第221撃:解放の代償、狂気の再来
シーンが変わります。
二転三転して申し訳ありません。
場所と時は変わり、ここは魔族領――アビス・ケイル。
魔族領の中でも最悪の名を持つ、重罪人専用の大監獄。
凶悪犯、反逆者、そして――二度と外に出してはならない存在が収監される場所だ。
その重厚な入口の前で、複数の人物が激しい口論を繰り広げていた。
看守の女性が、抑えきれない感情を声に乗せて叫ぶ。
「私は反対です!
ヴェイルを解放するなんて……!
なぜ、なぜ急にそんなことを!」
続けて、隣に立つ男性看守も声を荒げる。
「奴は危険すぎる!
確かにアビス・ケイルの内部では、スキルも魔法もほとんど使えない!
だが、ここを一歩でも出れば……!」
二人の必死な訴えに対し、ガーラの部下たちも引くことは出来なかった。
――セレフィーネの厳命によって、ここまで来ている。
部下の一人が、歯を食いしばりながら声を絞り出す。
「……分かっています……そんなこと……!
でも……命令なんです……!」
その言葉に、部下筆頭の男が低く続けた。
「セレフィーネ様が……絶対に、とのことだ。
我々に拒否権は……ない」
そう言って、懐から一枚の紙を取り出す。
「……これを」
差し出されたそれを受け取った男性看守は、視線を落とした瞬間、息を呑んだ。
「……っ……位階命印……」
位階命印。
それは滅多に使われることのない、絶対命令権。
魔王軍幹部のみが使用可能であり、よほどの非常事態でなければ発動自体が禁じられている――禁忌に近い権限。
セレフィーネは、それを使ったのだ。
血の繋がりはないとはいえ、ガーラという大切な弟を失った喪失が、彼女をここまで追い詰めた。
理性を削り、狂気へと踏み込ませるほどに。
部下筆頭の男が、重苦しい声で言い切る。
「問答は意味がない。
……我々には……最初から選択肢はない」
男性看守は俯き、唇を強く噛み締めた。
握り締めた拳が、わずかに震えている。
やがて、絞り出すように問いかけた。
「……お二人だけで、ヤツを連れて行くのですか?
失礼ですが……お二人だけでは……」
女性看守が弾かれたように男性看守を見るが、結局、何も言えず口を閉ざす。
代わりに、ガーラの部下の女性が静かに答えた。
「……いえ。
姿を隠していますが、他にも数十人、控えています」
それでも、十分かどうかは分からない。
男性看守は、何かを諦めたように深く息を吐き、女性看守を伴って建物の奥へと戻っていった。
「……ここでお待ちください。
油断は……なさらぬよう」
その場に残された二人は、胸の奥で不安と恐怖が膨れ上がっていくのを感じていた。
二人とも、実際にヴェイルを見たことはない。
だが、ヴェイルが何をしてきたのか、どれほど多くの命を踏みにじってきたのかは、嫌というほど聞かされてきた。
今は離れた場所に控える同僚たちの気配だけが、辛うじて心を支えていた。
やがて――
アビス・ケイル唯一の出入り口から、先程よりも明らかに多い人数が姿を現す。
一人の男を囲うようにして。
その男は、整った顔立ちをしていた。
灰銀色の髪。
鈍い紫と黒が混じった双眸。
頭から伸びる二本の角。
口元には、軽薄で人を食ったような笑み。
だが、それが本当の姿なのかどうか――誰にも分からない。
魔王軍過激派元幹部。
ヴェイル。
その両手首には、分厚く頑丈な黒い手錠が嵌められている。
魔鋼鍛冶王ガル=ヴァルドが生み出した、魔鋼製の拘束具。
スキルと魔法を強力に制限する、最高位の封印具だ。
それでもヴェイルは、多数の看守に囲まれながら、実に軽い調子で口を開いた。
「ああ、久しぶりの太陽の光だ。
善良なワタシを、こんな所に長く閉じ込めておくなんて……なんて酷い人たちなんだろう」
そう言って、にやりと笑う。
その瞬間、女性看守が顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
「っ!!
善良ですって!?
ふ、ふ、ふざけるな!
アンタのせいで……アンタのせいで、私の友達は……!」
瞳には、抑えきれない憎悪が渦巻いている。
だがヴェイルは、笑みを一切崩さずに返した。
「おや? お友達がどうかしたのかな?
何があったのかは“知らない”けど……気を落とさないで、ね?」
その言葉に、女性看守の顔色は赤を通り越し、青ざめる。
「き……さまぁ!!」
だが、看守長が即座に制止した。
「やめておけ……無駄だ」
女性看守は、悔しさに涙を滲ませながらも、言葉を飲み込む。
看守長はヴェイルを一瞥し、ガーラの部下筆頭へと向き直った。
「指示通り、ヴェイルを連れてきた。
位階命印も確認済みだ。
……ヴェイルを、そちらへ引き渡す」
筆頭は無言で頷く。
そのとき、ヴェイルが楽しげに声をかけてきた。
「何も聞かされていないんだけどね。
一体どういうことなのか、ワタシにも分かりやすく教えてくれるかい?
位階命印まで出されるなんて、ただ事じゃないよね?」
筆頭は苦虫を噛み潰したような表情で、それでも答えた。
「……セレフィーネ様からの命令だ。
お前を迎えに来た。
お前に、命令がある」
セレフィーネの名を聞いた瞬間、ヴェイルの表情が一瞬だけ歪む。
だが、それは刹那。
次の瞬間には、元の軽薄な笑みへと戻っていた。
「……セレフィーネ。
命令、ねぇ……
随分と偉くなったんだね、セレフィーネちゃん」
その言葉に、部下の女性が激昂する。
「無礼だぞ、ヴェイル!
貴様は立場を剥奪されている!
もう幹部でも何でもない!
口に気をつけろ!」
だがヴェイルは、涼しい顔で肩をすくめる。
「そうかい。
それは失礼したね。
で? そのセレフィーネ“様”が、こんなワタシに命令と?」
くすくすと笑った後、笑みを歪める。
「それに従うとでも?
ワタシが、それに従う利点は?」
部下の女性が叫ぼうとした瞬間、筆頭が制止し、静かに告げた。
「……利点は一つだ。
お前をアビス・ケイルから解放する。
命令を完遂出来たなら……お前は自由の身となる」
その言葉を聞いた瞬間、ヴェイルは高笑いを上げた。
「アーハッハッハ!
あのセレフィーネがワタシを解放?
それを信じろと?
ククッ……君、人を笑わせる才能があるね」
だが、次の瞬間――笑みが消える。
「それを、証明できるの?」
筆頭は冷静に返す。
「それは、セレフィーネ様から直接聞け」
ヴェイルは少しの間、思案する素振りを見せ――やがて答えた。
「……いいよ。
案内して。
詳しくは、セレフィーネちゃんから聞くとしよう。
クックック……」
筆頭は看守長に向かって告げる。
「……そういうことだ。
ヴェイルを引き取る」
看守長は重く頷いた。
「承知した。
……くれぐれも、気をつけることだ」
ガーラの部下二人は、ヴェイルを挟むようにして歩き出す。
同時に、周囲に潜んでいた仲間たちも静かに動き始めた。
ヴェイルは歩きながら、楽しげに言う。
「随分と大勢でのお出迎えだね。
照れちゃうな」
両手を胸元まで持ち上げ、続ける。
「ところで、この手錠。
外してくれないかな?
窮屈で仕方ないんだ」
筆頭は短く返す。
「ここでは駄目だ。
セレフィーネ様の許可が出てからだ」
ヴェイルは肩をすくめる。
「あっそ。
……じゃあ、セレフィーネちゃんに会えるのを、楽しみにしておくよ♪」
その声は、妙に甘く――
そして、不気味に心に染み込んできた。
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