第206撃:届けられた最後の言葉
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オルディンは、工房の奥にある寝室へと晶を運んだ。
背負っていた晶を紫音へ預けると、普段自分が使っている無骨なベッドに、加工したモンスターの毛皮を幾重にも重ねて敷く。
毛皮はどれも厚く、柔らかく、冷えを防ぐための工夫が随所に見て取れた。
「とりあえずは、これで良かろう。
紫音、晶をここに寝かせい」
「ん、分かった」
紫音は短く頷き、慎重に晶を抱え直す。
まるで壊れ物を扱うかのように、丁重に、丁重にベッドへと寝かせた。
晶の表情は穏やかで、呼吸も落ち着いている。
三人は、しばらくのあいだ、その寝顔を見守っていた。
だが、苦しそうな様子はなく、容体が急変する気配もない。
「……ひとまず、問題はなさそうじゃな」
その言葉に、紫音と柚葉は小さく息を吐く。
三人は寝室を後にし、工房へと戻った。
オルディンは二人を椅子に座らせると、何も言わずに湯を沸かし、茶を三人分用意する。
木のテーブルを挟んで、自らも向かいの椅子へ腰を下ろした。
「さて……改めてじゃ」
湯気立つ茶を一口啜り、オルディンは顔を上げる。
「よう無事に返ってきたのう。
時間がかかっておったから、心配したぞい」
そして、二人を見据え、問いを投げかける。
「疲れておるじゃろうが、話を聞かせてくれ。
……っと、その前に、晶の様態じゃが」
一度、視線を寝室の方へやり、続ける。
「ざっと見た感じ、健康そのものに大きな異常は見られん。
専門じゃないから断言は出来んがの」
一呼吸置き、声を低くする。
「……それよりも、気になるのは晶のあの変容じゃ。
ただ事ではあるまい。
見た瞬間、一瞬、別人かと思ったわい。
……一体、洞窟で何があったんじゃ?」
紫音と柚葉は互いに視線を交わし、覚悟を決めたように頷く。
そして、ゆっくりと語り始めた。
——オルディンと別れてから、今に至るまでの出来事を。
◆ ◇ ◆
一通りの説明を終えた頃には、
オルディンは眉間に深い皺を寄せ、こめかみを指で揉んでいた。
「…………ふぅ」
重く息を吐く。
「ちと待つんじゃ……
……あまりにも情報が多すぎて、頭が痛くなってきたわい」
茶で喉を潤し、しばし沈黙した後、ぽつりと呟く。
「マーク……ノック……
イザベラ……ミリィ……」
名を呼ぶ声が、微かに震える。
「……馬鹿者じゃ……
……本当に……馬鹿者どもが……っ」
オルディンは涙を流さなかった。
だが、その瞳の奥には、見ているこちらが胸を締め付けられるほどの悲しみが宿っていた。
柚葉は、晶が持っていたマジックバッグから、一冊の日記を取り出す。
少し躊躇いながら、それをオルディンへ差し出した。
「……オルディンさん。
こちらが……」
オルディンは震える手でそれを受け取る。
一瞬だけ目を伏せ、覚悟を決めるようにして、ページをめくった。
読み進めるごとに、顔に刻まれる悲哀が深くなっていく。
工房を包む、重い沈黙。
だが今は、その静けさだけが、心の痛みを和らげてくれているようだった。
最後の二ページを読み終えた瞬間、オルディンは堪えきれず声を漏らす。
「……っ!
……ばか……もの……っ!」
拳を握り締める。
「最後の最後まで……
ワシのことなど、気にしてどうするのじゃ……!」
瞳は揺れている。
それでも、涙は流さなかった。
かつての仲間たちとの別れを、涙で濡らしたくなかったのだ。
仲間たちと別れてから、長い時を経てオルディンは、心の中でようやく四人に別れを告げる。
(……よう頑張ったのう。
ゆっくり休むんじゃぞ……さらばじゃ……)
そして、少しだけ笑みを浮かべて、付け加える。
(ワシがそちらへ行ったら……
きっちり、お説教じゃわい)
日記を閉じ、そっと息を吐く。
オルディンは立ち上がり、紫音と柚葉へ深々と頭を下げた。
「紫音……柚葉……
それに晶も……心から礼を言う」
声は静かだが、重みがあった。
「よく、あやつらの敵を討ってくれた。
よく……あやつらの事を、ワシに伝えてくれた」
二人は慌てて立ち上がり、オルディンの頭を上げさせる。
「お、おい!
オルディンさん、頭上げてくれって!」
「そうです!
お気持ちは十分に頂きましたから!」
オルディンは照れくさそうに頭を上げる。
壁に掛けられた手製の本棚へ歩み寄ると、
日記をそっと……本当に大切そうに収めた。
再び椅子へ戻り、二人にも座るよう促してから腰を下ろす。
「……みっともない所を見せてしもうたのう」
頬を掻くオルディンに、柚葉が静かに首を振る。
「いいえ。
みっともないなんて、思いません。
……私達が言っていい立場かは分かりませんけど、
お気持ちは……分かるつもりです」
そう言って、茶を一口飲む。
その時、オルディンの視線が、柚葉の薬指に嵌まった指輪に留まった。
「ん?
柚葉……そのタリスマン、少し見せてみい」
「え?
あ、はい……どうぞ」
柚葉は指輪を外し、差し出す。
オルディンはじっと見つめ、中央の魔石に走る僅かなヒビに気付いた。
「……ふむ。
ヒビが入っておるの。
戦いの際に、攻撃を受けたか?」
「え!?ヒビ!?
……どうして……」
柚葉は慌てる。
洞窟で何度も戦ったが、指輪に直接攻撃が当たった覚えはない。
だが、記憶を辿るうちに、一つの場面が蘇る。
「……あっ。
まさか……あの時……」
試しの洞窟の出口付近。
黒布に包まれた、名も知らぬ謎の男との戦い。
あの戦闘で、柚葉はタリスマンの魔法強化を、二重に発動した。
その瞬間——
何かが、乾いた音を立てて割れたような感覚。
極限の状況だった。
気にしている余裕など、なかった。
黙り込む柚葉に、オルディンが声を掛ける。
「……心当たりがあるようじゃな。
最後に襲ってきたという、謎の男との戦いの時か?」
柚葉は気まずそうに頷く。
「……はい。
一つの魔法に、強化を二重掛けしました。
その時……何かが割れたような音が……」
オルディンは目を見開いた。
「なんと……
二重に、発動したのか?」
それは、オルディンにとっても想定外だった。
一つの魔法に、二重の強化を施す設計などしていない。
だが、指輪はそれに応えた。
——その結果、三人の命は救われた。
複雑な感情が胸をよぎる。
想定外の機能、それは自らの未熟さを突きつけられたとも言える。
だが、それは決して嫌な感情ではなかった。
沈黙するオルディンを見て、柚葉は申し訳なさそうに声を落とす。
「その……ごめんなさい。
せっかく作ってくださったのに……壊してしまって……」
俯く柚葉に、オルディンは優しく微笑む。
「何を謝る必要がある」
静かに、しかし力強く言い切る。
「言ったじゃろう?
ワシの作った武具は、お主達の命を助けるためのものじゃ」
指輪を見つめ、続ける。
「ならば、このタリスマンは……
生まれた意味を、立派に果たしたんじゃ」
そして、誇らしげに。
「誇ることはあっても、不快に思うことなど……
何一つ、無いわい」
手の中の指輪に、そっと語りかける。
「……頑張ったのう。
ようやった……偉いぞ」
その声は、
まるで我が子に向けるような、深い温もりを帯びていた。
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