第208撃:映るは己か、女神か
遂に判明したエルフェリーナの存在。
これから先、晶はどうなるのでしょう。
しばし呆然としていた晶だったが、次第に意識が鮮明になってきたのか、はっと目を見開き、慌てて身体を起こした。
「……え……と……あっ!?
し、紫音! 柚葉!」
勢いのまま立ち上がろうとした晶は、足元がふらつき、思わず紫音にしがみつく。
「紫音! 紫音! しおん!
怪我は!? 痛いところはないの!?」
必死に問いかけながら縋りつく晶を見て、紫音は僅かに頬を染めつつ、慌てて声を落とした。
「こ、こら晶!
オレは大丈夫だって! ほら、落ち着け、な?」
晶は涙を浮かべたまま、紫音の顔を覗き込む。
「ほ、本当に……?
大丈夫なの……?
……あんな怪我……どうやって……」
紫音は思わず目を見開いた。
「……どうやってって。
お前……何も覚えてないのか?」
「え……?」
晶は赤く腫れた目で、きょとんと首を傾げる。
「な、何もって……どういう……?」
そのやり取りを見ていた柚葉が、静かに口を開いた。
「……晶くん。
どこまで、覚えてる?」
晶は紫音から離れ、視線を落としながら、必死に記憶を探る。
「どこまで……えっと……
……紫苑の顔色が……すごく悪くて……
それに、脈が……途切れそうになって……」
そこまで言った瞬間、晶は言葉を詰まらせ、苦しそうに顔を歪めた。
その様子を見て、柚葉は胸の内で確信する。
(……やっぱり)
(自分で治したことも……自分の変化も……覚えていない……)
晶は二人の沈黙を不安そうに見回し、震える声で問いかける。
「あの……ボク……
……何か、した……?」
その場の空気を変えるように、オルディンが咳払いを一つして口を開いた。
「三人とも、立ち話ではなんじゃな。
とりあえず椅子に座って話そうかの」
三人は顔を見合わせ、ゆっくりと頷き合う。
寝室を出て椅子へと腰を下ろすと、オルディンは手早く晶の分の茶も用意し、自らも席に着いた。
「さて……三人揃ったところで、改めて言わせてもらおう。
よくぞ無事に帰ってきた。
そして……マークたちのこと、心より感謝する」
その言葉に、三人は気恥ずかしそうに視線を逸らす。
オルディンは柔らかく笑みを浮かべた後、真剣な表情に戻った。
「……晶よ。
今の自分の状態を、把握しておるか?」
予想外の問いに、晶は戸惑いを隠せない。
「え……状態って……?」
その反応だけで、答えは明らかだった。
「……ふむ……どう説明したものかのう。
生憎、ワシの家には鏡のような洒落たものは無くてな」
少し考えたオルディンは、椅子から立ち上がり、工房の扉へと向かった。
「晶、ついてくるんじゃ」
「え……?」
疑問符を浮かべながらも、晶は素直に後を追う。
紫音と柚葉も続いた。
外へ出たオルディンは、近くの泉へと歩を進める。
「晶、この泉に姿を映してみい」
言われるがまま、晶は泉へと近づく。
澄み切った水面に自分の姿が映った瞬間——
「……え……?」
晶の瞳が、大きく見開かれた。
「な……なに……これ……?」
恐る恐る自分の頬に触れる。
水面の中の“それ”も、同じように頬に触れた。
間違いない。
映っているのは——自分だ。
理解した瞬間、晶はその場に崩れ落ちた。
「……なんで……?
なんで……ボク……こんな……」
泉に映る姿は、
“女性みたい”などという曖昧なものではなかった。
——完全に、女性の外見だった。
記憶が途切れる前より、髪は僅かに伸びている。
そして、その髪の一房は、鮮やかな緑色へと変わっていた。
意識すればするほど、僅かだが身体の違和感がはっきりしてくる。
「……ボク……どうなっちゃったの……?」
理解できない現実に、不安が一気に溢れ出す。
(こ、怖い……)
(怖いよ……助けて……)
(助けて……一真さん……!)
一真の姿を思い浮かべ、壊れそうな心を必死に繋ぎ止める。
震える晶に、紫音と柚葉は言葉を失い、ただ名を呼ぶことしかできなかった。
「晶……」
「晶くん……」
その時——
晶の心に、あの声が響いた。
『……ごめんなさい……晶さん……』
「ひっ……!」
晶は跳ねるように身を震わせる。
洞窟で、何度も助けられた声。
洞窟のギミックを解除する時。
紫音が不意打ちを食らう直前の、あの瞬間の声。
敵意はない。
害意も感じない。
——それでも、今の晶には、恐怖でしかなかった。
紫音と柚葉は慌てて駆け寄り、晶の横にしゃがみ込む。
「晶!落ち着け!大丈夫、大丈夫だからな」
「晶くん、ゆっくり呼吸して……
自分の心を傷つけてしまわないように」
背中を撫でられ、温もりに触れ、晶の震えは少しずつ収まっていく。
その様子を見て、オルディンが静かに告げた。
「……中に戻ろう。
続きは、落ち着いてからじゃ」
工房に戻り、椅子に座ると、オルディンは先ほどとは違う茶を淹れる。
カモミールに似た、甘く穏やかな香り。
「ほれ、これを飲め」
一口含んだ瞬間、晶の表情が僅かに和らぐ。
——帰らずの森で一真と飲んだ、あの紅茶と同じ香りだった。
やがて、紫音が覚悟を決めて口を開く。
「……晶。
急で戸惑うだろうけど、聞いてくれ。
……オレと柚葉の傷を治したのは……お前なんだ」
「……え……なに、いってるの?」
柚葉が静かに続ける。
「晶くん、本当なの。
紫音の命が危なかったあの時、晶くんから温かな力が溢れ出してきて、私達を包みこんでくれた。
そして……みるみる内に私達の怪我は治っていった。
……貴方の変化は、それから一気に起こったの」
晶は、かすれた声で呟く。
「……わかんない……
ボク……わかんないよ……」
その晶に、オルディンは逃げ場のない現実を告げた。
「晶、よく聞くんじゃ。
恐らくじゃがな……お主の中には、女神エルフェリーナの魂が宿っておる。
お主が聞いている声は……その女神のものじゃろう」
その言葉は、
晶の心に、深く、深く突き刺さった。
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