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第222撃:仮面の王女、狂気の取引

また遅くなってしまいました。

本当にゴメンさない。

待っていてくださる方、心よりの感謝を。

一行は警戒を解くことなく、エルサリオン城へと向かい、黙々と歩を進めていた。


進行速度が異様なほど早い。

それは単なる任務遂行のためではない。


――一刻も早く、ヴェイルから離れたい。


その思いが、無意識のうちに足を前へ前へと押し出していた。


「……随分と魔族領から離れた場所に来るんだね?

セレフィーネちゃんが、こんな所にいるなんてさ」


背後から投げかけられたヴェイルの声に、誰一人として答えない。


言葉を交わせば、それだけで心が削られる。

僅かな接点すら、極力持ちたくなかった。


本来であれば、転移魔法陣を用いて即座にエルサリオンへ向かうのが最善だ。

だが、それは叶わない。


転移魔法陣は時空間魔法の一種であり、扱える者は極端に限られている。

熟練の魔法使いを複数必要とする高度な術式だ。


――これは、セレフィーネの独断だった。


魔族領から時空間魔法を使える者を呼び寄せることは出来ない。

かつて私兵として抱えていた使い手も、ガズラに貸し出した際に全て失っている。


沈黙が続く中、ヴェイルは相変わらず楽しげに言葉を紡ぐ。


「おやおや、ずいぶん嫌われているみたいだね。

まあ、久しぶりの外の空気だ。

ただ歩くだけでも、ワタシは満足だけど?」


その声に、隣を歩くガーラの部下の女性が、びくりと肩を震わせる。


それを見逃すほど、ヴェイルは鈍くない。

彼は楽しそうに口元を歪めた。


実のところ、ヴェイルは目的地の見当がついていた。

方角も、進行距離も――すべてが示している。


だからこそ、先ほどの問いに意味はない。

ただ、反応を楽しみたいだけだ。


ヴェイルは、人が負の感情を抱く瞬間が好きだった。


理由はない。

意味もない。


ただただ、恐怖、嫌悪、怒り、絶望――

それらが混ざり合う表情を見るのが、たまらなく好きだった。


必要最低限の会話だけが交わされる、息が詰まるような時間。

それがどれほど続いたのか。


やがて、一行の視界にエルサリオン王城が姿を現す。


無意識に気が緩みそうになるが、すぐに引き締める。


手錠を嵌めているとはいえ、相手は元幹部。

しかも、魔王軍過激派の中でも指折りの実力者――

セレフィーネと正面から渡り合った存在だ。


油断など、出来るはずがない。


長旅で疲弊した心身に鞭を打ち、一行は夜のエルサリオン城へと辿り着いた。


時刻は深夜。

多くの者が眠りについているであろう時間帯。


好都合だ。


誰が見ているか分からない以上、

人目は少なければ少ないほどいい。


最後の気力を振り絞り、

セレフィーネが待つ――ファレナ王女の私室の前まで、ヴェイルを連れて行く。


数十人の仲間たちも、気配を殺し、城内の各所で監視を続けていた。


扉を前に、ヴェイルが愉快そうに言う。


「ここにセレフィーネちゃんがいるの?

へぇ……ずいぶん似合わないね」


また、意味のない軽口。


自分の一言が、どれほど周囲の精神を削るかを理解した上での言動だ。


ガーラの部下筆頭が、ため息を飲み込み、ノックしようとしたその瞬間――


「……来たか。

ノックはいらん。入れ」


室内から、セレフィーネの声が響いた。


扉を開けると、王女ファレナ――に擬態したセレフィーネが立っている。


「ご苦労だった。

下がって休め」


短い命令。


だが、それに部下の女性が思わず声を上げた。


「セ、セレフィーネ様!

こいつと二人きりなんて――!」


その言葉を遮るように、ヴェイルが楽しげに口を挟む。


「心配してくれてるんだよ。

その気持ち、ちゃんと受け取ってあげないとね?」


軽薄で、無責任で、完全に他人事。


女性は唇を噛み締めるが、言い返せない。


セレフィーネは再び告げる。


「……いいから下がれ。

こいつの相手は、私一人で十分だ」


視線を落とした女性の耳元で、ヴェイルが囁く。


「だってさ。

……十分楽しませてもらったから、今日は見逃してあげるよ。

ワタシの気が変わらないうちに、早くお帰り♪」


女性は跳ねるように後ずさる。


背筋を這う寒気。

恐怖が、身体に張り付いて離れない。


筆頭の男が、静かに告げる。


「……従おう。

俺達がここにいても、何も出来ない」


反論できなかった。


ここまで来るだけで、心身は限界だ。

自分が残っても、足手まといにしかならない。


女性は悔しさを噛み殺し、セレフィーネに頭を下げる。


「……失礼……いたします」


扉が閉じられ、場に残ったのは――


セレフィーネと、ヴェイルの二人。


周囲に他の気配がないことを確認し、

セレフィーネは擬態を解き、本来の姿へと戻った。


沈黙の中、二人は互いを見据える。


先に口を開いたのはセレフィーネ。


「久しぶりだな、ヴェイル」


ヴェイルは、相変わらずの笑みで返す。


「そうだね。

本当に久しぶりだ。

君に負けて以来かな」


再び沈黙。


次に口を開いたのは、ヴェイルだった。


「それで?

ワタシに“命令”があるんだよね?

なにかな、その命令って」


セレフィーネは、短い間を置き、状況と目的を語り始めた。


――――――――


話が終わると、ヴェイルは大仰に叫ぶ。


「なんてことだ!

ガーラ君が死んでしまうなんて!

ああ……なんて可哀想なんだろう!」


だが、その瞳に宿るのは、愉悦だけ。


セレフィーネは、その視線に内心で歯噛みする。


「……私はしばらく、この城を空ける。

その間、貴様が私に代わり、ファレナ王女を演じろ。

不測の事態が起きた場合、対処しろ」


ヴェイルはすぐには答えない。


「返事の前に、報酬を確認したい。

……アビス・ケイルからの解放。

そう聞いてるけど?」


「ああ。

任務を果たせば、解放してやる」


口ではそう言ったが、セレフィーネの心は全くの別だった。


(……貴様のような危険人物を、野放しにするわけがないだろう。

事が終われば、再び牢獄へと舞い戻ってもらう)


——(って、思ってるんだろうね)


ヴェイルは内心そう思い、表情はいつもと変わらぬ軽薄な笑みを浮かべている。


ヴェイルは端からセレフィーネの言葉を信じてはいなかった。

自分の事を上手く利用して、目的を達すれば再び牢へ戻すつもりだということは気がついていた。


しかし、現状自分ではセレフィーネには勝てないだろうということも、また分かっていた。


故にヴェイルは、セレフィーネに従うフリをすることにする。


ヴェイルには、誰にも知られていない能力がある。


最後に擬態した相手の能力を、

次に誰かへ擬態するまで使い続けられる。


もし、セレフィーネが警戒するほどの襲撃者が現れたなら――

その力を得られれば。


逆転は、可能だ。


だから今は、従う。


表では笑い、

裏で刃を研ぐ。


「分かったよ、セレフィーネちゃん。

その命令、受けようじゃないか。

……その代わり、“約束”は守ってね?」


その瞬間――

ヴェイルの復讐は、静かに動き始めた。


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