまでもここに留まるわけにはいかない。
重要な部分を、既に基礎が身についているガイに伝え、
今ではガイが三人を鍛えている。
その様子を見て、
一真は自分の若い頃を思い出し、自然と笑みを浮かべていた。
(ははっ……
分かり始めた途端、面白くて堪らなくなるんだよな)
知らなかったことを知る喜び。
出来なかったことが、出来るようになる瞬間の高揚。
そしてやがて、
人が何千年も積み重ねてきたものの重みに躓き、挫折する。
悩み、苦しみ、それでも足掻いて――
壁を、一つずつ越えていく。
きっと、彼らは強くなる。
一度折れて、それでも立ち上がった者は、必ず。
いつの日か。
拳闘士四人パーティーという夢が、現実になるかもしれない。
そんなことを思いながら微笑んでいると、
リュミナが不思議そうに声をかけてきた。
「あれ? 一真くん、なんだか嬉しそう。
なにかあったの?」
一真は目を閉じ、笑みを深めて答える。
「いや、なんでもないさ」
そして、表情を引き締めた。
「それより二人とも。
俺は本当に、もう大丈夫だ。
完全に回復してる」
それは、嘘ではない。
この世界に来てから、一真はかなり無理をしていた。
原因はただ一つ――
封神拳の使用時間の長さ。
前世界魂律遺構で、
その蓄積した無理が、一気に噴き出した。
だが、この宿に来てから、
一真は一度も封神拳を使っていない。
休む時は、休む。
それもまた、必要なことだ。
晶たちのことは、確かに心配だ。
だが同時に、信じてもいる。
彼らは、守られるだけの存在ではない。
それでも、あえて気になることを挙げるとすれば――
晶のことだった。
オルディンに出会う前あたりから、明らかに様子がおかしい。
いや、正確には。
この世界に来て、最初に晶を見た時から、
少しずつ、何かが変わっているように思える。
晶に、何が起きているのか。
それは、確かに気がかりだった。
だが、今悩んでも答えは出ない。
それよりも、まずは――。
「二人とも。
そろそろ動くとしよう」
一真は静かに告げた。
「魂律共鳴核……
これで、バルト王の洗脳解除を試みる」
その言葉に、二人の表情も引き締まる。
オラクルが無理をしたのも、
元を辿れば、それが目的だった。
バルト王の洗脳を解除し、
勇者召喚の乱用を止める。
それだけでは足りない。
だが、それでも邪神復活の危険性を下げることはできる。
ただ、問題となるのは――。
「……セレフィーネ、だったな。
ファレナ王女に化けている魔族の名は」
一真の問いに、オラクルは真剣な表情で答える。
「ああ。
……まずは、あの者をどうにかしなければならない。
かなりの実力を秘めていることは分かったが、詳しい情報は得られなかった。
出来ることなら、正面からの衝突は避けたいが……」
それには、一真も同意だった。
相手の実力が未知のまま、
正面からやり合うのは得策ではない。
だが、セレフィーネを放置すれば、
再び王が洗脳される危険性も拭えない。
結局のところ――。
「懸念材料は尽きないが、
動かなければ、何も始まらん」
二人は、深く頷いた。
その様子を見て、一真は席を立つ。
「よし。
エルサリオンへ向かおう」
「敵側に気付かれないよう、現状を探る。
二人とも、それでいいな?」
問いかけに、二人も立ち上がり、声を揃える。
「ああ!」
「うん!」
こうして、
三人の行動は再開した。
よろしければ、ブックマークや評価をお願いします。
一言でもいいので、感想もいただけたら、励みになります。
もちろん無理にとはいいません。
読んでくださるだけで、本当に嬉しいです。




