第210撃:原初の戦争、そして母なる逃避行
晶は目を見開き、息を呑んだ。
「えっ!?
ボクが……生まれる前……?」
思考が、追いつかない。
そんなはずはない。
今まで一度だって、気づいたことはなかった。
違和感も、異変も、何ひとつ。
この世界――聖魔人界エルフェリアに来てからも同じだ。
何かが“最初から”一緒にいたなど、考えたことすらなかった。
——だが。
晶の脳裏に、ふと一つの記憶が浮かぶ。
地球にいた頃。
あの、息苦しい日々。
自らの容姿を理由に、煙たがられ、遠ざけられ、嗤われていた日々。
直接殴られることはなかった。
だがその代わり、言葉と視線で、心を少しずつ削られていった。
何度も、何度も、独りで泣いた。
胸の奥に溜まる悲しみが、行き場を失って溢れていた。
紫音と柚葉だけは、いつも味方でいてくれた。
前に立ち、守ろうとしてくれた。
それでも——夜、家に帰れば、誰もいない。
家族はすでに皆、亡くなっていた。
帰る場所はあっても、待っている人はいない。
苦しくて、悲しくて、心が痛む毎日。
……だが。
本当に、それだけだっただろうか?
晶は、記憶の奥を探る。
自分自身の「悲しい」という感情とは、少し違う。
どこか、ズレた場所から湧き上がる感覚。
——“自責”。
自分が責められているのではない。
自分が、誰かを責めているのでもない。
ただ、理由のわからない「申し訳なさ」。
当時は、そんな感情を気に留める余裕すらなかった。
だが今、こうして振り返ってみると——。
(……あれは……
エルフェリーナ様の……感情……?)
『…………』
沈黙が、肯定のように胸に落ちる。
その静寂を破ったのは、オルディンだった。
「エルフェリーナ様……
なぜ、晶の中に宿ったのですかのう?
……いや、そもそも……なぜ、貴方様は地球へと?」
その問いは、場にいる全員の疑問でもあった。
なぜ地球に。
なぜ晶なのか。
エルフェリーナは、しばし沈黙した後、ゆっくりと語り始めた。
『……少し……昔話をさせてください。
……今から千年前、ゼルグノスとの戦争。
この世界すべてを巻き込んだ、我々の生存を懸けた戦いのことを』
その声は、どこか微かに震えていた。
『……ですが、その戦い。
私とアル——いいえ、アルサリウスがゼルグノスと刃を交えたのは……
実は、初めてではないのです』
オルディンが、思わず声を荒げる。
「な、なんじゃと……!?
初めてではない……?
千年前以前にも、ゼルグノスが攻めてきたというのですか……?」
『いいえ』
エルフェリーナは、静かに否定した。
『ゼルグノスが、このエルフェリアに侵攻したのは、千年前が初めてです。
……私とアルサリウスがゼルグノスと戦ったのは、それより遥か昔……
地球での出来事なのです』
空気が、凍りついた。
驚いたのは、晶たち三人だった。
その言葉が意味するもの——。
地球が、かつて邪神の脅威に晒されていたという事実。
紫音が、震える声で問いかける。
「……待ってくれよ。
ゼルグノスが……地球に来たことがあるって?
そんなの……聞いたこともねぇ……」
確かに、紫音が地球の全てを知っているわけではない。
むしろ知らない事の方が圧倒的に多いだろう。
だがそれでも、邪神の侵略などという大事件が、
痕跡すら残さず消えるなど、考えにくい。
「それに……
地球でゼルグノスと戦ったって……
なんで、この世界の神様であるエルフェリーナ様と、アルサリウス様が地球で戦ってるんだ?
……おかしいだろ……」
その問いに、エルフェリーナは声を落とした。
『……ゼルグノスと地球で戦ったのは、
私達がエルフェリアを創る、遥か以前のこと。
……私とアルサリウスは……
元々は、地球の神だったのです』
言葉が、失われた。
理解が、追いつかない。
最初に声を絞り出したのは、柚葉だった。
「……本当……なんですか……?
……そんな……」
『本当です』
エルフェリーナは、淡々と続ける。
『ゼルグノスは、この世界に来る前に、地球へと侵攻しました。
ただ……それを抑え込んでいる存在がいるため、
人の世に、その脅威が表面化していなかっただけなのです』
声が、重く響く。
『今から二千数百年前。
生命に満ちた地球に、ゼルグノスは目をつけました。
次元を越え、侵略を開始したのです』
晶は、喉を鳴らす。
「……迎え撃ったのは……?」
『地球に存在した、数多の神々です』
その言葉に、場が静まり返る。
『古今東西。
皆さんが神話として知る神も、知らない神も。
地球には、他に類を見ないほど、多様な神々が存在していました』
『ギリシャ神話、北欧神話、その他あらゆる神話として語り継がれた存在たち。
彼らが、自らの存在を賭して、地球と生命を守るために立ち上がったのです』
その戦いは、想像を絶するものだった。
『激戦の末、神々はゼルグノスを弱体化させ、次元の狭間へと封じたそうです。
ですが……代償は、あまりにも大きかった』
『多くの神が命を落とし、
また、邪神の瘴気に呑まれ……悪なる神へと堕ちた者もいたそうです』
その瞬間、晶たちは思い出す。
帰らずの森で、一真から聞いた話。
——封神拳とは、善神が悪神を滅ぼすために伝えた技——
紫音の唇が、震えた。
「……一真さんが言ってた……
悪神と戦う……闘神……童子……」
『……はい』
エルフェリーナは、肯定する。
『今なお、悪神と戦い続けている者達がいます。
それが、封神拳の使い手と、それを影から支える存在』
『封神拳とは……
神が神と戦うために生み出した技を、
人が使える形へと、格を落としたものなのです』
言葉が出ない。
代わりに、オルディンが静かに疑問を口にした。
「ふむぅ……ワシにはよく分からん事が多いのじゃが。
エルフェリーナ様……先程から気になっておるのですがのう。
“封じたそう”“堕としたそう”……
まるで、ご自身で見ていないかのような言い方に聞こえる」
『……その通りです』
エルフェリーナは、静かに認めた。
『私とアルサリウスは、地球での戦争を最後まで戦っていません』
『当時の私達は、まだ若く、力も弱かった。
他の神々が、私達を次元の狭間へと逃がしてくれたのです』
『私達は、長い放浪の末……
滅び、誰もいなくなった、消滅を待つだけの世界へと辿り着きました』
『放浪の時間や、そこで力を蓄え……
その跡地に創ったのが、この世界——聖魔人界エルフェリアです』
沈黙。
そして、エルフェリーナは、痛みを滲ませた声で続けた。
『……皮肉にも、私達は再びゼルグノスと戦うことになりました。
この世界に、ゼルグノスが召喚されてしまったからです』
『その後は……皆さんもご存知の通り』
『私とダンダリオンが邪神を封印し……
その代償として、私達は命を落としました』
『魂だけとなった私は、故郷である地球へと逃げ延びたのです』
『……私という魂が消滅すれば、邪神の封印は緩む。
地球の神々が、かつてゼルグノスを弱体化させていたからこそ、
あの時、封印は成り立った』
『ですが……
再びゼルグノスが降臨すれば、
疲弊した今のエルフェリアでは、太刀打ちできない……』
一呼吸。
『長くなってしまいましたね。
私とアルサリウスが逃げた後、地球がどうなったかを知ったのは……
私が地球へと帰った後なのです』
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